ホームシック

あしはらあだこ

第1話

 英雄になるはずだったさる。さるは、カニと一緒に住まわせてもらっている。

 カニをいじめたサルは、あれから、猛省をして、みんなと仲良くしてもらえるように頑張っている。

 赤鬼も意外といい奴だね、なんて言ってもらえて、打ち解けてきたかのように思えた。

 しかし、赤鬼の表情は最近変わってきてしまっている。

 もともと、渋面じゅうめんの怒り顔だから、全員が気づいていたわけではないが、さるは何となく、変化を感じ取っていた。

 赤鬼はその体格から、新しく家を建ててやらねば、ということになり、大工の棟梁が、いつも気にかけていた。

 赤鬼は最初こそ、力加減がわからず、失敗続きだったが、割と器用な方で、体格に似合わず、細かい作業にも、直ぐに慣れた。

 そんな時、さるは見てしまったのだ。森のはずれで、一人静かに泣いている赤鬼を。

 どうしようか、数日考えていたさるのところに、棟梁が訪ねてきた。

「おまえさんも見たと思うんだが、どう思うかね」

「?」さるは真意をつかみ損ねて、怪訝けげんな顔をする。棟梁はなおも続ける。

「赤鬼のことだ。おまえさんも見ただろ」

「棟梁もあそこにいたの?」

「おもえさんがいた場所からは、わしのことは見えづらかったと思うが、わしの場所からは、赤鬼が泣いているのと、おまえさんが静かに立ち去るのが見えたのさ」

「みんなとは仲良くしてるのに」

「まあ、あれだな。郷愁というやつだな」

「きょーしゅー?」

「島が恋しいんだろ」

「?鬼が島に帰りたいってこと?」

「まあそうだろうな」

「え~。せっかく仲良くなったんだしさあ。俺たちになんの不満があんのよ」

「不満が、あるわけではないとおもいます」カニが言う。

「僕も、生まれ故郷を、なつかしく思う気持ちは、わかります」

「俺なんか、年功序列から早く抜けたくて、仕方なかったけど・・・」

「赤鬼から見たら、ここは、別世界同然だしな」棟梁らしく説いて見せる。

「でも、どうやって返してやんのよ。鬼が島ってどこ?」

「それなら、僕が、海の仲間に、航路を聞いてみるよ」


 しかし、カニに歩くのを任せていたら、いつ着くのか分かったものではないので、さるが運んでやることにした。

 浜辺には着いた。が、ここから先は、カニに任せるしかない。

 カニは浜辺で、なにやら奇妙な踊り?をしはじめた。

 どうやら、それは合図だったようで、浜辺の仲間がうじゃうじゃとでてきた。

 さるは見たこともない、浜辺の生き物たちに、興味深々だったが、ここは邪魔してはいけない。


 あぶくをとばすカニたちや、身を引っ込めたり出したりを繰り返すヤドカリ、波打ち際で、くちをパクパクさせている小さな貝たち。

 そのうち、貝たちは、三々五々波にさらわれていくように消えていった。

「おい、あいつらいなくなっちまった」

「大丈夫です。航海士を連れてきます」

 へえ、どんな奴かねえ?と四半時しはんときほど待っていると、なんだか不細工なつらの、蛇みたいなのがやってきた。

 これまで、どうにか好奇心を抑えてきた、さるもこらえきれなくなり、手を伸ばそうとすると、チョンっとカニがハサミの先で軽くつついてきた。

「いけませんよ!あの方は、ウツボと言って、一度噛みついたら離れませんから。御覧なさい、あの、鋭い歯を。海の男ですから、気が少々荒いんですよ」

「でも、そんな危ない奴に航海を任せるのか?」

「そこは、大丈夫。百戦錬磨の腕利きですし、海の男としての尊厳も十分です」

 ふ~ん。あれがねえ…とおもったら、ギロリとウツボに睨まれた。

「すいません。一つだけ。余所者よそものに対する不信感があって」

 ひえぇ。扱いづれえ。


 カニとウツボの話がついた。ウツボはさるにともを任せたいと言う。

 やったことはないが、器用な方だという自負がある。

 引き受けた。船出は、まず、鬼が帰りたいのかを確認してから決めるということで、今日は、散会とした。


                      つづく

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