第28話-愛する者達を護るために

ウィルはトラスダン王国に預言者がいる事を知っている。その上でゾエという名前を出してきた。

けれど、彼がこの二人を同一と考えているかは分からない。


僕はにこりと笑顔を顔に貼り付ける。


「僕の知るゾエは大衆向け恋愛小説家なのですが、僕はその作家の描く物語を愛してやみません。作者を愛していると言っても過言では無い程に。ウィルも気になるのでしたら貸して差し上げますよ?ゾエの本は増版されていませんからね。」 


するとウィルはふふっと上品に笑った。

「予言書を貸してくれるの?それは研究のしがいがありそうだね。」


……そうか、知ってるんだな。


僕は大きく息を吐くと、ふっと微笑む。

ならばもう隠してもしかたなが無い。


「やはり貸すのは無しで。研究といいますが、僕にとっては恋人のような愛読書ですから。」


「偉人には変人が多くいるそうだけど、君もそこに名を連ねるのだろうね。」


ウィルは楽しげに笑いながらそう言う。


「偉人と言う程の功績なんてありません。そういう事なら僕はただの変人という事になりますね。」

「ふふ。そうか。」

まったく。言いたい放題だ。

僕は“能力者に関する協定条約”と書かれた書類をの内容についてビッシリと書いてある羊皮紙に目を通し始める。


――――


・巫女あるいは預言者と呼ばれる能力者を本人の許可無く国外に連れ出してはならない。

・この者達の能力を口外してはならない。

・この者達の能力を政治的制裁に使用してはならない。

・自国で庇護する者に危険が及んだ場合、また危険だと判断された場合は、両国はそれぞれの能力者を保護する義務があり、出来る限り庇護者の手助けをしなければならない。


――――


大まかにはこんな事が書いてあった。

「うちはまだ庇護下にないのですが?」


庇護下に置くべきかも迷っているのに。

けれどこれなら万が一何かあれば、イングリスに保護して貰う事で一時凌ぎにはなる。


「それは追々で良いんじゃないかな。けれど急いだ方がいいよ。」

「……?どうしてですか?」

僕は書類から目を離して彼を見つめる。

「ゾエさんはサユよりも表に出ているからね。上手く姿は隠してるみたいだけど、出版元から所在地は特定されているから、貴族に担ぎ上げられるか隣国に攫われるか。国内外問わずゾエさんは狙われる。だから見つけたいなら僕の影を貸してあげるから早い方がいい。ゾエさんがキミの手から離れる事は避けたい。」


イングリスとトラスダンは過去には敵対国だった事は記憶に新しい事だ。いくら次代を担う者とはいえ、今回初めての訪問になるトラスダンの王子なんて警戒対象だろうに。彼が庭で刺客に襲われたのだって、僕が自演して近付いた……なんて事も考え得るはずだ。


……疑いはしないのだろうか。


「貴方はどうしてそこまで協力してくれるのですか?僕はそこまで信頼に足る人間では無いと思いますが?」

「あはは。言ったろ?サユが仲良くしなさいって言うんだよ。もちろん私もキミは好きだよ?」

「はぁ。」

「それに、こうして書面にしろと言ったのは君だろ?」

「先に準備してたでしょう?」

「君なら私を気遣ってくれるかなって。」

にこにこと楽しそうなウィルに、僕はどうにもペースを狂わせられて調子が悪い。


僕はその書面に名を書き記し、トラスダン国第三王子としての蝋印を署名の隣に刻んだ。

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