魔族の娘が英雄になるようです
Ms.スミス
魔王城編
第1話 宣戦布告
私は魔族だ。人間達に恐れられる、魔王様の忠実なる下僕。
そんな私は今、崩壊寸前の宮殿にいる。
─────
まだ魔王様が君臨なさっていた時の話をしよう。
魔王様の手により様々なものが破壊され、失われる人間たち。だが、魔王様に逆らう者が現れた。
彼は仲間を集め、魔王城にやってきた勇者達により魔王様は倒されてしまった。
それにより、人間達は失われた日々を取り戻しながらのうのうと生きている。
勇者は晴れて王に、その仲間たちは好きな事をし、何不自由なく自由に暮らしているのだった。
魔王様を失い、仲間を失った私たちが今どこにいるのか。
それは魔王城も廃墟と化した今、地下に小さな魔族の国を創り、ひっそりと暮らしているのだった。
魔法を使えるのが当たり前の世の中、恐怖の対象である魔族が見つかれば即座に殺されてしまう。
魔王様の死や仲間の死を悲しみ、人間を恨みながら私たち魔族は必死に今を生きている。
というわけである。
話は変わるが、私は以前、魔王様に仕えていた。幸いな事に、生まれが上位魔族であったこととシンプルに強かった事で、階席6位の座に着いていた。
階席とは、魔王に仕える者の中でも特に優秀な者が与えられる称号のようなもので、1位から8位まである。
私はその中の6位。けれどもう、今はこの階席なんてあるようでないようなものなのだろう。
「はぁ……」
寝巻きのまま、鏡の前で大きく溜息を零す私。
階席重視の世の中であったのに、もう不要な称号となってしまったのか。
恥ずかしながら、6位の席に着けていたので調子に乗っていた時期があったのだ。
そんな日々を思い出しながら、肩より少し下であり、天使の羽のような白い艶々の髪を梳かした。
魔族が住む地下の王国、通称『魔族国』には5つの階席支配領域が存在する。
階席1位が支配する領域や、階席2位が支配する領域があるように、私も支配領域を持っている。なので地下であるけれども、領主として少々立派な宮殿を使わせてもらっているのだ。
本音を言うと、あまりこの暮らしに文句は無い。使用人もいるし、領民達も居る。本当に贅沢すぎるくらいだ。
今日も今日とて会議と書類処理だけかなあと、穏やかな気持ちで普段着に着替えていると、何やら変な地響きがした。
ここは地下であるゆえ、崩壊するとなればおしまいである。
不吉な予感は止まらない、悪い予想を何パターンも想像してしまう。
「──様!! フォティノース様!!」
今、力強く扉を開けたのは私のメイド。名をイウースリと言う。真っ黒な髪と真っ黒な瞳に似合う名前だと思う。私の1番のお気に入りであり、側近だ。
ところで、そんなに慌てて走って来たらしいが、どうしたのだろう?
「何かあった? もしかして会議遅刻?」
「違いますフォティノース様……人間が、人間達が……!」
ゾッとした。悪い予感が当たってしまったのだ。
私は大きく目を見開き、驚きのあまり手に持っていたくしを落としてしまった。だが今はそれどころでは無い。
「イウースリ、領民達をこの宮殿へ避難させて。私は1回外の様子を見てくるから!」
「はい!!」
こんな状況だが、寝巻きじゃなくて良かったと思う。
私はベランダに出た。ある程度そこから様子を把握できるからだ。
「あの光は…!!」
私たちが住んでいるのは地下なわけだから、光なんて届かないはずである。
だが今、私達魔族が見えているのは神々しい光、太陽のような眩しい光だった。
あれは人間による魔法である。魔族を浄化せんとする魔法である。
私たちの国は、人間が誰も住まないような場所の下にあるのに、どうしてここが分かったのだろうか。
このままだと皆一斉に殺されるてしまう!
幸いな事にまだ猶予はある。あの魔法は発動までに3分程掛かるのだ。その間に逃げることが出来る者だけでもと、私はベランダから叫び、宮殿へ入るよう促した。それしか方法は見つからなかった。
「フォティノース、聞こえる? 私よ。イスキオスです。」
「イスキオス! 大丈夫?!」
私の頭の中に声を送ったのは、階席2位のイスキオス。私よりもずっと強く聡明な女性だ。
「フォティノース、よく聞いて。私達は人間界に出ます。他の階席領主もそう言ったわ」
「そんな……! 人間世界には私たちを滅ぼそうとしている人がわんさかいるんだよ。あまりにも危険すぎる!」
「大丈夫。私たちは魔族です。たとえ地上に人間がいたとしても、私たちが負ける訳ない」
そんなやり取りをした後、ゲートが開かれる気配がした。
この国では、人間世界にある魔王城に通じるゲートが設置されている。ゲートの場所は各領主の宮殿内である。
そして開かれたのは自分以外の各々の領域。きっともう転送を開始しているのだろう。まだ判断を下していないのは私だけである。
「……どうしよう」
人間世界に出れば、居場所は無い。
見つかればすぐ殺される。私なんかに、今の領民達を守る力は無いかもしれない。
だがもう方法はひとつしかない。ここに居れば全員もれなく天界行きである。
私はゲートのある大広間へ向かった。
「皆さん、今から人間界へ通じるゲートを開けます。ですが決して、転送先から動かないで!」
私が民達にそう告げる。
家族で居る人もいれば、恋人と居る人もいる。共に過ごす人が違うだけで、不安なのはみんな一緒である。
そんなのは良いとして、私はゲートに魔力を込める。
2、3人が同時に入れるような大きなゲートには、それなりの魔力が必要である。
そうして幾秒か魔力を全力で注いだ後、ゲートは白く輝いた。
人間界へ通じた証拠だ。
「さあ、みんなこちらへ! ここから先は我らが魔王城です! そこなら身を隠せます!」
殺されたくない、ここで死ぬもんかと領民達は急いでゲートへ。勿論私は1番最後、民達を見送ってからだ。
「皆様、お急ぎください!」
イウースリも私と同じく、残ってくれるようだった。だがもうじき、魔法は発動されるだろう。
「イウースリ、あなたも行きなさい。まだ死にたくないでしょう」
「ですがフォティノース様のお傍から離れる訳には…!」
「イウースリ。あなたは先に行って、民達をまとめなさい。私は全員入った後。このペースなら、きっと間に合うから、安心して」
「フォティノース様……はい。魔王城にて、お待ちしております!」
イウースリはゲートに入った。遺言だとしたらこれくらいが丁度いいだろう。思い残すのならば、お礼の言葉を言えてない事。
そんな事考えてる場合じゃない。地は揺れ続けている。それもますます激しくなっていく。領民の家は崩壊しており、火災だって起こっているのが分かる。
そして数分後、崩壊寸前の宮殿は今さっき、最後の1人を送り届けた。
「ふぅ、よし」
私はゲートへ飛び込む。その前に、やるべきことがある。
「絶対に、許さない」
私は密かに宣戦布告をした。その声は爆発音でかき消されてしまったけれども。
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