第4話 にわかには信じがたい話
「訊きたいことはまだまだあるんだけど分かったよ。俺に救世主になれと言うんだろ?」
サキの眼を見て言っていることに偽りはないと受け取り、剣道の試合で見せるような表情をふっと緩め、彼女が望んでいることを俊也は当ててみた。
「そうです! 宝玉は俊也さんの素養に反応を示していたんです! あなたがまさに救世主様です。一緒にタナストラスへ来てくれませんか?」
俊也は頭に軽く手を当てて、考えるとも悩むとも言えない顔をしている。
「行く行かないはちょっと待ってくれ……。で、もしそこに行ったらだけど、世界を救うまで何年も俺は帰れないんじゃないのか?」
自分の潜在能力がタナストラスへ行けば、信じられないほど引き出され、強くなれるのではという大きな期待感と、その世界に何年も留まり救う決意がないと行けないだろうという葛藤が、俊也の心でせめぎあっている。剣の高みを求める彼にはかの地へ行くのは魅力的だが、相当な意志がいることも真面目な性格で分かっている。
「それは大丈夫ですよ。こちらの時間で長くて1日間あれば何とかなるんじゃないかなと」
あっけらかんと大雑把なことを言うサキに、俊也は目を丸くし、
「君は何言ってるんだ? やっぱり言ってることは嘘なのか!?」
彼女を信じかけていたのを翻そうかと思いなおした。
「いえいえ! ちょっと聞いてください! タナストラスの10年はこちらでの1日なんです。そして俊也さんは、私たちの世界から見ると異世界の方なので、タナストラスでは歳を取りません。精神的、肉体的など成長はしますけどね」
「……本当にそんな都合が良すぎることがあるのかい?」
言っていることが本当だとすると、齢を重ねずに10年分の異世界での経験を1日で積めることになる。
「絶対本当です! 科学は進んでませんが、タナストラスはこちらにはない魔法技術があって、それを使った換算で決まっているんです。信じて下さい!」
必死なのもあり、元気が良すぎる声でサキが俊也に頼み込んでいると、不意に下の階から、
「俊也ー! 元気のいい彼女だな! 一緒に降りてきなさい! 晩御飯にしよう!」
と、いつの間にか仕事から帰ってきていた父親が呼ぶ声が聞こえてきた。あれこれ腑に落ちず考えることも多いながら、俊也はサキを一階のダイニングルームに連れて、一緒に晩御飯を食べることにした。
「ほ~、これは可愛い娘さんだな。やったじゃないか俊也!」
俊也の父はサキの整った顔をじっくりと見て、俊也にニコッと笑いかけた。俊也の両親はとても気さくでこだわりがない性格をしていて、彼はこの両親が小さいころから大好きだった。
「えへへ、ありがとうございます。それにしてもすごいご馳走ですね~」
サキにはこの世界……日本の食べ物が珍しいらしく、しげしげとご馳走を眺めている。
「そんなに珍しいかい? その服を見るとクリスチャンだと思うんだが、赤い髪をしていても日本人に見えるし……」
彼女を息子が初めて連れて来たということでご馳走を用意したが、俊也の両親にはあまりにも珍しそうにそれらを眺めるこの美少女が不思議に映っている。
「いえいえ何でもないです。気にしないでください」
サキがそう取り繕うと、
「うん、とにかく食べようよ。いただきます」
と、俊也も何事もないように箸を取った。彼は突然できてしまった彼女と両親との団欒を、今は楽しむことにしたようだ。
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