【Episode5】座敷童で有名な古民家うどん屋は人を喰らう
【1】ラプラスの予知夢
「硝子さんがラプラスを探してくれなかったから、私埋められて死んじゃったよ」
エマが暗闇の中で泣きながら訴えている。
「ラプラス? エマ、何を言っているの?」
エマの体の後ろに粘土のような土の山が盛り上がってくる。
土の山はやがて大きく膨張しながらエマを飲み込んでいく。
「お願いだよ。ラプラスのいるところを探して」
エマが大変なことになっているのに体が金縛りのように動かず、私は助けに駆け寄ることができない。
「ちょっと、エマ、何が起こっているの?」
エマの体はゆっくりと粘土の中に埋まっていくだけでなくその体は徐々にミイラのようにカサカサとしぼんで干からびていく。
「硝子さん……絶対だよ。ラプラスのいるところを探して」
既に骨と皮だけになったエマがその言葉を最後に発したところで私は目を覚ました。
自宅マンションの寝室で目を覚ますとまだ明け方近くの時間だった。
「予知夢……久しぶりね」
賭け事に能力を使った代償で未来視の能力が使えなくなっていたが、最近どうも本格的に能力が戻ってきたようだ。
私は自分や関係者に重大な事件が起こる前には予知夢を見ることがあった。
しかし、これほど禍々しく不吉な内容の夢は初めてだ。
明確にエマが死ぬと夢で暗示されていた。
エマの死という未来の結果だけは理解できたが、私の予知夢はその結果に至る過程が暗示的なものが多い。
その中でも今回の夢は特に意味不明だ。
まず、「ラプラス」、「埋められる」、「探す」、というワードの繋がりがわからない。
ラプラスをすぐにスマホで検索をかけてみたがパソコンの圧縮解凍ソフトから人名まであまりにも多くの候補がありすぎてエマの死にしっくり関連するものがない。
埋められて死ぬというワードにしても物騒な割に具体的な状況が分からない。
地震や山中に埋められる事件に巻き込まれることは考えられるが、探さないと埋められるというのは何か順序が逆な気がする。
なんにせよ埋められてしまっては手遅れなのだ。
結局予知夢の意味が分からないまま仕事の時間になってしまった。
◇
「それでは今日のゲスト、もうすぐ放送を開始する深夜ドラマ『心霊探究パンドラファイル』主演の赤音エマさんに来ていただきました」
「皆さーん、おはようございます。ドラマ『心霊探究パンドラファイル』心霊突撃キャスター坂東ララ役の赤音エマです」
エマの今日の仕事は土曜朝の情報番組で放送する番宣の収録だ。
同じテレビ東西の中での宣伝なのでドラマの番宣が初のエマでもそれほど失敗を気にする必要のない仕事になる。
生放送でもないので、言い回しを間違えても撮り直せばいいのだから。
「ドラマの撮影の方は順調に進んでいるということですが」
「はい、私はドラマ初主演なんですけど、私以外の方がすごいので関係者の方皆さんのおかげです」
「東西テレビの深夜ドラマとしては初のホラードラマということですが、手ごたえはどうでしょうか?」
「はい、監督も言ってますが、今までにないホラードラマになっていると思います。楽しみにしてくださいね」
「それで今日はですね、撮影を頑張っている赤音さんをねぎらうためにおもてなしを企画してるんですよ」
「ええっ、本当ですか。嬉しいです」
わざとらしく驚いたエマたちがいるのは通常の番宣らしくない山の中の舗装されていない駐車場だった。
「今日はホラードラマにちなんで座敷童が出るということで有名なうどんやさん、山の
「ええっ、あの山の中なのに行列ができることで有名な山の香うどんさんですか?」
だからわざとらしいよ。主演女優のドラマ番宣としては放送事故レベルだ。
ただ、演技力が見えづらく、ヒロインの
演技を勉強中のエマでも頑張ればなんとかなるかも知れないと私は考えていた。
「でも座敷童の出る旅館なら聞いたことありますけど、うどん屋さんって珍しいですよね」
「そうでしょう。珍しいですよね」
山の香うどん、山の中という立地にもかかわらず行列ができることでよくメディアにも取り上げられている。
古民家をリフォームした店内で古い着物を身につけた子供が視界に入って消えるのが目撃されたり、SNSであげられた写真に光の玉や筋が写りこんでいることがあり、心霊的な側面で話題になったことも大きい。
「いつもお客さんでいっぱいでとても収録どころではないのですが、今日は特別に定休日に撮影させてもらえることになりました」
「えっ、じゃあ私のためだけの貸しきりですかなんか悪いです」
「では、このあと中で話題のうどんをいただきましょう」
「はい、オッケーです。この後店内での食事のシーンを撮りまーす」
番組スタッフがエマとレポーターの掛け合いの撮影を止めると、エマは私の方に向かってきて折りたたみ椅子に座った。
カバンからスマホを取り出すとエマはラインをチェックしている。
「あっ、祐樹君からドラマ楽しみにしてますって来てるよ」
「ふうん、有り難いわね。人気アイドルがエマのドラマを気にしてくれるなんて」
「でも、祐樹君ホラー苦手なんじゃなかったっけ」
そこは愛するエマが主演のドラマなら頑張ってみてくれるでしょうよ。
私の方からも初回は少し不思議系のお話なのでそこまで怖くないですよとラインしてフォローしておいた。
ラインの返信を終えるとエマはいそいそとゲームを始める。
「ちょっとエマ、またマジゴー?」
マジゴーとはマジックモンスター&ゴーストというスマホゲームで今社会現象としてニュースで取り上げられるほど流行している。
タイトルが示す通りモンスターや幽霊を実際の位置情報からスマホの地図の中で発見して捕まえていくゲームだ。
「あっ、うん、硝子さんごめんなさい。わかってるんだけどいまちょうど限定イベント期間中で、こういう山の中は心霊系のモンスターが多いんだよ」
「そんなこと理由にならないでしょ」
「そうだよね。ラプラスの悪魔がいたらなあと思ったんだけど、気が緩んでたよ。反省する」
わかればいいのよと言おうとした私の頭がフリーズする。
今エマが聞き捨てならない言葉を発したからだ、ラプラスの悪魔と。
「いや、ちょっと待って、今ラプラスの悪魔って言った?」
「う、うん言ったけど?」
「どういうこと、よく説明して」
「いや、だから今超レアモンスターのラプラスの悪魔が手に入る限定イベント中なんだってば」
驚いた。予知夢の中で意味の分からなかったラプラスというワードがこんなところで繋がるなんて。
しかも探すということはここで私がエマのゲームを止めてしまえばエマが生き埋めになって死ぬということだろうか。
そこまで考えて私は一旦状況を整理した。
いや、それでもゲームのラプラスの悪魔とエマの生き埋めに何の関係があるのか全く分からない。
エマが仮にラプラスの悪魔をゲームで捕まえたとしてそれが死の回避に繋がるシチュエーションが想像できないのだ。
「硝子さん、もしかしてなんか隠してない?」
エマが不審そうに私の顔を覗き込んでくる。
あまりに荒唐無稽な話をドラマ撮影を控えているエマに負担を掛けてはいけないと思い、予知夢のことは説明していなかった。
しかし、探索系のスマホゲームにラプラスというキーワードが登場するならばもはや偶然ではない。何らかの意味があるとしか思えない。
ここまで状況がエマの死を暗示する予知夢と合致するならエマに伝えないわけにはいかない。
「エマ、実はね……」
私はエマに昨晩見た予知夢のことをありのままに話した。
自分自身がまだほとんど理解できていない内容なのでどこまでエマに伝えられるのかは分からない。
「ごめんね、エマ、隠してて」
エマは小悪魔を思わせる顔で私を見据えていたが、関心のある表情で口を開いた。
「それにしても面白いよね。私の死の予言にラプラスの悪魔が関わってくるなんて」
「……ラプラスの悪魔が、どういう意味?」
私自身がラプラスの意味を理解できていなかったのに対し、エマには今回の予知夢と整合する解釈があるようだった。
「知らない? このゲームでは可愛い女の子姿の悪魔になってるけど……本来は悪魔の名前ってわけじゃなくて仮想の概念のことなの」
私は何も答えることができず、ただ視線をエマの方を向けるしかできない。
「平たく言うと万物の動きをすべて把握することができれば未来に起こることがすべて予知できるって。まあ悪魔とは言ってるけど、人間からしてみれば神様みたいなものだよね」
ラプラスの予知、神様の予知と聞いて、私の夢のことが思い出された。
「でも、生き埋めって何だろうね。この山の中で土砂崩れでも起こるのかな」
冗談っぽく話すエマの話を聞いて、生き埋めになるという予知夢の話が急に現実味をもって襲ってきた。
「ちょっとエマ、私の話が信じられないのはわかるけど」
「いや、めちゃめちゃ信じてるよ。それに硝子さんは本気で危ないと思ってるでしょ」
「じゃあ、何でそんなに落ち着いていられるのよ」
私はエマが私の予知夢を本気にしていないのかと思っていたが、本人は信じていると言う。
「本当だよね。自分でも不思議だよ。ほらそろそろ撮影が再開するよ。私のスマホは預けるから硝子さんはラプラスの悪魔をゲームで探しててよ」
私の呼び止めも聞かずにエマは山の香うどんの店内に行ってしまった。
それにしても前回の事件と言い私たちの周りに死の雰囲気が感じられることが多くなった。
最初に思い浮かぶのはテンパランスの危険な心霊案件だ。
それでも前回のパンドラの心霊画廊の調査でも確かに死の危険があったが、私の把握する限りはエマがあのレベルの心霊案件を担当してきたことはないはずだった。
ホラードラマと神に呪われた主演女優、何か不吉な相乗効果の様なものが生まれているのだろうか。
これ以上はいくら考えてもわからないので、腑に落ちない思いを抱えながら私も山の香うどんの店内に向かった。
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