瑠璃ヶ丘商店街の非日常

矢田水 灯也

〈だんご宝船堂〉の非日常 1


         *


 陽光の気配。本日の空模様と、各地の花の便りを伝えるニュースの声。

 まぶたを擦り、大きく鼻で息を吸って新鮮な空気を体全体に巡らせると、重たい身体を無理やりベッドから引きはがす。焼けたトーストとバターの香りが、電池の切れた目覚まし時計の代わりに朝の訪れを知らせている。

 織坂おりさかはるは慌てて部屋のカーテンを開け、朝の陽光を一身に浴びる。窓ガラスに映った彼女は、今日から高校生になるというのに、寝癖で右耳の後ろの一束がぴょんと跳ねており、緊張感がまるで感じられない。

「やばっ、もう最悪じゃん」

 そう呟くと希春はパジャマを脱ぎ捨てて、壁に掛けていたネイビーの制服に袖を通す。肩にかかる自慢のつややかな髪を手櫛できながら自室を飛び出し、リビングに駆け込むと、朝食の香りがより濃密になって鼻腔びこうへ流れ込んできた。

「ちょっとお母さん! なんで起こしてくれなかったの! 初日から遅刻なんてしたら笑えないんだけど」

 開口一番、母親に文句を垂れると、テーブルに用意されたトーストに母御手製のとびっきり甘い卵焼きを載せてかじりつく。希春は幼い頃から、母の卵焼きをトーストに載せて食べるのが大好きだ。

さりげなく自分の好きな食べ合わせが用意されていることに気づき、希春の中の母に対する怒りの炎がみるみる小さくなっていく。

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