灰になる

春雨らじお

プロローグ

          ○

 両手を合わせ、目を閉じる。

 一年前の出来事は、いまも鮮明に思い出せる。多分、一生忘れない。忘れられない。

 こういうのの作法はよく知らないからさっさと切り上げると、隣の風璃かざりはまだ合掌していた。こいつも黙ってれば、静かな仕草が様になるんだけどな。

「別に、お前まで来なくて良かったんだぞ」

「お墓参りぐらい、うちにもさせて欲しいわ。それにあんたの方向音痴ひどすぎやから、ついてってやらんと、手ぇ合わせる前に日が暮れてまうし」

「ひでーこと言いやがる」

 一年もあれば色んな事が起こるし、慣れもする。風璃のエセ関西弁もそのひとつだし、少しは笑えるようになってきた。

 あんな喪失感、何年も前に母さんを亡くして以来で、次は親父の時だと思ってたんだが。

 空回りして、失くして、そんなんばっかで、報われない。

「俺さ、心のどこかじゃ、自分が主人公みたいに思ってた」

「……え、なんやそれ、実はイタいやつなんですって告白? そーゆーのは中学までにしといた方がええで?」

「…………」

「冗談やて。ハルは持っとる人や思うし、色々あったし、主人公ゆーのもわかるわ」

「でもよ、だったらヒロインとか、いてもよくね?」

「お? そんならここにおるやん?」

「…………あん?」

「ひでーこと言いよる!」

 文句を言いながら「イヒヒ」と笑う調子の良さは、一年経ったぐらいじゃ変わらないな。

「ま、そんなん気にしなや。ハルが主人公やろがなかろが、今日の大舞台、主役はあんたや」

 その大舞台だって、あいつらがいなきゃ立つ事はなかった。

 青く晴れ渡った今日と違って、冬の灰色だった曇り空を、今でもよく覚えてる。

 ちょうど一年前、大事なやつが二人、俺の前からいなくなった。

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