第2話 違う、勇者は俺じゃない……
「俺の
村を襲っていた魔族どもが一斉に俺に注目した。
気にせず、地面に横たわったアリアをちらりと見やる。呼吸はしているが、動かない。
「ちっ、気絶してるか」
これでは、俺が死ぬところを見せて勇者覚醒を促すどころではない。放っておいたら肝心のアリアが喰われてしまう。
「仕方ない。アリア、この俺が守ってやる!」
俺はアリアの肩にそっと触れ、治療魔法で傷を治す。
先ほど吹き飛ばした魔族が、よろよろと立ち上がる。
「珍しい。強いガキだ。いい餌だな」
舌舐めずりをしてから、笑うように牙を剥く。
青白い肌。頭には一対の
そういえば今の時期は、この俺――魔王ゾールに先んじて、南の魔王ゼートリック4世がこの国を侵攻していた頃だ。
やつらは、他者を喰らってその力を得るという卑しい能力を持つ。
「舌舐めずりとはな。食欲が過ぎて力の差もわからないか」
「そう言うお前は、数の差がわからねえようだなあ」
わらわらと魔族が集結してくる。喰らえば力になる相手を、集団で貪ろうというのだ。まったくもって品がない。
「ひひひ! ズタズタに切り裂いて骨までしゃぶってやるぜ!」
愚かにも、魔族は勢いよく飛びかかってくる。
「カイン逃げろ! お前だけでも!」
今の叫びは父親か。
バカが! 大事な
魔族は爪の斬撃を繰り出してくる。
命中の寸前、俺はそいつの腕を左手で掴んで止めた。
「ぐっ? は、放せ! なんだこのパワーは!?」
魔力だ。基本的な身体強化魔法だ。
俺の肉体は人間の8歳児相当の強さしかないが、魔力を操れば、並の魔族など比較にならない身体能力を発揮できる。
魔族の腕を握り潰す。
「あぎゃああ!?」
「ふん。乞食の如き下級魔族ども、光栄に思え。魔王ゾールが遊んでやる」
悲鳴を上げるその顎下に、右手の人差し指を突き立てる。
「まずは、俺の
指先から圧縮した魔力を高速で射出。
パァンッ! と破裂音と共に魔族の頭が弾け飛ぶ。その体は地面に倒れる前に塵となって崩壊していく。
他の魔族たちは一斉に動揺を見せる。
それでもなお食欲が勝るのか、あるいは、身を守るためか。次々と襲いかかってくる。
対し俺は、圧縮魔力で蜂の巣にしてやったり、または魔力の刃で首を
「その程度か、クズども。少しは俺を楽しませろ!」
転生したときには、肉体の強さも、培った魔力もすべて失ってしまっていた。
だが知識と経験は残っていた。それらをもって、転生してからずっと魔力を鍛えてきたのだ。
いずれ再び勇者アリアと対峙し、今度こそ勝利するために。
今はまだ、当時の力には遠く及ばない。魔力量も少なく、初歩的な魔法で戦うしかない。
だというのに、やつらは束になってもこのザマだ。
「もう終わりか……。ふん、今の力の実戦テストにはなったか」
俺は強化した拳で、最後の魔族の腹を穿つ。
「ぐあ、あ――」
魔族は断末魔の叫びを上げながら、塵となって風に流されていく。
一気に静寂が訪れる。
今度は村人たちが俺を見ている。怯えた目で。
頭にきていたとはいえ、派手にやりすぎたか。
わずか8歳の子供が、たったひとりで魔族を蹂躙したのだ。恐怖は当然の反応だ。
「魔族は、カインを狙ってきたんじゃないのか……」
「カインがいたんじゃ、また襲われるっていうのか?」
怯えた村人がひそひそ話す声も聞こえる。
この流れは知っている。
俺の知る歴史では、勇者に覚醒したアリアは魔族を撃退したが、生き残った村人からその力を恐れられた。
誰に庇われることもなく、アリアは村を追放されたという。
その役が、俺に代わってしまったわけだ。
村を離れるのは構わないが……どうせなら、アリアの覚醒を見届けてからにしたかった。
アリアに視線を向けると、彼女はもう目が覚めていた。ぼんやりとした様子で、俺を見上げている。
「カイン……。見てたよ。カインが、やっつけてくれたんだよね……?」
「……ああ」
アリアの顔から感情が読み取れない。いや、きっと怯えている。
それでいい。魔王は人間に怯えられるものだ。
でも、この胸が締め付けられるような、かすかな苦しさはなんだ?
魔力を使った反動ではないはずだが……。
「すごい、ね……」
「ん?」
「すっごいねー! カイン、すごいよぉー!」
アリアは急に元気になって、跳ねるように俺に抱きついてきた。
いい匂いがする。やたら発育のいい胸の柔らかさに、びっくりしてしまう。
アリアは俺の後頭部をわしゃわしゃと激しく撫でる。
「すごいねー、すごいよー。カインは、勇者様の力に覚醒してたんだね! うちの家系だもんね! 森には修行しに行ってたんだね? なんで黙ってたの? 言ってくれたら怒らなかったのにぃー!」
「いや、待てアリア」
「えー、待たない! だってカインはすごいんだもん! お姉ちゃんは、鼻高々だよー! みんなも見たよね! カイン、すごいんだよ~! 勇者様だよぉ! みんなを守ってくれたんだって!」
アリアは俺を離さないまま、村のみんなに声を上げる。
身振り手振りで喜びの感情を振りまく。
そんな様子に、怯えていた連中さえ笑みを浮かべるようになっていく。
「そういえば、アーネスト家の先祖は勇者様だったっけ」
「その力で守ってくれたわけか」
「勇者の覚醒か! これは村をあげて祝わなきゃならねえぞ!」
村中から感謝と祝福の声が届く。どんどん盛り上がっていく。
反して、俺はどんどん居心地が悪くなっていく。
「や、やめろ。違う、勇者は俺じゃない……」
「ん~? カイン、照れてるの? もう、可愛いなぁ!」
「う、ううう、うるさい!」
こんな展開、不本意だ! 俺に相応しくない!
しかし、なぜだろう。
先ほど感じた胸のかすかな苦しさは、もうどこにもなかった。
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