第7話 前に進むために

 朝、俺は目を覚ました。絵里ちゃんの声が耳に入ってきた。


「朝ごはんですよ、先輩」


 昨夜の出来事が頭をよぎり、俺は少し戸惑いながら起き上がった。絵里ちゃんは既にキッチンで朝食を用意していた。


「絵里ちゃん、朝からありがとう……」


 俺は言葉を選びながら彼女に感謝を伝えた。彼女の気遣いが心に沁みた。


 テーブルに並べられた朝食は、手作りの温かさが感じられた。絵里ちゃんはニコニコしながら俺に料理を勧めた。


「先輩、どうぞ召し上がってください! 新しい一日の始まりですから、元気になってほしいんです」


 俺は彼女の作った朝食を食べながら、昨夜のことを思い返した。絵里ちゃんの強い提案、自分の感情の揺れ動き。まだ心の整理はついていなかったが、絵里ちゃんの優しさには感謝していた。


「絵里ちゃん、昨日はごめんね……少し考える時間が必要だったんだ」


 俺は彼女に正直に伝えた。


 絵里の愛情は重く感じるが、それは間違いなく本物だった。俺にはまだ彼女を完全に信用することができないけれど、彼女が作った朝ごはんは俺の好きなものだった。ごはんとみそ汁の組み合わせ。それは俺がいつも慰めを見つける味だ。


「絵里ちゃん、このみそ汁、すごく美味しいよ」

 俺は彼女に感謝の言葉を伝えた。


 絵里ちゃんは嬉しそうに笑った。


「先輩の好きな味を作ろうと思って」


 彼女の言葉には、俺への気遣いが感じられた。


 朝食を食べながら、俺は絵里との関係について考えた。彼女の愛情は確かに重いが、それは彼女なりの表現方法だ。彼女が俺に対して持つ真剣な気持ちは、どこか心地よいものがあった。


 俺は彼女の優しさに心を開きつつあった。絵里ちゃんの愛情は重いが、その重さが俺を新しい道へと導いてくれるかもしれない。今はまだ、彼女を完全に信用することはできないけれど、これからの関係を育てていくことに期待を抱いた。


 大学に行かなければならないので、俺たちは別々に行くことに決めた。絵里ちゃんは「一緒に行ってもいいですよ」と言ってくれたが、妙な噂を立てられるのは避けたかった。だから、俺は彼女の提案を断った。


「絵里ちゃん、ありがとう。でも、今日は別々に行こう」


 俺はそう言って、彼女を見送った。


 彼女は少し残念そうな表情を見せたが、「わかりました、先輩。では、また学校で」と言い、笑顔で出かけていった。


 大学への道のりを一人で歩きながら、俺は絵里ちゃんのことを考えていた。彼女は俺とは全く違う。彼女にはたくさんの友達がいて、どこに行っても人々に囲まれている。彼女の明るさと人気は、俺には及ばない。


 俺も友達が全くいないわけではないけれど、絵里ちゃんのような中心人物ではない。彼女はクラスでも、キャンパスでも目立つ存在だ。そんな彼女が、なぜ俺のような普通の男に関心を持っているのか、時々不思議に思う。


 大学に着くと、俺はいつものように授業に集中しようとした。でも、頭の中は絵里ちゃんのことでいっぱいだった。彼女との昨夜の会話、彼女の強い愛情、そして彼女の提案。それらすべてが心を占めていた。


 昼休みになると、絵里ちゃんはいつものように友達に囲まれていた。彼女は笑顔で話している。その様子を遠くから見ていると、彼女がどれだけ特別な存在かが改めてわかった。


 俺は彼女に近づくことをためらった。彼女と俺との関係は、まだ他の人には理解されないかもしれない。俺は遠くから彼女を見守ることにした。



 大学のキャンパスを歩きながら、俺は自分の今後について深く考えた。絵里は間違いなく俺にはもったいないほどの女の子だ。彼女は明るくて、優しくて、愛情深い。でも、俺自身がまず気持ちの整理をつけなければ、彼女と真剣に向き合う資格はない。


 絵里が見せてくれたビデオのことを思い出すと、亜美も新しい彼氏も許せない気持ちになる。だが、それ以上に俺が考えなければならないのは、絵里との関係だ。


 絵里との関係を深めたいと思いつつも、彼女の行動には異常さを感じることもある。彼女の愛情は重く、時には俺を圧倒する。彼女の行動が、時にどこか過激であることも、俺は忘れてはいけない。


 俺は絵里ちゃんとの関係を一歩ずつ築いていくことに決めた。でも、そのためにはまず、自分自身の気持ちを整理することが先決だった。彼女に対する感情、亜美への未練、そして絵里の過去の行動について、俺はじっくりと向き合う必要があった。




 夕方、家に帰ると、絵里ちゃんがすでにそこにいた。彼女は今日も俺に情報を提供するために来ていたらしい。今回の情報は、亜美が俺と別れた理由と、彼女の新しい彼氏についてのものだった。


 絵里ちゃんは笑顔で、「一緒に見ましょう」と言った。彼女の手にはスマートフォンがあり、その画面にはどうやら情報が表示されているようだった。


「絵里ちゃん、本当にそれを見る必要があるのか?」


 俺はためらいながら尋ねた。亜美との過去は俺にとって痛い記憶だ。それを再び掘り返すのは、心が重くなる。


 しかし、絵里ちゃんは頷く。


「はい、先輩。これを見ることで、先輩は新しい一歩を踏み出せると思いますから」


 彼女は自信満々にそう言った。


 俺は躊躇しながらも、彼女の隣に座った。画面に映し出されるのは、亜美と彼女の新しい彼氏に関する詳細な情報だった。彼女たちの関係、どうやら亜美が俺と別れる前から彼との関係があったこと、さらには彼の背景についての情報が並んでいた。


 情報を見て、俺の心は複雑な感情で満たされた。亜美との思い出が、一瞬にして色褪せたように感じられた。でも同時に、絵里ちゃんの行動にも疑問を感じた。彼女はなぜ、これほどまでに亜美の情報を集めているのだろうか。


「絵里ちゃん、どうしてこれを……」


 俺は言葉を失った。


 絵里ちゃんは優しく微笑み、「先輩が前に進むために必要だと思ったからです。私は先輩のためなら何でもします」


 俺は彼女の言葉に心を動かされながらも、絵里ちゃんの行動の背後にある意図を理解しようとした。彼女の愛情は確かに深いが、その表現方法にはまだ慣れない。しかし、少なくとも今は、彼女の優しさに感謝するしかなかった。

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