第14話 出会いと告白

 合コンは盛り上がりを見せていた。亮介が仕切り、風間は酒を飲みながら女の子たちと楽しそうに話していた。絵里は立花さんと仲良く話していて、彼女たちはすぐに打ち解けているようだった。しかし、俺と同じく、ほとんど話さない子が一人いた。彼女は眼鏡をかけていて、いかにも勉強が得意そうな凛とした雰囲気の子だった。


 その子の名前は小川優子。彼女は派手さはないが、清楚系で、亜美に近いタイプの人だった。ショートの黒髪がよく似合っており、彼女は主に酒やつまみを食べるだけで、あまり話し込むタイプではないようだった。


 俺は小川さんに目を引かれた。彼女の静かな雰囲気が、何となく心地よく感じられた。俺も話すのが苦手だから、彼女のそういうところに共感を覚えた。


 合コンの途中、ちょっとした休憩で、俺は小川優子の隣に座った。


「初めまして、名雲友です」

 俺は静かに話しかけた。


「初めまして、小川優子です」


 彼女は穏やかな声で答えた。その声には、どこか落ち着きと優しさがあった。


 俺たちは少し会話を交わした。小川さんは学業に集中しているらしく、あまり社交的な場には出ないと言っていた。俺は彼女の話し方が心地よく、自然と会話が弾んでいった。


 しかし、俺の心の中にはまだ絵里ちゃんや風間、亜美への思いが渦巻いていた。小川さんとの会話は心地よかったが、俺はまだ心の整理がついていなかった。





 小川さんは、その中でひときわ目立つ静けさを持っていた。彼女は自分のグラスの中の飲み物をじっと見つめながら、周りの騒がしさとは別世界にいるようだった。彼女のショートヘアは整然としており、眼鏡の奥の瞳は知的な輝きを放っていた。


 小川さんと話をしている間、俺は周りの騒がしさを忘れることができた。彼女の話し方には落ち着きがあり、賢く感じられた。彼女は自分の意見をしっかり持っているようで、話が深い内容に及んでも臆することなく意見を述べていた。



 合コンでの小川優子との掛け合いは、予想外の心地よさをもたらした。お互い地味なタイプで、話すことが少ない同士だったが、小川さんから話しかけられたことで、俺は反応した。正直、その瞬間はとても嬉しかった。自分の存在がこの場でちっぽけだと感じていたからだ。


「好きな本はありますか?」小川さんが尋ねてきた。その質問が会話のきっかけとなり、俺たちは本や音楽について語り合った。共通の趣味が多いことに気づき、会話は自然と弾んでいった。


「実は、音楽はクラシックが好きなんですよ」


 小川さんが言うと、俺は興味深く聞いてきた。


「本当ですか? 僕も好きなんです。特にバロック期の作曲家が……」


 小川さんは対面から俺の話に耳を傾け、ずっと無表情だった彼女の顔に初めて笑みが浮かんだ。彼女のクスッとした笑いは派手ではないが、俺は心の底からドキッとした。


「そうなんですか、それは意外ですね」


 小川さんは微笑みながら言った。その瞬間、俺は彼女の笑顔の美しさに気づいた。彼女の笑顔は控えめだが、その内に秘めた温かさが伝わってきた。


 俺たちの会話は続き、お互いの好きな作家や音楽家について語り合った。話している間、俺は彼女の知的な一面と感受性の深さに惹かれていった。



 合コンでの小川さんとの交流によって、亜美のことで沈んでいた気持ちが少しだけ晴れた。小川さんは、もしかしたら俺にとって大切な存在になるかもしれないと思った矢先、突然の出来事が起こった。


 バンッという机を叩く音が響き、一瞬で居酒屋の個室が静まり返った。音の源は絵里ちゃんだった。俺は彼女の行動に恐怖を感じた。彼女は何をしようとしているのか。



「トイレに行きたくなっちゃった! 近くの外のトイレに行きましょう! この居酒屋トイレの数も少ないですし、混んでますから!」


 絵里ちゃんは俺にそう言い、強引に手を引っ張った。彼女の顔は笑っていたが、その笑顔の裏に隠された意図が怖かった。


 亮介は状況を察して「じゃあ、俺たちはここで楽しもうぜ」とフォローしてくれた。しかし、俺は絵里ちゃんに連れられていくことに不安を覚えた。彼女の行動の意図が読めなかった。





 居酒屋を出て、俺たちは近くの外のトイレに向かった。夜の街の灯りがぼんやりと照らす中、絵里ちゃんは何も言わずに歩いていた。彼女の手の引っ張り方は力強く、俺は逃れることができなかった。


 トイレに到着すると、絵里ちゃんは俺をじっと見つめた。その目は何かを訴えかけるようで、同時に強い意志を感じさせた。彼女は何を伝えようとしているのだろうか。俺は絵里ちゃんの次の言葉を待ち、内心で不安と緊張を抱えていた。


 絵里ちゃんはトイレに入らず、その前で立ち止まり、俺をじっと見つめた。彼女の目には真剣な光が宿っていた。


「先輩、あれはなんですか?」


 彼女が問いかけた。その言葉に、俺は思わず心の中で反発した。それはこちらが聞きたいことだった。


 元カノの彼氏、元カノの妹、そして大学の親友。考えるだけで頭が混乱する。この地獄のような状況に、俺は今、元カノの妹である絵里に迫られていた。


「絵里、何を言ってるの?俺はただ……」


 俺は言葉を選びながら答えようとしたが、言葉がうまく出てこなかった。絵里ちゃんの強い視線に圧倒され、俺の心は揺れ動いていた。


 絵里ちゃんはさらに迫ってきた。


「私が言いたいのは、先輩が私のことをどう思っているのか、それが知りたいんです……私たちの関係はどうなるんですか?」


 彼女の声には、強い感情が込められていた。


 俺は彼女の真剣な問いかけに、自分の感情を整理しようとした。絵里ちゃんへの思い、亜美への未練、そして自分自身の心の動き。これらが俺の心を複雑にしていた。


「絵里ちゃん、俺もまだわからないんだ。ごめん……」


 俺は正直に答えた。この言葉が、絵里ちゃんの心にどう届くのか、俺にはわからなかった。



 絵里ちゃんの声は、いつもの甘い調子ではなく、低くて怒っているように聞こえた。彼女の瞳は、俺から目を逸らさず、じっと俺を見つめていた。


 どうやら、俺が小川さんと仲良く話していることが、絵里ちゃんには気に入らなかったらしい。俺自身、絵里ちゃんがなぜこの合コンに参加していたのか理解できなかった。亮介が誘ったのかもしれないが、絵里ちゃんの場合は何らかの手段でこの場を探り当てたと思われた。


 しばらく無言で見つめ合った後、絵里ちゃんは突然腹を抱えて笑い出した。


「あっははは」とからかうように笑いながら。


「そんなに悲しい顔しないでください! でも先輩にはお仕置きが必要ですね」


 彼女は俺の手を引いて、「戻りましょう」と言った。


「お仕置きって、なんだろう……」


 俺は戸惑いながら絵里ちゃんに引かれて戻った。彼女の突然の態度変化と言葉に、俺はますます混乱していた。


 居酒屋に戻り、絵里ちゃんが引っ張る手をそのままに、俺たちは合コンの席に着いた。席に着くと、絵里ちゃんは皆の注目を集めるように立ち上がり、驚くべきことを宣言した。




「実は皆さんにお知らせすることがあって、私と先輩、実は付き合っているんですよ!」



 絵里ちゃんの声が部屋に響いた。



 その瞬間、俺の頭は真っ白になった。何を言っているんだ、絵里は。俺たちは付き合ってなどいない。どうしてそんなことを言うのか、その理由がまったく理解できなかった。


 周りからは驚きの声や拍手が起こった。亮介も「おお、マジかよ!?」と驚いていた。しかし、俺の心は大混乱の中にあった。


 絵里ちゃんは俺を見てニッコリと笑ったが、その笑顔の裏には何か別の意図を感じた。彼女はなぜ、こんな嘘をついたのか。そして、その目的は何なのか。


 俺はただ茫然として、何も言えないでいた。絵里ちゃんの発言によって、合コンの雰囲気は一変し、皆が俺たちに注目していた。

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