荒俣堂二郎の冒険――オッド・アイ外伝――

@AKIRA54

第1章 荒俣堂二郎の冒険 壱 荒俣堂二郎、始動す

「何なに?『犯罪研究家、私立探偵 荒俣堂二郎(あらまた・どうじろう)』?」

と、差し出された名刺を、受け取らず、読み上げながら、胡散臭い視線を青年に向けているのは、雨で仕事にあぶれた、日雇い労働者と思われる、中年の男だった。

「探偵さんか……?イッテェ、探偵さんが雨の中、日雇い労働者に何の用があるんだ?金はねえが、悪事に加担するようなケチ臭せぇ真似はしていねぇぜ!」

白いというより、ベージュ色近くに変色した下着のシャツの上の、毛糸の腹巻きに両手を突っ込んだまま、男が言った。

「金田金八(かねだきんぱち)さんですね?」

と、探偵が確認するように言った。

「ああ、金の無い、『金』だらけの名前を親父がつけたんだ……」

と、右手を腹巻きから出して、無精髭の目立つ顎を撫でながら、自虐的に男は言った。

「橘弥生(たちばなやよい)さんをご存じですか?」

と、探偵は、事務的に尋ねる。

「おや、また、懐かしい名前を訊かされたもんだ!ああ、知っているよ!尻のホクロの位置も、な!元の女房だ!十年前に別れたけど、な……」

と、黄ばんだ犬歯を見せながら、いやらしい笑みを浮かべた。

「残念ながら……、いや、幸いにも、かもしれませんが、離婚は成立していません。あなたと弥生さんは、現在も夫婦です。そして、ひとり娘の、瞳(ひとみ)さんの父親ですよ……!」

「イッテェ、何の用で、こんな格好をして、こんな立派なホテルに来なくちゃあならねぇんだ?探偵さんよ!そろそろ、種あかしをしてくれねぇか?」

金八は、シワだらけではあるが、チェック柄のジャケットと、グレーのスラックス姿だ。ネクタイはしていないが、ヒゲは剃っているから、普段の日雇いよりは、まともな商売人のように見える。

日当だ、といって渡された封筒には、日当どころか、一ヶ月分の賃金より多くの紙幣が入っていたから、断る、という選択は、彼にはなかったのだ。

金八と探偵がいるのは、地元の有名なホテルのラウンジだ。金八の衣装は、ギリギリセーフだったようで、胡散臭い?視線は浴びたが、予約席の名前を探偵が告げると、態度が変わった。

ウェイターが、ホットコーヒーのカップとソーサー、ミルクのピッチャーをテーブルに並べ終えるまで、金八は緊張のあまり、一言も喋れなかった。やっと、緊張を解いて、探偵に言葉をかけたのだった。

「まあ、お相手の方が、お見えになれば、わかりますよ!事前に情報を入れると、先入観が発生して、あなたの本心が隠れてしまうかもしれませんのでね!」

「俺の本心だと……?弥生との仲なら、とっくに切れてるぜ!離婚届に判子を押したからな……!」

金八が凄むように言った、が、探偵は無視して、コーヒーをブラックのまま、口に運んだ。

「ケッ!また、ダンマリかよ……!」

金八は諦めたように、コーヒーカップに、大量の砂糖とミルクを入れて、一気に──熱いまま──ほぼ飲みほした。

「お相手の方が、お見えになりましたよ!」

コーヒーカップをテーブルに戻して、探偵が、金八に声をかけた。金八は空になりかけた、コーヒーカップを手にしたまま、その視線の先に身体をひねった。

「マサオさん、いや、探偵の時は、堂二郎さん、でしたわね?お待たせしたようね……」

ウェイターに案内されて、ラウンジに現れたのは、高級な着物姿の老女だった。そして、もうひとり、こちらは、黒の女性用のスーツと、細身のタイトスカート。白いブラウスも、どこか、会社勤め、しかも、秘書室勤務のような、ショートカットの髪型の若い女性だった。

「いえ、時間どおりですよ。あっ、お飲み物を……」

と、席から立ち上がった探偵が、ウェイターを征して言った。

「ああ、わたしは、コーヒーで……。靖子(やすこ)さんは……?」

「わたしも同じで……」

と、老女と娘がウェイターに伝え、探偵がエスコートして、それぞれの椅子に腰をおろした。

「大森さん、こちらが、金田金八さんです。靖子さんがお探しの方だ、と思いますが……」

と、コーヒーが運ばれて、ウェイターが離れていったタイミングで、探偵が女性ふたりに金八を紹介した。

「ど、どうも……、はじめまして……」

と、緊張気味の金八が、まず、会釈をした。ふたりの女性は、会釈を返さず、金八を値踏みするのかように、じろじろと視線を向ける。

「堂二郎さん、本当にあなたは名探偵ね!こんなに早く、見つけるなんて、信じられないわ!」

と、老女が言う。

「本当ですわ!わずか、三日……。いえいえ、時間の合計なら、丸二日よね。名前と年齢と、十年以上前の、スナップ写真だけで……。しかも、体型がすっかり変わっているのに……。警察でも、三日では……、無理ですわ!」

「あのう……、俺、い、いや、わたしを探していたんですか?何のために?」

「ごめんなさいね。もう少し、お手間を、お掛けしますよ!金八さん、申し訳ないけど、右足の靴を脱いで、ついでに、靴下も脱いでくれるかしら?あなたが、我々の探している人物か、どうかを確認したいの!確認できないと、お話しできないことなのよ……」

と、老女が、バッグから老眼鏡のケースを取り出しながら言った。

「こ、ここで、ですか……?」

「ええ、裸足になるだけ、裸じゃないから、いいでしょう?」

「ええ……、それはいいんですが……、足が……、臭いもので……。探偵さんよ!言ってくれたら、足を洗ってきたのに、よう……」

「大丈夫、すぐ済みます!」

と、探偵が事務的な口調で言った。

金八は、踵の擦りへった、黒い革靴を脱ぎ、黒い靴下を素早く、脱いだ。

「堂二郎さん、踝の上のふくらはぎを観て!アキレス腱の横辺りの内側よ!どう?傷痕がある?」

と、老女が探偵に言った。

探偵は、金八の足元にしゃがんで、足音を両手で持ち上げて、ふくらはぎの内側を見つめた。

「な、なんだ?この傷痕を見てぇのか?」

と、金八が取り乱したような声を出した。

「確かに、傷痕があります。古い傷痕で、盛り上がって、梅の花のような形に見えますね」

と、探偵が、視線を老女に移しながら言った。

「どれどれ?」

と、老女は席を立ち、金八のふくらはぎに視線を向けた。若い女性も、傷痕を確かめる。

「間違いなさそうね?瞳さんの言ってたとおりの『梅の花のような』傷痕……」


「今度は何処へ行くんだ?いい加減に、俺を連れ回す理由を教えてくれねぇか?」

と、金八が言った。

黒塗りの高級車の中だ。運転手のほかには、助手席に探偵。後部座席に、金八と、先ほどの若い秘書のような女性が座っている。大森と呼ばれた老女は、いない。

「政雄さん、ご苦労だけど、わたしの代わりをお願いね。わたしは、ここで失礼するわ」

と、老女は笑顔を浮かべて、ホテルをあとにした。

ホテルのラウンジから、ホテルの一室に案内され、浴室で、身体を洗うように言われた。金八がタオルを腰に巻いて出てくると、ベッドの上に、下着、靴下から、ワイシャツ、ネクタイ、ダークスーツ一式が用意されていた。

探偵に急かされて、訳もわからず与えられた、衣装に着替えて、ホテルの表に待っていた、高級車に乗り込んだのだ。

「ここから先は、僕も知らされていません!金八さん、決して、犯罪とか、悪巧みではありません。先ほど、お目にかかった老婦人は、大森清子(おおもり・きよこ)さん、と、おっしゃいまして、お金持ちの未亡人です。親戚筋には、政財界の有名人がいるような家系に、お生まれの方です。僕はある事件で、大森さんと関わりを持ちまして、その縁で、今回の調査を頼まれました。依頼は、金田金八という、橘弥生さんの夫を探し出すことです。ですから、調査は完了したのですが、引き続き、今度は、あなたのお隣にいる、望月靖子(もちづき・やすこ)さんに、あなたのボディーガードを依頼されました」

「ボディーガード?そんなものがいるほど、危険な場所に行くのか?」

「ボディーガードというより、立ち会い人でしょうか?あなたが不安にならないように、全く、利害関係のない人間が、いたほうが良いと、大森さんが考えたのでしょうね……」

車の外は、日が暮れて、暗闇に包まれている。雨は上がったが、月明かりはなく、車は郊外を走っているので、金八はもう何処を走っているのか、わからなくなっていた。

坂道を登って、小高い、山か半島の中腹。白い洋風の建物の玄関口で車は停まる。ホテルか別荘か?と思ったが、よく見ると、二階建ての病院だった。

高級車が走り去った玄関先で、金八に靖子と呼ばれた女性が話しかける。

「ここに、金八さん、あなたをお待ちの人物がおいでます。お話しは、その方にお会いしてからになります……」

「お父さん?ずいぶん、痩せたわね……」

靖子が受付に声をかけると、数分して高校生くらいの、セミロングの髪を無造作に束ねた少女が、ロビーに現れて、金八に声をかけたのだ。

「瞳(ひとみ)なのか?大きくなったな……?」

「瞳さん、あなたのお父さんの金田金八さんで間違いない?ふくらはぎの『梅の花のような傷痕』は、ありましたけど……、お顔は、写真のふっくらした面影はなくなっていますわ……」

と、靖子が少女に言った。

「そう、傷痕があったなら、間違いないわ。十年会ってないし、食生活も変化しただろうからね」

「では、部屋のほうに、ご案内しますか?」

「そうね、ここよりは、マシね……」

そう言うと、少女はクルリと背中を向けた。

「では、参りましょう!二階のお部屋ですわ……」

と、靖子が金八に言った。

夜の病院だから、外来患者はいない。何科の医院かわからないが、それほど大きな建物ではない。二階建てのようだ。エレベーターは、患者用の大きなものがあるが、少女は階段を登って行った。

二階には、職員、看護婦(=当時の名称)が数人いる、二階部分の受付の部屋──ナース・ステーション──がある。少女がそこにいる、看護婦に声をかけた。看護婦は頷いて、鍵を手にして、部屋を出、廊下の先にある扉の鍵を回した。

「入院病棟に入るのに、鍵がいるのかい?ひょっとして、ここは、キチ……?」

「静かに!私語は禁止です!この廊下では、特に……」

金八が探偵に話しかけたのを、看護婦が静止したのだ。

看護婦が廊下右手のドアの鍵をガチャリと、ひねる。静かにドアを押して、一度部屋を見回す。

「さあ、どうぞ!」

と、ドアノブを握ったまま、後ろの四人を招いた。

「お父さんよ!聞こえないでしょうけど……」

部屋は病室としては、かなり広い。普通の六人収容の大部屋の倍はありそうだ。それでいて、個室なのだ。その壁際のカーテンの横にベッドがある。そのベッドとドアの間には、テーブルと椅子。トイレに簡易のキッチンも備わっている。病室というより、アパートの一室のようだった。消毒薬の匂いと、患者に装着されている、人工呼吸器を除けば、だが……。

「弥生なのか……?」

と、言いながら、金八がベッドに近づく。ベッドには、透明のプラスチックでマスクのように鼻、口を包まれた、中年の女性が眠っている。身体は薄い掛け布団に包まれていて、どんな状態──怪我なのか、病気なのか──は見ただけでは、わからない。

「お父さん、聞こえないよ!説明するから、ここに座って!」

と、瞳が金八を引き留め、部屋の中央のテーブルに導く。看護婦が、

「何かあれば、ナースコールを押してください」

と、言って部屋をあとにした。

「お父さん、お母さんは、事故に合って、気を失ったままなの……」


「ここは、キチ、いや、精神病院ではないのか?」

と、金八が尋ねた。

「元は、そうだったみたいね……」

と、瞳が答えた。

「元?今は、違うのか?」

「今でも、精神科はありますよ!でも、最近は、死期が間近い患者さんを受け入れているのです。おかげで、『涅槃(ねはん)病院』と呼ばれているわ。音阪(おとさか)病院なんだけど、音(ね)阪(はん)と読めるから……」

と、靖子が言った。

「じゃあ、弥生も死期が近いのか?」

「さあ、よくわからないわ。事故で身体を打ったけど、骨折はしてなかったの。打ち身の痣、内出血はあったけど、命に別状はない、はずだった……。でも、頭を打ったのか、意識が戻らないの。救急病院だったから、転院することになったけど、受け入れてくれる病院が見つからず、伯母さんの紹介で、この病院に入院したのよ……」

「意識が戻らない?どんな事故だったんだ?交通事故か?」

「強風に巻き込まれて、身体が飛ばされて、壁に激突したのよ!突風、つむじ風だったようね」

「自然災害か……?で、医者は何と言っているんだ?意識を取り戻す治療はしているのか?治る見込みはあるのか……?」

金八の質問に、瞳は無言で首を振った。

「それで、俺を探して、ここへ連れてきたのは、弥生の最後を看取らすためだったのか?」

「それより、重大なことがあるのよ!会社の経営に関してね……」

「会社の経営?義父(おとう)さんは、どうしたんだ?」

「まあ、それも知らないの?新聞にも、大きく載ったのよ……」

「新聞なんて、もう何年も読んでいないさ!テレビもない、ラジオはあるが、ニュースなどは聞かないからな……」

金八は、自虐的に声を落としながら、語った。

「ちょうど、いいタイミングですので、金八さんにも、荒俣さんにも、橘家の状況をお話しなさっては、いかがですか?」

と、靖子が瞳に向かって言った。

「そうね、大森の大伯母さんに推薦された探偵さんだったわね?父をこんなに早く、見つけてくれた、手腕を認めるわ。じゃあ、靖子さん、あなたから、事情を話してあげて。わたしには、身内の確執は話したくないし、偏見や、好みもついてきそうだから……」

「橘豪三郎は、ご存じですか?」

と、靖子が探偵に視線を向けて、まず、尋ねた。

「はあ、お名前と、一昨年、お亡くなりになったことと、奥さまが、大森清子さんの従妹ということは、訊いております」

政雄(=荒俣堂二郎)は、清子から、今回の調査依頼を受けた際に、清子の母方の従妹の家庭問題だと教えてくれた。

「従妹といっても、母親同士が双子の姉妹。わたしと生まれた歳も月も一緒。半月違いの双子みたいなものよ!」

と、清子は笑って言ったのだ。

橘豪三郎についても、清子から、少しだけ情報をもらっている。豪三郎の父は、豪農の家庭に生まれ、所有する山林を開発し、林業で富を築いた。豪三郎は、兄が早世したため、父の事業を引き継ぎ、林業から、製材、建築資材、建築業から、土木、港湾工事と、手を広げて行き、今では、その筋の代表格の企業になっていた。

屋号は『タチバナ組』である。その頭が亡くなった。一人娘の弥生が、それを継承したのだ。

「わたしも子供は、一人娘だけど、従妹も同じ。ただ、違っているのは、夫に、お妾さんがいたことよ!それも三人……!」

清子の話しによると、その妾の家族が、今回の調査依頼に大きく関わっているはずだ、ということだった。

靖子の説明が続けられる。

現在の会社の経営陣は、弥生が、代表取締役だ。先代からの、大番頭というべき、望月五郎八──靖子の祖父──が、片腕として、会社を切り盛りしている。あとは、名ばかりの親族──これが三人の妾の家族らしい──が、子会社の責任者になっているのだ。つまり、会社は親族による経営陣で回っているのである。

その、代表取締役の弥生が意識不明の重症。会社は、五郎八がいるから、事業は心配ない。ただ、後継者選びに、問題が発生したのだ。

弥生は、金八と恋をして、周囲の反対を押しきって、金八を橘家に婿養子として、籍を入れた。しばらく、子宝に恵まれなかったが、十年後に娘が誕生する。それが瞳だ。

「俺は、孤児だったんだよ!豪三郎さんの奥方に拾われて、五郎八夫婦に育てられた。会社では、秘書として働いて、大学にも入れてもらった……」

と、靖子の説明を補足するように金八が言った。

金田金八という名は、その孤児の肌守りの中に母親のメモのような文書で書かれてあったのだ。

孤児あがりが、婿養子になり、娘とはいえ、後継者の父になった。周り──特に豪三郎の妾の家族──の妬み、嫉妬、いや、それ以上の呪詛を金八は日に日に感じるようになった。

娘の瞳が小学校にあがる頃、金八は、精神的なストレスに耐えきれず、失踪した。離婚届に判子を押し、『探さないでくれ』と、書いた置き手紙を添えて……。

「後継者は、瞳さまと決まっております!女であろうと、豪三郎さまの直系のお孫さまですから……。ただ、まだ、未成年。あと、五年、待たねばなりません。その間が問題なのです……。先ほど、お話ししました、三人のお妾さんの家族が……」

「三人のお妾さんに、豪三郎さんのお子さんが、おいでになるのですね?」

と、政雄は確認の意味を込めて尋ねた。

「はい、それぞれに、お一人づつ……、全て、女のお子さまです。ただ、全てのお妾さんは、豪三郎さまと縁を切り、それぞれ、新たな夫と正式に籍を入れております。そして、それぞれに、お一人づつ、男のお子さまが、生まれました……」

「しかし、豪三郎さんと縁が切れているなら、何も問題はないのではありませんか?」

「その新たな夫というのが、皆さん、会社の重要ポストの方なのです。しかも、男の子が生まれたのが、結婚して、半年ほどのこと。妾の三人は、男の子は豪三郎の種だと、主張しております……」

「フン!怪しい、というより、出鱈目よ!誰もおじいさまには似ていないわ!全て、新しい、父親似よ!」

と、瞳が口を挟んだ。

「その三人の男性が、跡取りの候補になっているのですか?」

「そうよ!おじいさまの『直系男子』だと言い張ってね……!」

「それで、俺のことはどうなっているんだ?」

と、金八が尋ねた。

「つまり、離婚が成立していない、金八さんは、弥生さんの相続人。瞳さんの後見人にもなれる……ってことですね?」

「そう。さすがは、清子大伯母さまが推薦した名探偵さんだわ……」


「それで、マサさん、今どこにいるの?」

と、自宅の黒電話の受話器を通じて、オトが尋ねた。

「今は、オトサカ病院という、元精神病院にいる。家族が交代で病室のひとつを借りて、泊まり込むそうだ。いつ、危篤状態になるかも知れないからね。今日は、お妾さんの息子のひとりで、恭一郎というのが泊まるそうだ。あとの家族、三人の妾とその息子、秘書の靖子は、近くに橘家の別荘があって、そこに泊まっている。僕と金八さんもこれから、そちらに移動するよ。瞳さんは学校があるから、週末までは、自宅に帰っている」

「ねえ、三人のお妾さん同士は仲がいいの?共同戦線を張っているのかしら?」

「まさか!自分の息子を後継者にしたくて、足の引っ張り合いだそうだよ……。あっ!恭一郎って息子が来たから、僕らは、別荘へ行く。スターシャとサファイアのおかげで、金八さんを見つけられたから、そのお礼の電話だったのに、長くなったね……」

「あら、未来の花嫁の声が聴きたかったんじゃあなかったの?」

「うん、そうだよ!」

「あのね!残念なお知らせだけど、スターシャが見た、未来の映像は、わたしとマサさんの赤ちゃんじゃあなかったのよ。わたしの同級生の赤ちゃんを、ダッコさせてもらった横に、マサさんがいたんだって。スターシャは映像しか浮かばなかったから、てっきり、わたしたちの赤ちゃんだと思ったのよ!その後、続きの映像が浮かんで、赤ちゃんを同級生に渡すところが見えたんですって……」

オトの言葉に、電話の向こうは、絶句していた。

「でも、わたしの気持ちは変わらないよ!ア・イ・シ・テ・ル……。じゃあ、気をつけてね!堂二郎さん……!」

「荒俣さん、お疲れのところ申し訳ないですが、少しお時間をいただけますか?」

と、望月靖子が声をかけてきた。

橘家の別荘は、音阪病院から、車で十五分ほどの、同じ半島の反対側の海を見下ろす場所にあった。病院から車で送られ、その車は、瞳を乗せて、市内に向かった。

政雄は、金八と靖子と共に、家政婦の作った簡単な晩御飯を食べ、広い浴場の湯に浸かって、浴衣姿でロビーに帰ってきたところだった。

靖子も湯上がりのようだ。浴衣ではなく、スポーツ用の白いジャージの上下姿だ。テニスウェアのブランドマークが豊かな胸の上に刺繍されている。化粧っ気(け)がなくなったのに、女性の魅力は倍増した感じだ。歳も政雄より、かなり上だ、と思っていたのだが、あまり変わらない、三つほどか、と思う。

承諾の意思を示した政雄は、ゲーム室と思われる部屋に案内された。部屋には、麻雀台、ビリヤード台、壁にダーツの的がかけられている。

部屋には、カウンターバーがあり、棚には洋酒が並べられている。カウンターの側にある小さなテーブルに、ふたりは向かい合って、椅子に腰をおろした。

「何か、お飲みになりますか?」

と、ガラス棚の洋酒に視線を向けて、靖子が尋ねた。

「いえ、お酒は……、未成年なもので……」

「ええっ!未成年?探偵さんなのに……?」

「探偵といっても、営業しているわけではないのです。本業は……というのもおかしいですが、大学生です。二回生。まだ、十九歳です。同級生には、入学時から、飲酒、喫煙をしている者もいますが、父が警察官なので、いずれも、二十歳(はたち)過ぎてから、と決めているんです」

「まあ、警察官の息子さん……。それで、犯罪研究をされているのね?お父さまは、刑事さんなの?」

「ええ、県警の刑事課の警部です。でも、僕の探偵業は父とは、まったく関係ありません!実は、ご近所で、盗難事件があって、それが、ルビー専門の盗賊の犯行だったんです。従妹が、大森清子さんと顔見知りで、大森さんが盗まれたルビーを探すために、探偵を装ったんです。結局、犯人はわからなかったのですが、盗難があったルビーは、まあ、偶然僕が見つけて、被害者の手に戻ったんです。それで、大森さんから、名探偵、なんて言われて……」

「でも、金八さんを見つけた手腕からも、名探偵に違いないわ!才能があるのね。それでは、ジンジャーエールを入れてくるわ!」

と、言って、靖子はカウンターの中の冷蔵庫から、ジンジャーエールの緑色の小瓶を取り出し、グラスに注ぐと、政雄の前のテーブルにトレイを敷いて並べた。

「なんだか、気が抜けちゃったなぁ。堂二郎さん、絶対年上。少なくても、同年代、と思っていたのに、四つも年下なのね?それに、さっきは、病院から彼女に電話していたし、わたしの理想に近い男性が現れた、と思って喜んでいたのに……」

「えっ?さっきの電話は、従妹ですよ!大森さんからの依頼は、その従妹経由だったもので、経過報告です」

「ごまかしても、ダメよ!確かに、従妹さんで、報告だったとは思うわ。でも、従妹で恋人よね?話しかたで、わかるもの……。それと、スターシャ?サファイアって誰?クラブかバーの女性?未成年のくせに、そんなところに出入りして、情報を集めているの?」

「ええっ!電話の内容まで、聴いていたんですか?スターシャとサファイアは、まあ、女友達の暗号名、コードネームってやつですよ。それより、僕に何かお話しがあるんでしょう?」

スターシャ、サファイアが、子猫の名前だとは、教えられない。

「そうそう、今回の依頼の件よ!明日、金八さんを会社の関係者に紹介するのよ!まあ、年輩の者は、弥生さんのご主人だし、若い頃は、秘書として、働いていたから、体型は変わったけど、本人を知っている。問題は、新参者。特に、妾とその息子たちは要注意なの。そこで、堂二郎さんは、金八さんの側にいて、危険を回避してもらいたいの!そのために、関係者の一覧表を作ったわ。これをできるだけ、頭に入れておいてね……」


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