〈だんご宝船堂〉の非日常 2


 体育館の正面に据え付けられたスピーカーから、入学式の閉幕を知らせるアナウンスが流れると、会場内はいでいた海に嵐が訪れたようにざわつき始めた。

 入学式は滞りなく幕を閉じた。が、希春は式の途中、ずっと心ここにあらずといった様子で、先ほど正門にいた不機嫌そうな女子生徒のことを考えていた。

 あの子はなぜあんなに浮かない顔をしていたのだろう。単に緊張していた、で片づけられるような雰囲気ではなかった。

 他人の心配をしている場合ではないのは分かっている。高校生としての三年間、二度と返ってこない青春の日々をどのように過ごすか、誰と同じ時間を共有するのか、それを今日という日が決定づけるかもしれない。希春はすでに高校生活のスタートラインに立たされている。まもなく号砲が鳴るという時に、隣のレーンにいる他人の心配をしていては出遅れてしまう。

 ――もう考えてもしょうがないか……。

 パイプ椅子の軋む音が、少しずつ大きくなる。皺一つないネイビーの制服に身を包んだ新入生たちが、ざわざわと体育館の玄関へ向かって流れていき、通路に人の河が氾濫した。

 思考を停止させ、希春も体育館を出ようと人の流れに従っていると、保護者席の後方で制服の袖を優しく引っ張られる。顔を向けると、ピピッという音が鳴り、デジタルカメラのシャッターが切られる。

 希春は頬を紅潮こうちょうさせ、小声で撮影者に抗議する。

「お母さん! 恥ずかしいからやめてよ」

 母は悪戯っ子のように舌を出して、ニコニコしながら「ごめんごめん!」と形ばかりの謝罪をする。期待、希望、緊張、不安、プラスもマイナスも、すべてがどうでもよくなるくらい、屈託のない笑みだった。

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