第32話 先輩が好きだからですよ?

 目が覚めた時、俺は自分がベッドに縛り付けられていることに気づいた。なんだこれは、と思いながらも、体はまったく動かせない。そうだ、風間、小川さん、絵里はどうなったんだ?俺は急いで警察に連絡しなければならない。でも、この拘束からどうやって逃れればいいんだ?


 窓の外を見ると、もう朝になっている。時間が経っていることに気づき、俺は更に焦りを感じた。そして、どうにかしてこの状況を理解しようと頭を働かせ始めた時、部屋のドアが開く音がした。


「先輩ー! おはようございます!」


 聞き慣れた声が部屋に響く。それは絵里の声だった。


「今日の朝ごはんは何にしますか?」


 絵里が尋ねるが、そんなことはどうでも良かった。


「いや、朝ごはんなんてどうでもいい! 小川さんはどうしたんだ!」


 俺は怒りながら尋ねる。だが、絵里はその質問を軽くはねのけた。


「ああ、小川さんのことですかぁ? 大丈夫、彼女は安全な場所にいますよ! 先輩が私の言う通りにすれば、もう? 何もされませんから」


 俺は絵里の言葉にさらなる怒りを感じた。


「何が安全な場所だ、すぐに解放しろ!」


 俺の怒りに対して、絵里は冷たく微笑んだ。


「怒っている先輩もいいけど、多分もう遅いですよ。これを見てください」


 そう言いながら、彼女はスマホの画面を俺に向けた。


 俺は渋々その画面を見つめた。映し出された光景に、俺の心は凍り付いた。そこには、小川さんが風間隼人と一緒にいる動画が映っていた。彼らは明らかに親密な行為をしていた。


「まさか……」


 俺の声は震え、涙が自然と溢れ出た。小川さんがあんな状況に置かれているなんて、信じられなかった。絵里と風間の仕業だ。


 絵里は満足げに笑いながら言った。


「見て、これが現実ですよ? 先輩が私のことを拒否した結果ですよ」


 俺は絵里の狂気に打ちのめされた。


「どうしてこんなことを……!」


 絵里は冷徹に答えた。


「先輩が私を選ばなかったからです……私の愛を受け入れてくれれば、こんなことにはならなかったのに」


 俺は絵里の歪んだ愛に絶望した。彼女は自分の欲望のために、無辜の人を巻き込んでいる。俺は何とかしてこの狂気から脱出しなければならなかった。しかし、手足が縛られているために動けず、絵里の計画を止める手段が思い浮かばない。


 拘束されたベッドの上で、俺は涙を流した。どうしてこんなことになったんだろう。俺の心は絶望と怒りで渦巻いていた。


 スマホの画面からは小川さんの必死の抵抗が映し出されていた。彼女は力を振り絞って抵抗しているが、徐々に力がなくなっていく。風間の冷酷な笑い声が聞こえてくる。


「やめろ! お前、何をしてるんだ!」


 俺は画面に向かって叫んだが、無力感に襲われた。小川さんの喘ぎ声が耳に響く。彼女の苦悩が俺の心を引き裂く。


「やめてくれ……」


 俺は絶望感に押しつぶされそうになった。


 動画の風間は言葉を続けた。


「どうだい? これが現実だよ? お前が選んだ道がこれだ」


 俺はその言葉にさらに絶望した。


「こんなの俺が選んだわけじゃない……」


 絵里は俺の側に座り、冷たく笑った。


「あーあ、だらしない顔になってしまいましたね……でも、先輩が私を選んでくれれば、こんなことにはならなかったのに」


 俺は絵里に向かって叫んだ。


「絵里ちゃん……いや、絵里! お前のやってることは間違ってる!」


 絵里はただ静かに笑っていた。


「間違ってる? これが私の愛の形です! 先輩が私の元に戻ってくれば、すべては解決するのですから」


 俺の心は絶望と怒りで満たされていた。小川さんを救い出すためには、どうにかしてこの場から脱出しなければならない。しかし、どうすればいいのか分からず、俺はただ無力感に苛まれるばかりだった。



 動画が終わり、小川さんが風間に犯された光景がスクリーンから消えた。その瞬間、俺の心は怒りで震えた。俺は絵里を睨みつけ、声を荒げた。


「お前らは本当に狂ってる! 絵里もあの男も! 人の気持ちを思ってるんだ!」


 絵里は俺の怒りを見て、ほくそ笑んだ。


「あーあ、怒ってる先輩、かわいいですね! こんな風に怒っている先輩を見れて、私は幸せです」

「なんなんだよ、このくそったれが!」


 俺は絶叫した。この状況には耐えられなかった。


 絵里は冷静に言った。


「もう小川さんは諦めた方がいいですよ……彼女はもう、その人のおもちゃになっているんですから」

「どうしてこんなことをするんだ! どうしてこんなことが平然とできるんだ!」


 俺は絵里に詰め寄った。


 絵里は俺を見つめながら答えた。


「それは、先輩のことが好きだからに決まってるじゃないですか、私の愛は先輩にしか向けられないのですから」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の心は完全に壊れた。絵里の歪んだ愛情、小川さんへの悲惨な扱い、そして自分が何もできない無力感。すべてが俺の心を苛んでいた。


 絵里の顔は満足げだった。彼女は俺の心の痛みを楽しんでいるようだった。俺はただ、その場にうずくまり、自分の運命に絶望した。


 この狂った状況から、どうやって脱出すればいいのか。小川さんを救うために、俺は何かをしなければならない。しかし、その答えは見つからなかった。俺はただ、絵里の狂気に対して無力感を感じるばかりだった。

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