第10話 高天原と祝杯と

「さてそれでは私、鷹雨裕司が音頭を取らせてもらうよ、今回のイベントの成功を祝して…乾杯!」


「「「かんぱーい!」」」


 今日のライブは無事成功に終わった、私個人の感想としては反省の残る内容ではあったが…いや、それを差し引いてもかなりいい結果に終わったんじゃないだろうか。

 未完成の3Dモデルを使うことになってしまったのは痛手だったが、それを打ち消すほどには彼女達EspoiReVEのパフォーマンスがすさまじかったと言える。


 失敗を恐れず全力で、まさに好きなように歌い踊るプリムラ・モンステラ。


 拙いところをカバーしながらも自分を魅せていくゆめのマナ。


 二人とも楽しそうだった、私にとってそれが何よりもうれしい、サポートのし甲斐があるというものだ。


 周りを眺める、結愛と神目さんは笑顔を向けあいながらおそらく今日のライブの時のことを話している。

 社長は口元に笑みを浮かべながら今日の事を思い浮かべているようで感慨深そうな表情を浮かべていた。

 そんなときふと優美が私のそばに近付いてくるのが見えた。何か話があるのだろうか?


「いぇーい、しるべぇ、飲んでるぅぅ?」


「飲んでるけど…なにか用?」


「なぁんだよぅ、用がなくっちゃ話しかけちゃダメってぇ?」


 めんどくさいのが来た、私はこの戦勝ムードを味わいながらのんびり飲んでいたかったのに。


「あーー、ほんっと、今日のライブはよかったねえ、なんか私が当て馬というか前座みたいになっちゃってたけど、本当は逆のはずなのになぁ。」


 彼女がこんな酔い方をしてるのは珍しい、普段はもうちょっとゆっくりと酒を楽しむタイプなのだが。


「私は最初からあの子たちがあなたの前座で終わる子たちじゃないって思ってたけどね。」


「ふん、それでも最初の予定だったら、そうなってたよ、でもさ…。」


 優美は一口お酒を飲む、と小さくため息をつきうつむきながら呟く。


「あんなに楽しそうに、自由にやられてさ、私、少し羨ましくなっちゃった。」


「羨ましい?二人が?」


「うん、今はまだ二人並ぶほどほどの力はない、けどさ…それを支えあって、お互いを高めあって…そんな関係になれる、そんな存在があの頃にいたらなぁって。」


 おそらく自分がアイドルだった頃のことを思い出しているのだろう、あの頃の赤石優美はまさに一人だった。人気絶頂だったが故、隣にいてくれる仲間もおらず、あいつに負けないと追随してくる敵もいなかった、なんとなく優美がアイドルを引退した理由がうっすらと見えた気がした。


「寂しかったの?」


「…言い方…。まぁ、でもぶっちゃけそうね。なんかむなしくなっちゃって。私さ家が元々貧乏だったのよ、んで中学んときにバイトしないとなぁって思ってた時にスカウト受けてね。」


 酔いで火照りどこかアンニュイな雰囲気を出す彼女がどこか艶めかしく見える。なんというか美人ってずるいと思う。


「それでろくに考えもせずOKしてアイドルになった。今思えば警戒しなかったのはまずかったわねー、下手するとお水の仕事してたかもしれないわー。」


 あははーと笑いながら言う彼女に、笑えない冗談はやめろと心底思った。こんなやつでも一応妹の支えになった女なのだ。


「最初は楽しかったのよ、練習は特に苦じゃなかった、時間は腐るほどあったし、才能もあったみたいでね。皆はちやほやしてくれるし、私も天職だって思ったわ。」


 けどね、と一言言うと、優美はグラスに口をつけ小さく喉を鳴らす。


「だんだんとね、楽しくなくなっちゃったのよ、成功を喜び合う仲間もおらず、切磋琢磨しながらお互いを高めあうライバルもいない、そんで仕事もどんどん増えて自由は無くなる、私がどんな人間か知ってるでしょ?他人に管理されるなんて大嫌いな怠惰な人間、それが私なのよ。」


 そんなことはよく知っている、一緒に仕事をした仲だ、彼女が怠惰な人間であることは一緒に仕事をして1日目で理解したし、基本的にスケジュールも無理強いしない、彼女がやりたいと言ったらやる。というやり方でやってきたし。


「そんな人間でも妹の夢で憧れだったからね、私は結構あなたを尊重してあげてたつもりだったけど?」


「んー、まぁしるべと一緒に仕事してた時は楽だったなー、気が利くし意見を押し付けてこないしねー。妹ちゃんに憧れられてたのは聞いてたけど想像以上だったわ、熱狂ファンより熱量ある気がする、なんか神格化されてる気さえするよ私は。」


 正直もう衰えた私じゃあ妹ちゃんに勝てる気しねー、とテーブルに突っ伏す優美、私としては年を取ったなりに武器を持ってるからまだいけるとは思うけどね優美も。


「あー…でも、あの頃に…あなたが私の夢です。いつかあなたの隣に立ちますって言われてたら、必死に食らいついてたかもしれない、あれは、あの熱量は正直効いた、10年は長いけど本気で10年待ってたかもね。」


 こいつもあまりメイクしなくても20前後にいまだに見えるのだ、本気出せば全然いけるかもし知れない。


「そしたらフェイムじゃなくて、あんたとアイドルやってたかもね、IFの話だけど。」


「うっわ、もったいねー、それが現実になってたらフェイムなんか目じゃないくらい私らが覇権とってたわ。確実に。」


 まぁ元々私1強だったけどねー、そういいながら笑いだす。しばらく話していると優美は眠くなってきたのかしゃちょー家に送ってーと社長に絡みに行った。


 めんどくさいのがいなくなったので結愛と話すか―と思い結愛達の方に行くと結愛は笑みをこちらに向けながら、おいでおいでしてくる。


「わっ、おねえちゃんお酒臭い、優美ちゃんと何話してたの?」


 そりゃお酒飲んでるからお酒臭いのは当たり前だ、もちろん未成年組はジュースだけども。


「大した話はしてないよ、もしも優美が結愛と一緒にアイドルやってたら―って話してただけ。」


「わぁ、何それ楽しそう!あ、そうだ優美ちゃんもヴァーチャルアイドルになったらいいんじゃない?そしたら一緒にアイドル出来るよ!」


 いきなり何を言い出すのかこの娘は、今でもそれなりに話題になるレベルのアーティストやってるのにVになる意味があまり感じられない。


「む、鐘都さんがヴァーチャルアイドルになったとしても、結愛さんの相棒はわたくしですわ、それは絶対に譲りません。」


 んん?珍しく神目さんが嫉妬…してるのか?これは、かなり珍しいものを見た気がする、というかいつの間にここまで仲良くなったんだろう。


「もちろん、私の隣はのぞみちゃんだよ!だけど優美ちゃんとも一緒に出来たら楽しいだろうな~って思っちゃって。」


「まぁ、そのそれなら、いいんですけれども。」


 言いよどむ神目さん、なんか甘酸っぱい空気が流れている。

 あ、そういえば、と結愛が話題を切り替えるよう言った。


「おねえちゃん、本番の時に無理言ってごめんね?いろいろと大変だったよね?」


 結愛が申し訳なさそうにごめんなさいと謝るが。


「いや、二人は全然気にしないでいいよ、寧ろ不手際があったのはこちらの責任だし、こうならないように万全の体制を作っておくのはこっちの仕事だしね。こちらこそごめん、本番前にいろいろごちゃごちゃしちゃって。」


 サポートする側からしたら大きな失態だ、今後このようなことがないよう3手先まで考えておこう。


「ううん、逆にね、今回のぞみちゃんと一緒に踊れたことが本当にうれしいんだ。それに関してものぞみちゃんに謝らないとね、私の我儘聞いてくれてありがとう、ごめんね?」


「…まぁいきなり言われたときは正直焦りましたけども、…でも結愛さんと一緒に出来て私も嬉しかったです。ですが今度は、サポートなどさせずに2人で全力でやりたいですわ。ですから、それまでご指導お願い致します。」


 なんというか、こういう光景を見ていると尊い感じがする、かつてのグループ、フェイムの皆ともこんな関係を作っていきたかったんだろうなと思うと少し湿っぽくも感じるが。


「えっへへぇ、なーに二人でいちゃいちゃしてんのぉ!わたしもまぜてぇー!」


「ちょっ、鐘都さん!?抱き着いてこないでくださいませ!くさっ!お酒臭いですわ!」


「あっ、いいなぁ、のぞみちゃん…私も優美ちゃんとぎゅってするー!」


 目の前できゃいきゃい騒ぐのを見ながら、ふっと笑みがこぼれる、皆が楽しそうに笑いあうこの瞬間の為に私はこの仕事をしている。この光景が私の”夢”だ。

 だからこれからもこの光景が見られるよう私は努力を続けるだろう。


「なーに一人で、笑ってんのー!しるべもこっち来て飲みなさい!ほーら!ほらほら!」


「あーもう、めちゃくちゃですわ…」


「ふふっ!楽しいね!おねえちゃん!」


 ソファーで頭を抱える神目さん、肩を組み体重をかけてくる優美、それを見ながら笑う結愛。


 ああ、今がとても幸せだ、私は心からそう思った。



 ☆ ☆ ☆



 とある場所、携帯端末に映るライブを一人の人間が見ていた。


 このダンス、歌い方、そしてフォローの仕方。


 映る姿は違うのに、声も少しあの子とは違うのに、なのに。


 「…ユメ…なの?」


 そう一人ぼっちの部屋につぶやく声が漏れた。

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