第九話「未来のために」
闇夜に燦然と輝く屋台に囲まれた道の間をその少女?は歩いていた。
普段身に纏っている白と緑のグラデーションの美しい魔術師の服では無く、ユグドリスの使者としての正装に身を包み、帽子のない分その真珠のように艶のある淡黄色の髪が強調されている。
エスティリアは開会式が終わった後、ひとしきり著名人との交流を済ませ、祭りの屋台で様々な場所の果物が乗っているクレープを食べていた。
「ん~~!おいしい!」
彼女は食べたことの無いほどの糖度をもった果物に舌鼓を打っていた。
「ふぅ~まさかここに私にとって至高のデザートがあったなんて。」
大げさに言っている用に聞こえるがこの世界の砂糖は高級品であり、甘い物は限られているのだ。
「おいしかったな~。」
口の中に残る甘みの余韻で幸せになっているエスティリアはかなり素が出ていた。
「もう一回食べたいけど――ここ、どこ?」
彼女は生粋の方向音痴だ。
恐らく二度とあの屋台にはたどり着けないだろうと悟ったエスティリアは空を眺め余韻に浸り直し、現実から逃避した。
「ルカ!北側まで来たしもう大丈夫でしょ!」
ゆっくりと歩いていると聴いたことのある少女の声が聞こえた。
「そうだね、そろそろ良いか。」
「ルーカスどうかした?」
近寄り、声を掛けると少年は驚き振り向いてきた。
「エスティ!?何でこんな北側まで?」
「あはは、ちょっとね。」
「はぁ。」
ルーカスは不思議そうな顔でエスティリアの顔を見つめている。
「ところで――その子は?」
「この子、人攫いに捕まっていたから助けてきたんです。名前は――聞いてなかったね。君名前は?俺はルーカス。」
少年は助け出した金髪の少女に問いかけた。
「ボっボクはニア・ザレアントです!」
詰まりながらも少女――ニアは自分の名前を英雄に伝えた。
---
助け出した少女ニアによると初めて参加した祭りに俺たち同様気分が上がり一人で歩いていたところを路地裏に引き込まれあの状況に至ったらしい。
「本当にありがとうございました!」
「どうってことないわ、困っている人を助けるのが強き者の役目だもの!」
ニアがレイナにお礼を言うとレイナは当然と言わんばかりの返事だ。
まだ俺たちも弱いと思うんだけどなぁ。
「そういえば君、ザレアントと名乗ったね?もしかして――。」
「はっはい!フルティス商会役員マスカッド・ザレアントの娘です!」
「先ほどの式典で私もご挨拶させていただいたよ。私の名前はエスティリア・クロウミス、ユグドリス大
森林公国の使者であり、ルーカスとレイナの師匠だ、よろしく。」
フルティス商会といえばここマリエリアスに本店を構える老舗でありカレア王国最大手の商会だ。
かなりの大物の子を助けたのか。
まぁ取りあえずこの子を親御さんに届けてあげたいがエスティが挨拶を済ませていると言うことは南側にいるということ、祭りの時間にも限りがあるし出来れば南下しながら屋台をまわって行きたい。
悩んだ末に少年は一つの答えを見出した。
「ニア、俺たちと一緒に祭りを回っていかないか?」
「えっ!良いんですか!?」
「当然。」
「良いわねそれ!」
「じゃあ、私もついて行こうかな。」
全員の承諾が出たことで俺たちは南下しながら祭りを楽しむこととなった。
燦然と輝く屋台に笑いながら向かう少年とその前を行く少女に隣を歩くエルフ、そして、少年に手を引かれた金髪の少女は少年から目を離せなくなっていた。
---ニア視点---
ボクはフルティス商会役員の娘として普段から多くの英才教育を受けている。
物心ついた頃には既に算術を学んでいた。
五歳になれば既に身分を隠して商人と取引もした。
最初に商談しようとした相手は、ボクが小人族だと嘘をついても女故に話すらすることが出来なかった。
だからこそ、ボクは一人称を変え、服装も変えた。
でも、自分らしい事を出来なくなったボクは久しぶりに男装をやめ、初めての祭りへと参加した。
少女は幼くして自らを拘束した生活につかの間の休息を求める形で祭りへと来たが彼女はまだ幼い少女、久しぶりの開放感によって羽目を外してしまったのだ。
完全にボクの甘さが出てしまった。
あまりの楽しさに自分を制御できず挙げ句の果てに人攫いに捕まるなんて本当に人生最大の失敗だと思うと共に今後起こる事を想像すると涙が出てきた。
そんなときボクの前に現れたんだ月に照らされた紺碧の髪の英雄が。
彼は瞬く間に人攫いからボクを助け出し、腕の中で震えるボクを気遣いながら戦い万が一に備えてこんな遠くまで連れてきてくれた。
小さくも温かみのある腕の感触をボクは一生忘れないだろう。
ボクは彼にもっと見て貰いたい。
少女の心の内に商人となって大成することともう一つの夢が生まれ始めていることには少女自身ですら気付いていない。
---
祭りが終わり、ルーカスはニアを父親の元へと連れてきた。
「ニア、そちらの方はもしかしてルーカス・ルピリアス・シャラスティア様とレイナ・グラジミア・レディオラス様ですか?」
「お初にお目にかかります。ルーカス・ルピリアス・シャラスティアです。以後お見知りおきを。」
「レイナ・グラジミア・レディオラスですわ。」
二人は貴族の作法で挨拶を行った。
「私、フルティス商会取締役マスカッド・ザレアントと申します。私の娘が手間を取らせてしまったのでしょうか?」
マスカッドが探りを入れるようにルーカスに問いかけた。
「いやいやそんなことはありませんよ。偶然祭りで意気投合しまして帰路も同じなので一緒にここまで来ただけですよ。一人で夜道を歩かせるわけにもいけないですしね。」
二アは声には出さなかったが驚きの表情を浮かべた。
「じゃあ、ニアまた今度一緒に遊ぼう。」
そう言うとルーカスは片手を上げ、別れを告げるとニアに背を向け歩き始めた。
「じゃあね!ニア!また遊びましょ!」
レイナは大きく手を振るとルーカスの元へと小走りで近づき話し始めた。
ルーカスとレイナが遠ざかるとエスティリアはニアに近づいた。
「さっき話したことだがマスカッドさんが許可するなら一度ルピリアス・シャラスティア家へと来てノールド様に掛け合ってみると良い、君からは様々な才を感じるし私も育ててみたいんだ。待っているよ。」
そう言うとエスティリアはルーカス達の方へと歩いて行った。
エスティリアの言葉はニアにとって今後したいことを決める一押しとなった。
「お父様、相談があるのですが――。」
ニアの言葉に何かを感じたマスカッドは姿勢を改めニアの言葉に耳を傾けた。
---
祭りが終わり、家に帰った後少し寝たらすぐにグレイブによる修行が始まった。
基礎鍛錬に型の練習を済ませた俺たちにグレイブは近づき言った。
「どんな手を使っても良い、二人で俺から一本――いや、俺に一撃与えてみろ。」
「どんな手でも良いんですか?」
「あぁ、ただし!負ければ今日は一日地獄の基礎鍛錬だ。」
「えぇ~!じゃあ勝ったら何してくれるのよ!」
思わずレイナが反論した。
無理も無いな。
相手は騎士団長、俺たち子どもにとって簡単にどうにかできる存在じゃない。
「ないよ、お前らが全力で来れるようにしただけだ。」
「分かりました。」
少年は何か気付いたように即答した。
あの時――ニアを助ける時レイナにグレイブを呼んで貰ったのは視線注意と万が一に備えてだったが、恐らくグレイブは気付いたのだろう、あの場所に行き俺たちが無詠唱を扱えると。
「レイナ、作戦は無いけど本気で行くよ。」
「も~分かったわよ~。」
レイナは少々だだをこねながらも戦う準備を始めた。
「準備は出来たな?始め!」
グレイブによる合図で稽古が始まった。
「はぁぁぁ!」
直ぐさまレイナは訓練用の木刀を振りかぶりグレイブに向かった。
「甘い!!」
グレイブはレイナの攻撃を軽く躱し、身体強化を掛けているレイナを十数メートル先へと飛ばした。
「まだよ!」
レイナはそう言うと左手をグレイブへと向けた。
「
無詠唱で放たれた火弾はグレイブの足下へと着弾した。
やはりレイナは魔術の制御がまだまだ甘いな。
少年は着弾の衝撃で舞った土埃を制御しグレイブの視界を塞ぐと死角から木刀を衝いた。
当たっ――てないなこれ。
ルーカスは自信の突きが空を切ったと分かると直ぐさま引いた。
「やはりお前たち――無詠唱魔術を使えるんだな。」
煙の中から声が聞こえた。
しかし、その声の主はルーカスが注意を向けた瞬間背後へと回り込みレイナ同様十数メートル先へと蹴飛ばす――はずだった。
ルーカスは地面を操作しグレイブのバランスを少しだけ崩し、自身も身体強化術を使用して避けたのである。
やっぱり、一つでダメなら二つでだな。
「レイナ!」
「わかってるわ!」
ルーカスは直ぐさま合図を送りレイナもそれに応えてグレイブへと一太刀を浴びせた。
「まだまだ!」
レイナの一太刀を木刀で受け流しルーカスの操作する地面から跳躍し範囲外へと退いた。
「お前たちがまさかこんなに強いとは思わなかったよ。だからこそ、俺も少々本気を出させて貰う。」
グレイブの雰囲気ががらりと変わり、木刀を鞘に戻すように腰に当て、姿勢を低くした。
「レイナ!何か来る!
ルーカスが地壁で自分たちを守る巨大な土の壁を作り終えたその時だった。
「これだけで安心するとは未熟な証だぞ。」
巨大な大地の壁で守られているはずの二人の後ろからグレイブの声が聞こえた。
「なに!?」
「えっ!どうして!?」
あまりの出来事に二人が狼狽えていると異変が起きた。
今まで形を保っていたルーカスが作った壁はバラバラに切り裂かれ、二人の木刀も柄の部分から折られていた。
「勝負あっただろ?」
堪忍したように少年は両手を挙げた。
「なに!?」
突然グレイブは声を上げた。
「どうです?これは一本に入りますか?」
手を上げた少年は不敵に笑っていた。
「あぁ――一本取られたよ。」
グレイブの体には氷と土の膜が生成され彼を拘束したのだ。
「なになに?どうしてこうなったの?」
レイナはいきなり父親が動きを止められたことに理解が追いついていなかった。
「さっき俺が壊した壁に水を含ませておいて、降伏と見せかけ増加させ拘束したんだよな。」
よくわかったな。
「そうです。師匠はどんな手も使って良いと言ったので卑怯ですがこうさせて貰いました。」
どんな手も良いと言われたらどこまでもダーティーなプレイをした方が勝てるからな。
「でも師匠はこんなの簡単に抜け出せますよね?」
「まあな。」
そう言うとグレイブは一瞬で光束を解いて見せた。
やっぱすごいな騎士団長、ここまでやっても高い壁があるとは。
「ルカはすごいな――私なんて何も出来なかったのに――。」
レイナが自身の弱さを悲観しているとグレイブがひょいと持ち上げ肩に乗せた。
「いや、レイナはすごいぞー!この年で魔術を扱えしかも無詠唱、おまけに剣術も才能があるなんて騎士や冒険者が見たら憧れの存在だ!」
「そう!?やったー!」
レイナは褒められるとすぐ機嫌を直し、そんなレイナを乗せたグレイブは笑いながら屋敷へ向かい始めた。
「ルーカス!どうした?祭りの疲れも残っているだろうし今日は終わりだ!行くぞ!」
「行くわよルカ!」
「はーい。」
今回の訓練で自分の立っている場所がグレイブとどれだけ離れているか身に染みて理解した。
魔術を極めるとしたら近距離で剣士と互角ぐらいまでは行きたい。
だからこそ無詠唱魔術と身体強化術を両方活用した戦い方が必要と言うことだ。
これからは常に身体強化術を使い続けて練度を高めるという訓練も必要かな。
この世界の標準的な強さを知らない少年の目指す高みは今後世界を揺るがす脅威に立ち向かうためになるとは未だ一人しか知らない。
---???視点---
『ルーカス・ルピリアス・シャラスティアのレイナ・グラジミア・レディオラス、エスティリア・クロウミス、ニア・ザレアントとの接触を確認。』
その女性の声は先が見えぬ白い霧の中で響いていた。
『今後ルーカス・ルピリアス・シャラスティアと接触する可能性のある人物を予想、高危険度個体六体、覚醒前接触確率0パーセント、作業中断の必要性無し。』
淡々と声を発するその声の主はパラパラと本のめくられる様な音の中佇んでいる。
『――――の発生時期を予測――問題なし、ユメノミライ計画を継続。』
白い霧の世界、慌ただしい音の中気味悪いほどはっきりと聞こえるその声の主は霧の中でその双眸を蒼く光らせながらその作業を続けていく。
全てはユメノミライのために。
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