第2話女の悩み
今日も一日の全ての授業が終わった。
これから担任の先生が教室にやって来てホームルームが始まる。
まぁ、ハッキリ言って、私にはどうだっていい時間だ。いや、生徒全員にとってどうでもいい時間なのかも知れない。もちろん、担任から重要な話をされる場合もあるが、そんなのは稀だ。春休みなどの長期休暇前や、体育祭、文化祭の前くらいなものだ。
現に今までの担任の話など、覚えている方が少ない。どうでもいい話を聞き流しながら。窓際の席に座っている私は外の景色を眺める。
桜の花芽も発芽の準備をしているこの時期だ。開け放たれた窓から、風が入り私の顔をなでる。
この時期は心地いい風を堪能できる。
あまり外ばかりを見ていると、担任教師にバレて顰蹙を買いかねない。
ほんの少し、顔を窓側に向けて、視線は外へ向けている。
それがいつもの私のスタイルだ。担任教師が話続けている。それを半ば無視するように聞き流しながら景色を見るのも、私流の学生生活の楽しみ方の一つだ。
「もうじき春休みにはいります。それが終わったら、皆さんは高校三年生なわけですが、もうそろそろ進路も決めておいた方がよいでしょう。もう、とっくに決まっている方もいらっしゃると思いますが」と担任教師が話している最中に間に「へっっくしゅんっ!」大きな音がした。
誰かがくしゃみをしたのだ。
くしゃみをした男子生徒が「花粉症の季節嫌いっ!ねばねばした鼻水が出る!」と一言叫ぶと、教室内では笑い声があふれた。
私はちらりと横目で目で教室内を確認する。
私の好きな季節をそんな黄色ブドウ球菌にまみれた粘々した表現をしないでほしいと思いながらも、そんな表現の仕方があったのか、と私もつい笑みを浮かべる。
私は視線を窓の外に戻し、担任教師の話を聞き流し。時間が過ぎるのを待った。
担任教師は話を終え、放課後となった。
生徒たちは帰宅する者、部活動に向かう者、受験勉強を行う者達、それぞれに分かれた。私の通う学校は進学校というわけではないし、底辺高校とうわけでもない。それなりに進学するし、家庭の事情で進学を諦め就職する者もいる。
自由ではあるが責任は持てという校風は私は気に入っている。
今日はどうしよう、帰宅するか図書室にでも行くか、それとも帰ろうか。
悩んでいると多く生徒が教室から下駄箱へ向かっている姿が目に入る。その中に一人の女子生徒が見えた。私の友人が居た。
私も帰るか。そう思い、昇降口へと向かう。
私以外の生徒たちにとってはありふれた学校の風景。私にとってもありふれた学校の風景と化した。そんな環境の中で、私は下駄箱から靴を取り出す。私が靴を履き替えていると後ろから声がした。
「今日は真っ直ぐ家に帰るの?」
そう聞いてくるのはクラスメイトで友人の白瀬だ。あれ? さっき私より先に昇降口に向かっているのを見て、それで私が帰ろうと思ったのに、なんで後ろにいるのだろう。
「帰るけど、どうして? それより、私より先に帰って教室を出て帰ってなかった?」
「ちょっと忘れ物しちゃって、、教室に戻ったの」
「そうなんだ」
「今週末は私の家に泊まりに来るって親に嘘つかないの?」
と、何気なく私に聞いてくる。
友人の家に遊び行くと言って恋人の家に泊まる。そんな感じの嘘をついている。
一人暮らしの男子大学生と女子大生のようなカップルならそれくらいの嘘を親についたりはするだろうが、私は女子高生、別に恋人の家にお泊りするわけではない。
彼女は親に隠している秘密を知っている。まあ、表向きの秘密だけれど、そして私の恋人の彼もきっと私の嘘に気づいている。
「男あさりもほどほどにしときなよー、やりすぎると不良だと思われるよ」
そう言われ、確かに否定はできないと思いつつ、私は返す。
「今日は帰るよ、あとあまり大きな声で言わないで。それに私は不良じゃない」
私は周りを見渡しながらそう言った。とはいえ、もうすでに周りに人はいない。生徒たちは皆、学校を出て帰宅しているか、部活動を始めているかのどちらかだろう。先生も周りにいない。
私は成績の悪い学生というわけではない。むしろ成績はいい方だ。この前の試験だって上位だった。
私の秘密は、そう男あさりだ。
友人の家に泊まると親に嘘をつき男をホテルに連れ込んでいるのだ。ということになっている。
白瀬は呆れ顔で忠告してきた。
「男漁りもやりすぎると反感買うよ」
「わかってるよ、相手が誰でもいいってわけじゃないんだから。それに男あさりって言い方はあまり好きじゃないかな、人生経験を積んでる、、、って言ってもらえると嬉しいかな」
「物は言いようってこのことだね」と、困ったようなあきれたような白瀬は答えた。
「それじゃあ、また学校でね」と挨拶をし、一人で家に向かって歩き出す。
誰もいないことを確認して、彼女は一人つぶやく。
「私って男にだらしないと思われてるのか」と少しだけ落ち込む。
まぁ、あまり気にしていないし気にするほどやわな女ではないという自覚はある。それに別に男漁りが好きなわけではない。
男の方が都合がいいのだ。何よりホテルに連れ込んでも不自然じゃない。
もちろんだが、所謂、パパ活や援助交際を疑われはするかも知れないが、それなりに頭を使って、男遊びや人生経験と言っている。
でもそれは事実ではない。傍から見れば、そうにしか見えないけれど、似て非なる行為だ。
似ているからと言って、同じではない。
私は生きるため男を連れ込み、誘い込み、誑かすようにして血を啜っているだけなのだから。そうやって私達は生きながらえる。私は生きながらえている。
そう言えば私今年で何歳だっけ? あまり覚えてさえいない。
家に帰りつき、玄関を開ける。別に豪邸というわけでもなければ、ボロ家というわけでもない、どこにでもある普通のマンション、玄関をけて「ただいまー」と家族向けて挨拶をしても返事はない。
親は共働きの三人家族。
家に入り、靴を脱ぐ、脱いだ靴は揃えなければ親から怒られる。突然の来客でもあった時に玄関が汚れている状態を見られる。
そんな出来事を母は嫌っている。
普段、家の中でだらしない姿を見せているくせにとは言えない。
「ただいま」という言葉、それはどうやらこの国のこの時代の帰宅時の挨拶でもあるらしい。ただいまという一言、その一言がややこしい。「ただいまの時刻は何時何分です」「ただいま準備しています」たかが四文字にその後にどんな言葉を続けるのか、どんな状況でその言葉を使うのか。それに応じて解釈も変わる。よくこんなややこしい言語を使えるなと我ながら思う。
何年も生きていると、どこの国の挨拶なのか忘れてしまい、別の国の別の時代の挨拶をして変な目で見られたこともあった。
気を付けなければと自分に言い聞かせる。
幸いなことに、私の住んでいる場所はそれなりに大きな都市に近い。
方言の類は耳にすることは少ないし、標準語を話せれば、この国の中ならどこに行っても通用する。
私は自室に入り、着替えた。部屋着になりベッドに横たわる。
最近は疲れることが多かった。表向きは男あさり、実際は生きるために必要な血を啜るという行為、誰にもバレずに血を吸うには少しばかり苦労する。
それにしても、この女性の体は血を吸うには丁度いい。 メイクをすれば、そこそこ垢ぬけるし、男を連れ込むのも簡単だ。
あとは、男に気づかれずに首から血を吸って、そのまま気絶させるか、眠らせるかで終わりだ。そんなことを何年も繰り返してきた。
それでも、今までに危ない目に会わなかったわけではない。少なくとも、魔女狩りの時代は殺されそうになったこともあった。
別の人を身代わりにして生き残ったこともあった。同胞も何人も死んだ。
でも少なくとも今は幸せだ。
でも私の今の幸せはあらゆるものと引き換えに手に入れたものだ。そんなことを考えながら、私はそのまま気を失うように眠りについた。
次の日の朝、私は目を覚ました。
ヤバい、メイクを落とし忘れたまま寝てしまった。服も昨日帰宅したときのままだ。体を起こし、鏡を見た私は少し気持ちが沈む。シャワーを浴びずに寝てしまったことを後悔する。
流石にシャワーも浴びずに学校へ行くわけにはいかない。私は急いで服を脱ぎ、メイクを落とし、少し熱いシャワーを浴びる。
早めに目を覚ましてよかった。そうでなければ、シャワーを浴びる時間さえなかった。
浴室でシャワーを浴びながら、私は最近気になっていたことを思い出した。やけに視線を感じるのだ。嫌な感じの視線だ、でもなぜか、あまり気にならない不思議な視線。
見られているという感じではない。監視されているような視線、いや、観察されているような、後をつけられているような感じだ。
まあいい、これが魔女狩りの時代だったら、私は全力でこの町や国を離れて遠くまで逃げていただろうが、今の時代に魔女や吸血鬼を信じる人間はいない。
この時代がどれだけ安全なのか、それは私がよく知っている。
シャワーを浴びた後、私は急いで身支度をして家を出た。学校へはなんとか遅刻せずに到着した。朝早く起きることができて幸いだった。
そして、やはり気になる、あの視線。誰かからの視線が学校へ向かうまでの間にも感じられた。ストーカーだろうか?
あまり人を尾行するには尾行のスキルが低い気がするが、まあいい、そのうち尻尾を出すだろう。そう思いながら私は、窓際の席から外を見る。
ただでさえ白い肌に日焼け止めを塗り、冬でさえ日焼け止めを塗っている。日光対策は常に万全だ。
「こら、外ばかり見てないでこの問題を解いてください」
怒られた。よそ見をしていたので私が当てられたのだろう。
「はい」と返事をし、ホワイトボードへと向かう。最近、黒板が無くなりホワイトボードに変わっている。
私は昔ながらの黒板とチョークが好きなのだがこれも時代の変化というものだと思う。
慣れない手つきでホワイトボードに数学の答えを書いていく。先生に見てもらうまでもなく、この問題に対する私の回答は正解だ。何せ何度もこの手の問題は解いているのだから。高校数学程度なら外すことの方が珍しい。
授業が終わり、クラスメイトの白瀬が近寄ってくる。
「ねぇ、あの問題、難しくなかったの?」
「難しくはなかったよ」
「やっぱ、見えないところで努力してるんだね」
そう言われて、苦笑いをする。
高校レベルの問題なんて対して努力もせずに解けるくらいの実年齢だけれど、それは言わないでおく。いや言えないというべきだ。
「ねぇ、学校終わったら、カフェ行かない?」
私の通う学校は比較的自由だ。問題行為を起こさなければ、帰りにカフェに寄るくらいは問題にはならない。
「そうしよっか、放課後は暇だし。いつもの場所でいいよね?」
帰りにカフェに寄ることにした。女子同士で色々話もしたい。授業が終わり。カフェに向かう道を歩く私たち。
「ねえ、卒業後の進路ってどうするの? やっぱり明石は進学するの?」
と、この時期の高校生らしい話題を振られる。
「今のところは大学進学って考えているかな、でもいざ卒業が近づいたら迷って別の進路にするかも知れない」
「やっぱ迷うよね。明石の成績なら、そこそこの大学には合格できるんじゃない?」
ありふれた会話をしている最中、最近感じていた違和感を覚えた。
最近感じていた誰かの視線が私に向けられている。日が暮れる前には解散しよう。そう思いながら歩いていると、見えてきたカフェに入る。
飲み物を選び席に座る。進路の話を白瀬と話をしていると、友人がカフェの入り口を見て言う。
「あれ? あの人、彼氏さんじゃない?」
「えっ?」
少し驚いて声が出た。
そう言われた私はカフェの入り口を見る。間違いない。
彼は私の恋人だ。
偶然ではなさそうね。心の中でそう思う。ということは、もしかして最近私が感じていた視線の正体は、私の恋人の和久だったということだろう。
私は入り口にいる和久に声をかけに行く。
「何やってるの?」と、声をかける。
「偶然だね、、、」
彼は偶然を装ったかのように装った答えを返してきた。絶対に偶然じゃないと思いつつ。
「一人できたの?」
彼をよく観察する。彼の後ろに誰か他に人がついてきていないかも、ちらりと一瞬だけ目を向けて観察する。絶対に嘘を見抜いてやる。
「一人だよ、足が疲れて休む場所を探していたんだ、、、そしたらたまたま明石を見かけて、、、」
嘘をついたな。足が疲れて休む場所を探していたんだ、というのは恐らく嘘だろう。一人なのは本当のようだ。
「席はあそこだから、私たちの席に来る?」
「そうする、注文してから行くよ」
私は白瀬の待つ席に戻り進路の話しでも続けようとすると。
「へぇー、あの人が明石の彼氏さんかー」
と、話題を変えられた。進路よりも色恋沙汰。女子高生なんてそんなもんだ。
「そうだよ」
「どんな人なの?」
「普通の人よ、真面目で優しくて」
「なんか意外、もう少し遊んでるのかと思った」
そんなことを言われると少しだけムッとする。
「真面目がいいの、それにあの人となら結婚してもいいかなぁと思えるし」
友人は少し目を見開く。驚いたように聞いてくる。
「私達まだ高校生だよ? そんなこと考えて恋愛してるの?!」
こんなことを言うと嫉妬されるかと思ったが、驚かれてしまった。
「なんで驚くのよ? いいじゃない私が何を考えていようと私の自由なんだし、変な男と結婚するより彼がいい、少なくとも今はそう思ってる」
「そうなんだ。なんか大人だね」と何か納得したような顔で言われた。
ロクでもない男と恋をして大変だったこともある。真面目が一番だ。心の中でそう思いながら、白瀬とたわいもない会話を楽しむ。
そうこうしているうちに、注文したレモンティーを小さめのトレーに乗せた私の恋人の彼は私達のいる席へと来た。
「はじめまして」
白瀬に挨拶すると、律儀に彼は聞いてくる。
「座らせてもらっていいでしょうか?」
「どうぞ、私も彼氏さんと話してみたかったんです」
「和久です、僕も明石の友達と話して見たかったんです、明石の友達と会うのは初めです」
微笑む和久。少し緊張しているようだ。
「白瀬です」
進路のことや就職のこと学校でのできごとのたわいもない話をしていると明石は席を立つ。
「ちょっと化粧直してくる」
「おう」
短く返してきた。返事はいつも通りだ。彼はいつも私が化粧直しに行くとか、飲み物を買ってくると言って席を外すときには決まって「おう」と返してくる。
何でもないように、いつも通りのように「おう」と返してきた。
私を尾行していたわりには、いつも通りの反応だ。
私が席を立ちトイレに向かう最中、後ろから声が聞こえてきた。
振り返ると明石は興味津々で彼を質問攻めにしている姿が見えた。
少し長めに化粧直ししてこよう。そう思いトイレへ向かう。
「ねえねえ、彼氏さんはあの子のどんなとこに惹かれたの?」
二人とも私に聞こえているのも知らずに話している。私は地獄耳だ。扉一枚隔てていても、二枚隔てていても集中すれば会話くらい聞こえるくらいの聴覚を持っている。
「あぁ、どんなところに惹かれたかって言うとやっぱり何というか、高校生なのに奥ゆかしさを感じるというか、知識量が多いと言うか、そういう雰囲気というか、大人びているところです」
「でっで! 初めて出会ったのはいつなの?」
続けて質問している。決して子供っぽいわけではないがや、女子高生らしい質問に和久は少したじろいでいる。
「どこから答えたらいいのかわからないです」
そう和久の声が聞こえたところで、私はしばらくトイレに籠ろうと思いつつトイレの扉を開ける。作業用BGMを聞きながら部屋の掃除をするように、化粧直しでもしながら彼らの会話を聞こう。
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