全て先輩の思い通り番外編短編置き場

白月綱文

ポッキーゲームリメイク

ある日の放課後。生徒会の仕事により遅れる姫野先輩を、僕は気長に待っていた。

時刻は5時を過ぎたところ、いつも通りならあと少しぐらいで教室にやってくる。

自分の席で本を読みながら彼女を待つ、生徒会がある日はこれが僕の日課になっていた。

不意に集中が切れて、本をめくる手が止まりかける。そんな矢先だった。

突然、首元から手を回される。そのまま後ろに引き寄せられて、ブレザーのやや硬い感触と人肌の温もりが触れる。

そうして耳元に向けて声がかかった。

「ただいま、樹君。」

それがあまりに急なものだったから、その体温、耳元にかかると生きに翻弄されてしまう。

冷え込んでくるはずの季節なのに僕の体は緩やかに熱を持っていって、頬は赤みがかって。

でも、そうなってしまうのも悪くないと思っているのだから、かなり毒されてしまってるのだろうか。

「おかえりなさい、咲希先輩。」

胸元に来ていた両手を僕の両手で包み込む。互いに少し冷えていた指先が熱を持っていった。

「帰りましょうか。」

ずっとこうして居る訳にも行かないからと、そう口にする。

回された腕から解放されて、席を立ち上がった。

そして机の横にかかったリュックを背負って先輩の方へ振り向く。

「今日は11月11日だね、樹君。」

「そうですね…?」

「ということで、ポッキーゲームしようか。」

鞄から赤いパッケージを取り出して照れたような笑みを浮かべる先輩。

ポッキーゲーム、1本のポッキーの両端をそれぞれが咥えて食べ進めていくというアレ。

提案されたということは、するということは最終的に…。

ポッキーから先輩の方へと視線を向ける、吸い込まれるような星空の瞳が僕を射抜く。

赤みがかった頬がこっちにまで熱を伝えてくるようで、共鳴するように鼓動の間隔が縮む。

断る、なんてのは選択肢に無いけれど。自分から口にするにはちょっと気恥ずかしくて、少しだけ間が空いてしまった。

「……しましょうか、先輩。」

その言葉を言い終えると、静かな空間にパッケージを開く音だけが響いていった。

袋が取り出されて、開かれて、そこから1本取り出して。そうしてそれを掴む手元の動きが、半円を描く。

先輩の艶やかな唇が、コーティングされたチョコの先端を咥えて、持ち手は宙へと放り出された。

その先は、僕の方へと向いている。

先輩が1歩前へと進んで、僕もそれに合わせて2人の距離が縮まった。

鼓動に急かされるように体を叩かれて、その分だけ熱を持って顔が焼ける。

でも、ドキドキするのと同時に、この時間がいつまでも続いて欲しいなんて思ってしまう。

僕も、片側を咥えた。この時点でかなり距離が近くて、思わず固まってしまって、茹だる思考と共にポッキーがふやけていく。

そんな中、少し経ってようやく意を決して、互いに少しづつ食べ進める。

ほんの小さな1口を何度も重ねて行くたび、縮まる距離の分期待が膨らんで。

最初から機能してない味覚が、遂には意識の外に溶けていった。

気が付けば、僕は目の前の先輩しか見ていない。

包まれるような黒に浮かんだ星々の煌めきに、雪のような白を染め上げた朱色に。


───そんな色で溢れた僕の好きな人に、心が囚われている。


時間が経つ、終わりが近づく。

鼻先が触れて、吐息が混じりあって、そして。

僕ら二人は、カメラのシャッター音を聞いた。

互いの動きが止まる、鳴った弟が何であるかを認識した途端、焦って一緒にドアの方へと視線を向けた。

そこに居たのは、恵と聡太郎。

なんでいるの?と言いたいけれど理由なんて1つだろう。

今まさに僕らがしていたことを覗いていたんだ。

見られていたなんて思うと、恥ずかしさが込み上げてくる。放課後になって1時間くらい経っているから、2人っきりだろうと油断してしまっていた。

「め、恵...!?」

先輩もショックから解放されて、そろーりそろりと手遅れなのに逃げ出そうとする2人を追いかけ始める。

僕も後に続いて、廊下なんてことを関係なしに走り出す3人の結構後ろを歩く。

先輩は足が早い、男だって中々勝てる人がいない。

だから恵はすぐに追いつかれた。聡太郎はそれに対して置いてけぼりにして逃げる気みたいだけど恵に掴まれて阻まれる。

文句を言う聡太郎に、思いっきり言い返す恵。

それはそれとしていつになく怒り気味で問い詰める先輩。

いい所だったのになんて悔しそうに言うものでちょっと嬉しい。

恵は恵で「朝覚悟を決めて買ってたから見届けたいじゃん!」なんて言って、赤くなった先輩がこっちの方を向く。

そんなものを見たものだから、終わりになった悔しさも見られた恥ずかしさもなんだか薄れてきて、僕はみんなに向けて言った。

「とりあえず、帰りましょうか。」

「そうだね、帰ろうか。」

先輩に掴まれた2人が自由にされる。

聡太郎の方は後で僕も問い詰めるかななんて思っていたら、距離を取られた。その程度で諦めたりはしないかな、うん。

それから僕らは学校を出る。

そこから駅に向かう途中、やっぱり今日の事が惜しくなってしまった。

だからどうしても伝えたくなって、2人が離れる隙を見て、僕は先輩に耳打ちする。

「⋯今日の続きは、また今度お願いしますね。」

その声を聞いて照れたその顔が、今日1番目に焼き付いて。やっばり好きだなぁなんて、思った。

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