第5話 シズ×シズのそれぞれの1日 1
今日の朝ご飯は静流が作ることに決まっていた。
静流はこの家のどこになにがあるかを確認するためもあってキッチンに立つ。朝ご飯なので大したものは作らないつもりだ。
ご飯は炊けてるし、野菜室には野菜もそれなりにある。ワカメとキノコの汁物を作り、上に刻んだ長ネギを浮かべられるように小皿に用意する。メインは何にするか考えて、チーズ入りの卵焼きに決めた。といっても溶いた卵にとろけるチーズを入れ、3人分をフライパンで1度に焼いてしまうだけだ。
雫は6時に起きてきてわすれな草に水をやり、洗濯機を回す。澪は6時半に起きてきた。3人揃って朝ご飯を食べて、澪と雫を見送って、洗い物を済ませ、洗濯物を干し、さあ今日は何をしようかという感じになる。こんなにも長いお休みは社会人になったらないことくらい静流にも分かっている。是非とも有効に使いたい。
荷物が入った段ボールから少しだけ荷物を取り出し、衣装ケースの中に片付ける。まだ叔父の衣服が押し入れに入ったままだ。だいぶ整理したと言うが、まだ着られるものも多い。澪が着てくれると嬉しいと言っていたので静流は甘えることにする。部屋着から着替え、上は春らしい白系のシャツを着て、下はデニムパンツを履く。アウターは重ね着して気温の変化に対応できるようにした。
スマホに雫からの連絡が入っていることに気づき、携帯ゲーム機を充電しておいてあげる。昨日の友達たちとキラモンをやるのだという。年相応でいいことだと思う。
コーヒーを保温ボトルに直接落とし、食パンをトーストしてジャムを挟んだものをラップしてお出かけの準備は完了だ。
さて、どこに行こうかな、と考えて、まずはクロスバイクでぶらぶらして、最後に図書館に寄って図書カードを作って本を借りることにした。
外に出て庭に戻り、クロスバイクのタイヤの空気を確認すると気圧が足りなさそうだった。後で自転車屋に行って空気を入れた方が良さそうだ。とはいえ今日、出かけることに変わりはない。Dバッグを背負って静流は出発する。
ハンドルバーのスマホホルダーにDSPラジオを取り付けてある。この辺のコミュニティFM局が入るので馴染みがない番組が聞けて、音楽の選曲もDJも楽しい。
途中、小学校の看板を見つけ、ふと、静流は雫が通う小学校を見ようと思い立ち、看板の矢印が指す方に角を曲がった。
雫が通う小学校は中学校と隣接しており、マンションから徒歩5分くらいのところにあった。近くにスーパーはあるし、駅から歩いて13分だし、大瀧家のマンションはなかなかの好立地にある。
小学校の正門前にくると門扉は堅く閉められていた。昨今、防犯対策の徹底がされているから当然のことだろう。小中ともに校舎は古く、おそらく昭和中頃ではないかと思われたが、この辺りはまだマンションの建設が進められているので、合併の対象などにはならないだろうと思われた。子どもたちの声が正門まで届いている。休み時間なのだろう。雫も小学生らしい生活をしているんだろうな、と思うとほっこりした。
少しだけ校舎と体育館を眺めた後、静流は堤防の方に向けてクロスバイクを走らせた。
おはよう、と言って雫が教室に入るとさくらと美月が雫の席で待ち構えていた。さくらはいつもならまだ来ていないような早い時間だった。
「どうしたの2人とも」
「いや、他の子たちには内緒なんだろうなと思ってさ。早く来て待ち構えた」
さくらは意味深な言い方をする。
「静流のこと?」
「他に何があるっていうんでしょう。さあ、吐きなさい」
美月がうっすらと笑みを浮かべながら雫の背後に回り込み、両肩を掴んで座らせた。
「え~ メッセージ入れた以上は何もないよ」
昨夜、3人のグループに、一緒に干物を焼いた話を入れておいた。
「何かされなかっただろうね」
さくらの問いに雫は頷く。
「なにもされてない」
したのは自分の方だろう。美月が首を傾げて言う。
「むしろママさんの方が危なくない?」
「雫のママ、美人だから」
そんなことを一切考えたこともなかった雫は激しく動揺する。
「だってウチのお母さん、当たり前だけど、もうおばさんだよ」
「世の中には美魔女という言葉があってね」
「雫のママさんだったらぜんぜんイケちゃうと思うよ」
「静流に限ってそんなことはない。朝も何もなかったし」
そうだ。何もなかったのだ。自分が一緒に寝ていたのだから間違いない。
「大人はなにもなかったようにするじゃない。気をつけてあげてね」
美月は大真面目に言う。
「うん」
雫としてはそんな間違いが起こらないことを祈るほかない。登校してきた児童が多くなり、この話題は打ち切られた。その代わりに、放課後に公園に集まってキラモンをやろうという話になり、大いに雫は賛成した。携帯ゲーム機はまだ借りていないので、授業が始まる前に静流に充電の依頼もしておく。
仲のいい2人とキラモンができることを喜ぶ。また、静流が他にどんなゲームを持っているのか、楽しみが1つ増えた雫だった。
今日は全国テストの返却だった。返却後、先生が問題と解答を説明してくれる。男子はうなったり騒いだりしている。授業中は落ち着かないことが多い。男子はまだ低学年と変わらないような子がいて、うんざりだ。しかも静流のような落ち着いて常にリードしてくれる男の子がすぐ側にいたら、同学年の男子など目に入るはずがない。雫はテストの内容を確認しながら、早く家に帰りたいと考えてしまっていた。
江戸川の堤防の上に出ると風が強かった。
川の向こうは東京だ。上京だと周りには言って館山を後にしたが、正確にはここはまだ千葉県である。真正面にスカイツリーが見えた。かなり大きく見えるので自転車で行けるだろうと見当をつけた。どうせ自転車で大学に通うつもりなのだ。スカイツリーがある押上は大学より随分と手前だからそのうち行ってみようと思う。
しかし今日は近隣を走るにとどめておく。堤防の上を走って東京湾まで出て、国道を南下して船橋を経由して市川に戻ってくる。その間に大きなショッピングモールが幾つもあり、さすがは東京に近いという感想を覚える。
そして図書館へ向かう。ショッピングモールに隣接して図書館と博物館があるのには驚いたが、当初の目的を果たすべく、図書カードを作った。住民票は館山に置いたままなので時間が掛かったが、入学許可証の住所とマイナンバーカードでなんとかなった。
本を選んでいる間に気がつくと11時になっていた。本を借り、マンションに戻る前に、軽食をとる場所を探す。幸い、ショッピングモール内に小さな公園を見つけ、3分咲きの桜を眺めながら持ってきた食パンとコーヒーでお腹を少し満たす。
「いい天気だな」
空はそれほど青くないが、雲は少なく、晴れ渡っている。空の色がぜんぜん違うのは、車の排気ガスなどの大気汚染のせいかなと見当をつける。それほど色が館山とは違う。海に至っては同じ東京湾とは思えないほどだった。
「これが東京か」
ここは東京ではないのにそう言ってしまい、自分は田舎者だなと笑った。
静流は再びクロスバイクに乗り、マンションに戻った。
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