第11話 悩みも秘密もより深く 2
「そんな! じゃあ今の明石は」
白瀬さんの話を聞いた俺はそんな言葉しか出せなかった。
「そう、生まれながらの明石葵じゃない」
「そんな・・・」
「驚いた? それが事実なんです。多分、今の明石が歴史に詳しいのも、実年齢が影響しているんじゃないかと予想してはいます」
「たしかに、一緒に勉強してる時はやたらと歴史に関して見てきたみたいに詳しかったですけど、まさかそんなことが」
「他に何か思い当たることってあります?」
俺は思い返す。
俺が見た明石との今までの姿を記憶から手繰り寄せる。
「たしかに思い返したら、体育の授業の時に誰かが怪我をして、やけに手際よく手当てしてたり、やけに何かに詳しかったり、なんでそんな知識持ってるんだって思ったことはありはしますけど、でもそんな馬鹿なことって」
正直信じられない。
クラスメートの恋人が年上、いや熟女、もしかしたらお婆ちゃん。
もっと言ってしまうと歴史の生き証人。
「そんな馬鹿なことと思うかも知れませんが、そういう能力で彼ら吸血鬼は生き延びているんです」
「・・・・そんな能力があるだなんて知らなかったです。正直、吸血鬼がこの世に存在することは明石に出会わなかったら知りさえしませんでした、、、」
「ただ、ひとつだけ言っておきますけど、実際に葵が何歳なのかは私も教えてもらってません。実年齢はもしかしたらそんなに離れていない可能性だってあります」
「そうなんですか?」
「詳しく知りたいなら、専門的に勉強する必要があるでしょうが、ざっくり説明すると、いくら人の体を乗っ取って生きながらえていくと言っても、吸血鬼そのものの誕生はどうするんですか?」
「あっ! そう言われてみればそうですね」
つまり、千年前に吸血鬼として産まれて、今も体を乗り換えて生き残ってきている存在と最近生まれたばかりのルーキーがいるってことだ。
「それに、私も葵から実年齢は聞いていませんし」
そう言われて少しホッとする。
「なんか希望が持てました」
「希望というのは?」
「そんなに歳の差は無いんじゃないかと」
言うと少し驚いたような表情をする。
「ちょっと驚きですね」
「驚きって言うと?」
「気を悪くしないでくださいね、てっきり人を襲って命を奪って生きながらえる怪物って言って、葵を嫌うかと思ったんです」
あぁ、そう言うことか。
「たしかに、人の命と体を乗っ取って生きながらえるって言ってはいますけど、でも、明石葵は死ぬ間際に今の明石に体を乗っ取られたんですよね?」
「その通りです」
「それなら、まだ納得できます。だって、明石の両親は明石が死ぬはずだったのに今も生きていると思ってるんですから」
「そうですか」
そう、すくなくとも明石は吸血鬼明石葵は明石の両親の心を救っている。
たとえそれが嘘であったとしてもだ。
そう思うことにした。
そんな話をしていると次の料理が運ばれてきた。
まさか白瀬さんとこんな料理を食べに来るとは思わなかった。
そう思いながら俺は白瀬さんに疑問をぶつける。
「そう言えば、明石以外にも、吸血鬼以外にもそう言う存在っているんですよね?」
「そう言うって言うと、この前の狼男さんとかのことですよね?」
「そうです。もちろんいます」
そういった怪物に俺はたまたま出くわした。と言うことか、それも吸血鬼とセットでという幸運なのか不運なのかわからない。
「それって、何種類ぐらいいるんでしょうか?」
「私もわからないですし、この世でそれを知っている人は誰もいません」
「そんなに多いんですか?」
「ほぼ無限にいると言ってもいいでしょう」
「無限にって、それに対応してるんですよね白瀬さんは?」
「私以外にもいますよ、そんなに人数は多くはないですが、どこの業界も人手不足です」
ほぼ無限にいる怪物と戦う職業。謎だらけだ。
「私の職業に興味があるんですか?」
「いや興味はないけど、それだけの数隠れていて、ニュースや新聞に出てこないし、もっと言うと実際に目で見た俺も未だに信じられない」
「そう言うものです。すぐそこにいるのに気づかない、取り憑かれているのにわからない、自分がそうだと言うのにそれさえ知らない、それがこの世界です。和久さんはたまたまそれを見た。それを知った。それを経験した。ただそれだけのことです」
「ありふれてるのに誰も気がつかないってことですか」
「そう、たとえばこのお店の女性の店員さんとかです」
「えっ?」
驚きを隠せない俺は声を出した。
「愛想良さげな女性の店員さんがいたでしょう。私たちをこの個室に案内してくれた女性です。覚えてますか?」
そう言われて俺は記憶を探る。
「確か、小柄な茶髪の方ですよね」
「そう、あの女性です。人間ですし、狼男みたいに変身したりはしません。でも取り憑かれてます」
取り憑かれてるって、何に取り憑かれてるんだ。
「取り憑くかれてるって? そうは見えないんだけど」
「普通の人はそう思います。あの人は嘘をつくことになれ、愛想のいいふりをして人に近寄り、自分が得をするよう仕向ける。そう言う類の物に取り憑かれています」
素人目には全くわからない。
「専門家にはわかるんですか?」
「一瞬見ただけで判断するのはなかなか難しいですが、少し会話したりしたらわかる場合が多いです。葵のことは初めて出会った時に気づいちゃいましたし」
「そうだったのか」
「普通の人には見分けることさえ難しいでしょう。私も慣れるまで時間がかかりましたし。でも慣れてしまえば見えるものです。私たちをこの個室に案内したあの女性の後ろ側に、狐の姿をした何かが私には見えるんです」
なんか置いてけぼりを感じる。
「俺と同い年くらいの年齢で仕事やってて、専門家って凄いですね」
「まぁ、たまたま運悪くこの仕事をやってるって感じです」
そうなのか、どんな人生送ったらそんなことになるのか全くわからない。
「運悪くっていうのは?」
「運悪くは運悪くです」
「なんでやってるのか、好奇心から聞きたいけど、聞かないほうがいいのかな?」
「話したくない話なので」
「なら聞かないほうがいいな」
誰にだって聞かれたくないことぐらい存在する。もっと言うと、吸血鬼やエクソシストなんて存在するとは思わなかったし、世の中の大半がそんなものは存在しないと思ってる。
俺じゃ手に負えないレベルの話だ。だからこそ思うことがある。
「白瀬さん、俺、ほんとに明石と恋人関係でいいんでしょうか」
気がついたら俺はそんなことを口に出していた。
「それはどう言う意味でしょうか?」
「いや、明石は俺より年上なわけで、そう言う類の存在で、正直言って、自分の手の届かない問題な気がして」
「葵は和久さんとお付き合いできてることを喜んでましたよ」
「それは嬉しいし、ありがたいんだけどってかんじです」
「葵が人の体を乗っ取ったって話を聞いた時の和久さんは堂々としてたのに、そっちの話になるとナヨナヨしいですね」
「それはたしかに」
その通りだ。たしかに情けない。
でも、そういう雰囲気だけを出した。
そう見えただけで、そう見られただけ。
「慣れてないから、、、かな。明石の秘密にしてもそうですが、、、」
「慣れですか。まぁでも、私もそう言った事例を目の前で見るのは初めてですし、文献で調べても珍しい事例だったと記憶してます」
言われて見たらたしかにその通りだと思う。
この数日、二、三週間の間の俺の心の揺れ動きは半端じゃない。恋人の男遊びか他の秘密でもあると思っていたら、まさかこんなことになるだなんて誰が思う。
「正直、この数週間は疲れました」
「それは、私にも原因があるので何も言えないです」
と、言い白瀬さんは料理を口に運び満足そうな顔をする。
そんな顔を見て俺はつい言ってしまった。
「こんな疲れる話しながらよくそんな満足そうな顔してますね」
えっ? という顔をする白瀬さん。
「あ、すいません。そんなに疲弊してるなんて思いもしなかったので」
「いや、こちらこそすいません。あんまりこういうのは慣れてないんで」
「そうですか? すごい慣れてるような、落ち着いて状況を理解しているような感じがしてましたが」
「ついていけずに、場に流されてただけです」
「そう、なんですか」
「頭では理解できても、心がついていくかと言うと」
「すいません」
そう、心がついていかないんだ。驚きと、新しい情報の連続で理解はできてもついていけない。俺はこの後、どう明石と向き合ったらいいのだろう。
「一応、明石についてお話ししたいことはここまでです」
ちょうど、そのタイミングで俺たちの食事は終わり、店の外へとでる。
「すいません、あんな雰囲気でお昼ご飯が終わるなんて思ってなかったので」
謝られてしまった。
なにか上手く返せないものか。
「いや、あんな雰囲気でせっかく奢ってもらったお昼ご飯を終わらせた俺の器が小さい」
そう言っておいた。
そうでも言わないとやってられない。
顔を明るくし、笑顔になる白瀬さん。
「そう言っといたら、俺の器が大きく見えますよね」
「今の一言がなかったら器が大きく見えました」
余計なことを言ってしまったようだ。
「さぁ、次に行きましょう」と白瀬が言う。
「次っていうのは?」
「街中まで来たんですから、そりゃやることあるでしょ」
言われて連れてこられたのは有名ブランドが並ぶ化粧品売り場。
正直、高校生男子には場違いな気がする。
というか場違いだ。
「どれにしようかなー」
「どれというのは?」
「明石にあげるプレゼントですよ」
「えっ?」
「えっ!?」
「「えっ?」」
なんのプレゼントなんだ? 誕生日はまだ先、クリスマスでもない、正月でもない。
「誕生日プレゼントです」
「えっ? 誕生日はまだまだ先なんじゃ?」
あ、と白瀬さんは何かに気付いた様な顔をする。
「明石から聞いてないんですか?」
何を? と言う顔をする俺。
「よく考えてください。明石は身体を乗り換えてるんです。乗り換える前の明石、つまり吸血鬼としての誕生日です」
そう言われてハッとした。
そうだ、明石は身体を乗り換えているんだった。
「そういうことか、それなら納得」
でも、明石もそれならそうと言ってほしいもんだ。
そう思いながら俺は化粧品売り場に足を踏み入れる。
「あの、ひとついいかな?」
「なんでしょうか、正直なところ、男性目線で化粧品選ぶの難易度高いす」
「ですよね」
「もっと言うと俺、高校生です」
「ですよね」
「白瀬さんの収入っていくらなんすか?」
「内緒です」
「明石って、実年齢はとっくに二十歳超えてますよね?」
「ですね」
「その年齢の女性に何送ったらいいのか、全くわからないんですが」
「化粧品がいいでしょう」
女性のアドバイスだ、しっかりと受け止めておこう。
「それと、もし今後、私の仕事で必要があれば手伝って頂けますか?」
「それは構わないですが、素人の僕が役に立てるようなことなんてあるんでしょうか?」
「もちろん、そんな複雑なことや難しい内容はお願いしません」
「今回、ご飯も食べさせていただいたし、明石に関する情報も貰いましたから、断るわけにはいきません」
「ありがとうございます。それじゃあ行きましょう」
俺と白瀬は二人からのプレゼントということで明石に化粧品を送った。
後日、たまたま妹とテレビを見ていたら白瀬と一緒に食べに行ったお店が紹介されていた。「ねぇ兄ちゃん、大学生になったらバイトしまくってこのお店連れてってよ」と将来稼いだ金を集ろうとしてくる妹を無視し、テレビに目を向ける。
なんでもそこのシェフはフランスで修行してきた料理人らしく、テレビで流れた料理の値段を聞いて眩暈がした。
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