最強のラスボスが逆行転生したら宿敵の美少女勇者の弟だった件 ~雪辱を果たすため力を蓄えますが、やつは俺の獲物だからとあらゆるピンチから守っていたら溺愛されて困っています~

内田ヨシキ

第1章 カインとアリア

第1話 俺の獲物に手を出すな!

「こらぁ、カイン~! ひとりで森に入っちゃダメって、お姉ちゃんいつも言ってるでしょお!」


「や、やめろ、俺は魔王だぞ! うわぁ、お尻ペンペンはやめろぉ!」


 なんということだ! いくら肉体が8歳児とはいえ、この魔王ゾールがこのような辱めを受けるとは!


「魔王ごっこはもういいから! 今日という今日はお仕置きだよ!」


 ごっこではない。俺は、世界最強と誉れ高い魔王ゾール


 宿敵である勇者アリアとの死闘に敗れた俺は、来世での復讐を誓い、転生魔法を使った。


 ところが死闘の影響か正常に発動せず、俺の魂は過去へ遡って転生してしまった。


 それでこのザマだ。


「アリアめぇ、やめろぉ~……!」


 事もあろうに俺は、あの宿敵アリアの子供時代に、彼女の弟カインとして生まれてしまったのだ!


 アリアは11歳の子供にしてはやたらに強い腕力で俺を捕まえ、ズボンとパンツを引きずり降ろす。お尻ペンペンの構えだ。


「うぅう、くそぉ……」


 かつては魔族の大軍団を率い、大陸を震撼させた最強の魔王が、女児に剥かれて生尻をさらすことになるとは……! あまりに情けなくて涙が出てくる。


「わ、わ、カイン泣いてる? ごめん、怖かったよね。体罰はやっぱりダメだよね!」


「ひ、ひと思いにやれぇ……っ」


「やらないよぉ! しょうがないから、今日のおやつ抜きで許してあげる」


 そう言って俺を解放すると、近くの切り株に置いていたバスケットを取り上げる。


「おやつ抜き、だと……!?」


 あまりのことに絶句する。


 母の手料理を含め村で出される食事は並以下の味だが、その中でアリアの作るお菓子は格別。日々の最大にして唯一の快楽なのだ。


 それを人質に取るとは、なんと巧みな交渉術か! さすがは俺の宿敵となる女だ!


「嫌なら、ちゃんとごめんなさいして、もうひとりで森に行かないって約束して」


 だが屈するものか。


 俺はパンツとズボンを履きなおし、覚悟を決める。アリアを睨み上げる。


「むむぅ……そんな目で見ないでよぉ。わかったよう、ひ、ひとつ! おやつ、ひとつだけはあげるから!」


「…………」


「う~、しょうがない……! は、半分! 半分だけおやつ抜き!」


「やだ……。お姉ちゃんの、おやつ、すっごく楽しみにしてたのに……」


「んもぉ~、そんなに楽しみにしてたんならしょうがないなぁ! 半分の半分だけおやつ抜きで勘弁しちゃおう~!」


 ふっ、ちょろいな。この程度の演技にほだされるとは、やはり子供だ。


 俺は勝利の笑みを浮かべてアリアに頷く。するとアリアは俺の手を握る。


「じゃあ、おやつの前に手を洗いに行こっか」


 俺の手を引くアリアの様子は、俺を殺した勇者アリアとは似つかない。


 桃色がかったセミロングの金髪。くりっとした宝石のような紫色の瞳。整った口元。どれもこれも、成長すれば俺の知る勇者アリアになることは明白だが、まとっている雰囲気が違いすぎる。


 勇者アリアは、殺意の塊のような存在だった。冷たく美しい刀剣に例えられるほどに。


 だというのに、今、目の前にあるのはニコニコとした可愛らしい笑顔だ。


「はい、じゃあ脱ごうー!」


「な、な、な――アリア!?」


 なんで川に来ていきなり脱ぎ始めるんだ!?


「森で遊んで汚れちゃってるでしょ? せっかくだし、手だけじゃなくて体も一緒に洗っちゃお? ほら、カインも脱いで」


「や、や、や、そんな必要はない」


「ん~? お姉ちゃんに脱がして欲しいのかなぁ? 甘えん坊さんめ~♪」


 アリアは裸になって俺に飛びかかってきた。


「や、やめろぉ~、お前ごときの色気で籠絡できると思うなよぉ~!」


「こらぁ、大人しくしなさぁい! お姉ちゃんの言う事きくのー!」


 腕力で勝てるわけもなく、俺は裸にひん剥かれて好き放題にされてしまった……。


「汚された……」


「綺麗になったよ?」


 ……と、こんな感じで、今のアリアは世話好きで、料理が上手くて、人懐っこいだけの普通の美少女でしかない。


 無口で無愛想で無鉄砲な勇者アリアとは、まるで別人。


 それもそのはず。今の時期、アリアは勇者に覚醒していない。


 勇者に覚醒してからの過酷な日々が、彼女を冷たく美しい刀剣へと鍛え上げたのだ。


 そして、今日。アリアはその一歩を踏み出すことになる。


 おやつタイムで甘い焼き菓子を頬張っているときだ。


 ――どぉん!


 轟音と共に、村から黒煙が上がる。


 来た!


「えっ、村が!?」


 驚くアリアを無視して、俺は村へと走る。


 待ちに待ったぞ! いよいよアリアが勇者に覚醒するときが来た!


 俺の記憶が正しければ、この日、魔族の襲撃を受け、アリアの両親や弟を含む多くの村人が惨殺される。


 アリアは深い悲しみで潜在能力を開花させ、魔族を撃退するのだ。


 この事件を皮切りに、アリアは数々の不幸に見舞われる。そうして明るさを失っていき、冷たい殺意の塊へと鍛えられていく。


 やがてはこの俺――魔王ゾールをも討ち滅ぼすほどに。


 復讐するのは、その直後がいい。


 今の無力なアリアを倒しても意味はない。アリアが勇者として、最強の魔王を倒すほどに成長したときこそ、この俺が雪辱を果たすに相応しい。


 だからこそ俺はここで殺されて、勇者覚醒のきっかけにならねばならない。


 もちろんフリだ。死んだことにして行方をくらますだけでいい。


「カイン、来るな!」


 村に着くとすぐ父親が叫ぶ。村人たちと共に、魔族らを相手に防衛中だ。


 無視して悠然と進んでいく。気づいた魔族が、俺を喰らおうと大口を開けて迫る。


 ちょうどいい。こいつに殺されたことにしよう。


 死を偽装する魔法を準備しつつ、無防備に待つ。


 そのとき、まったく予想外に、なにかが俺を覆った。


 抱くように。守るように。


 そのなにかに魔族の牙が突き刺さり、鮮血が飛び散る。


 それは、より強く俺を抱きしめる。


「カイン……逃げて……」


「アリア……?」


 俺を庇ったのは、アリアだった。


 その体から力が抜けていく。


 余計なことを……。


 庇う必要など、ないというのに。


 だが……!


「き、さ、まぁああ!!」


 怒りで発動した魔力が、強烈な衝撃波となって魔族だけを吹き飛ばす。


「俺の獲物アリアに手を出すな!」




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