第4話 俺が守らねばならんか……!

「って……お前、はぁはぁ……。なんなんだ、その体力は……」


「えへへ~、お姉ちゃんの勝ちぃ~♪」


 汗の滲んだドヤ顔の笑みが、妙に憎たらしい。


 アリアが俺の訓練に付き合うようになってから数日。


 アリアが魔力を操るのはまだ早いと判断して、基礎的な体力訓練を一緒にやっていたのだが……。


「まあ、これでもお姉ちゃんだしぃ~♪ ひとつくらいはカインに勝ってないと、沽券に関わるっていうか~♪」


「こ、これで、勝ったと、思うなよぉー……」


 だらだらと大量の汗をかきながら、荒い呼吸を繰り返す。


 俺も8歳児にしてはかなりの体力があると自負していたのだが、これまで特に鍛えてもいなかったアリアに一切敵わなかったのだ。


 さすがは未来の勇者だ……。覚醒前からでも、潜在能力の片鱗が見えていたわけだ。


 この分なら、大きな感情の爆発がなくとも、地道な修行で勇者に鍛え上げていくのも可能だろう。


 が、そんな手間はかけたくない。さっさと覚醒させられるような、べつの計画も練っている最中だ。


 俺の手は汚さず、アリアから大きな怒りや悲しみを引き出す方法……。これがなかなか思いつかず、訓練だけで日々が過ぎていく。


 そんなある日。家を出る前のこと。


「ねえ、カイン! 訓練の前に、お買い物しに行かない?」


「買い物? 例の行商人のところか?」


 村には数日前から行商人が滞在していて、物珍しい物を売っている。


「そうそう。今日で村を出ちゃうらしいから、最後にお買い物しておきたくって」


「ふん、行きたいならひとりで行け。俺は訓練の時間が惜しい」


「えー……。一緒が良かったんだけどなぁ……」


「なら、さっさと済ませて訓練に来い」


「もう、真面目さんだなぁ。でもそこがカインのいいところだよね♪ じゃあ、少しだけ遅れて行くから待っててね!」


 というわけで、今日はひとりで森に入り、訓練を開始したのだ。


 数日ぶりにひとりだ。これまで集中できなかった分、少しでも遅れを取り戻すぞ!


 アリアを相応しい強さに育てるのも大切だが、俺自身もかつて以上の強さを身に着けなければ雪辱は果たせないからな!


 さっそく岩の上に座って、瞑想を試みる。


 とはいえ、どうせすぐにアリアがやってきて邪魔されるのだろうな……。


「…………」


 ……?


「……来ないじゃないか」


 つい集中が途切れてしまった。


 いや、来ないからと気にすることはない。


 どうせ買い物が長引いているだけだ。人間の女は買い物が長いと言うしな。


 続いては体力訓練だ。


 魔王ゾールともあろうものが、いつまでも遅れを取るわけにはいかぬ! 気合を入れていくぞ!


「……って、はあはあ……おかしいな。遅すぎる……」


 筋トレに走り込みに、武器の素振り。ひととおり終えても、アリアはまだ姿を現さない。


「……いつまで買い物してるんだ。これまでの訓練を無駄にするつもりか」


 訓練は継続が肝心だ。1日サボれば、取り戻すのに3日かかるとも言われている。


 まったく。勇者の素質を開花させるより、一時の快楽が重要だというのか?


 ……いや、快楽は重要だな。俺も快楽は大好きだ。うん、それは否定しない。


 だが、俺は両立するぞ! 強さも快楽もすべて手に入れるのだ! その貪欲さが、アリアには足りん!


 一言、文句を言ってやる!


 俺はそう勇んで村に戻ってみたのだが……。


「あらカイン? アリアと一緒じゃなかったの?」


 さっそく出くわした母親に言われて、俺は困惑した。


「いや、例の行商人のところへ買い物に行ったはずだが……」


「おかしいわね? あの商人さん、お昼前にはもう村を出たはずだけど……」


「なんだと!?」


 じゃあ、アリアはどこへ行ったのだ?


 他の村人にも尋ねてみると、みんなアリアを最後に見たのは行商人のところだったという。


 あの行商人が怪しい。


 ん、待てよ……? 行商人といえば……。


 俺が魔王ゾールだった頃、宿敵と認めた勇者アリアのあらゆる情報、経歴を詳細に調べたことがある。そのすべては、未だに記憶している。


 本来の歴史では、アリアは勇者に覚醒した後、生き残った村人からその力を疎まれ、村から追放された。そこを拾った行商人がいたはずだ。


 肝心なのはここからだ。行商人というのは仮の姿で、実態は子供をさらって売りさばく奴隷商人だったのだ。


 アリアは奴隷として売られ、そして……。


「その手があったか!」


 俺は感心して、つい声を上げてしまう。


 アリアはその後、同じ奴隷の子供たちと共に残酷な仕打ちを受ける。アリアは必死に立ち向かうが力及ばず、多くの生命を助けられずに、自分だけが生き残ることとなったのだ。


 きっと、今から似たようなことが起こる。


 俺の存在が少々歴史を狂わせてしまっているが、本来の歴史で起こった出来事は、近い時期に近い形で発生するのだろう。


 ならば俺は、それらを放置すればいい。アリアは勝手に悲劇的な事件に巻き込まれ、どこかで感情を爆発させ勇者に覚醒する。


 たとえ今回が失敗でも、アリアの感情を揺さぶる悲劇的な出来事は、ひとつやふたつではない。いずれ確実に覚醒するだろう。


 そしてアリアは、俺が宿敵と認めた、あの冷たくも美しい殺戮者へ至るのだ!


「……いや、ちょっと待てよ……?」


 奴隷として売られた先でアリアが生き残れたのは、勇者に覚醒した後だったからだ。


 未覚醒の今、そんな事態に巻き込まれたら、覚醒する以前に死ぬかもしれない。というか、死ぬ可能性のほうが高い。


 いやいやいやいや、それは困る!


 雪辱戦の相手がいなくなっては、転生までした意味がなくなる!


「くそっ、俺の獲物アリアは俺が守らねばならんか……!」


 俺はすぐ村を出て、行商人の足取りを追うのだった。




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