【Episode3】インチキ未来視アイドル天野硝子の接待麻雀

【1】豪華客船でのVIP限定復活ライブ

 その人から電話がかかってきたとき、世間から忘れられそうになっていた私の存在が再び浮かび上がったような気がした。

小饂飩こうどん先輩、お久しぶりです」

「やあ、硝子ちゃん久しぶり。聞いたよ、エマちゃんのマネージャーになったんだって」

「……はい、そうなんです」

 相手は私たちの事務所ではほぼ関わることのない超大物プロデューサーだ。

 小饂飩雅俊こうどんまさとし、かつてはトップアイドルとして人気を博していた人物だ。

 歌やコンサートの売り上げ、集客に関しては言うまでもなく、本名の小饂飩という珍しい苗字にちなんだうどんチェーンのグッズキャンペーンをしたときにはそのチェーン店の過去最高売り上げを叩き出したなど数々の伝説を残している。

 その彼も今は一線を退いてイベントの運営や後輩のプロデュースを手掛けていていた。

「実はマネージャーのきみに仕事を一つ依頼したいんだよね」

「お仕事……ですか?」

「海外豪華客船のステージでライブイベントをやってほしいんだよ」

「ライブ……歌のお仕事ですか。でもエマはグループを脱退しているのでその辺は確かめないと」

「ああ、それなら運営には僕が口利きするし、そもそも一般でお客を募集しない身内の催しだから問題ないよ」

 さすが敏腕プロデューサー、私ごときが懸念することは既に対処している。

「それにエマちゃんのことだけじゃないよ」

「えっ、どういうことですか?」

「硝子ちゃんもステージで歌ってもらわないと」

「えっ、ええっ」

「当たり前だろう、それがこのイベントの趣旨なんだから」

 恥ずかしいことに先輩に指摘されるまで自分がアイドルをしていたことが頭から抜け落ちていた。

「ああ、それと……硝子ちゃんとエマちゃんは確か麻雀は打てたよね?」

「麻雀……ですか?」

 麻雀は麻雀チャンネルのアイドル枠のゲストとして時々呼ばれていた関係で私はそれなりに打てる。

 未来の視えるアイドルという肩書は麻雀だけでなくゲーム関係の番組では需要があった。

 エマもゲーム好きの姉の影響で覚えたと言っていたので打てると思う。

 この突然の依頼の目的が掴めていない私に先輩は矢継ぎ早に質問を出してきた。

 不覚にも私はこの現実離れした状況の中、まるで夢の中にいるように動揺して頭が回っていなかったのだ。



   ◇



「今日は私たちの1日だけの復活ステージ、皆さん楽しんでくださいね」

「じゃあ、次の曲はおなじみ『ダメかわいい幸せチルドレン』です。いっくよー」

 船内の豪華な装飾の施されたステージホールで私とエマのふたりは久しぶりのショーに臨んだ。

 観ているお客さんに大声を出したり踊ったりして応援するアイドルオタクは1人もいない。

 皆初老の紳士と淑女でコース料理とお酒を楽しみながらゆったりと私達のステージを観覧している。

 グループを追放された私たちはもう通常のステージでショーをすることはできない。

 だからこそこの船内でのステージにVIPだけが味わえるプレミア感が付加されるというのは皮肉なことだ。

 誰のチョイスかは知らないが、ステージ衣装はいつものアイドル衣装からひらひらフリルのメイド風コスやちょっとセクシーな赤サキュバスの悪魔風コスまで印象的な衣装が続いた。

「人に受け入れてほしいと思ってるのに~♪」

「そんな人が現れると~自分なんて受け入れようとしないでと感じちゃう~♪」

 私とエマは2度と歌うことはないと思っていたブルーファンタジアの曲から、ふたりでコントやトークショーまで披露した。



   ◇



「ああ、もうだめ。完全に身体がなまってるわ」

「硝子さん、だらしないなあ。このぐらいのステージでへばってちゃだめだよ」

 全国ツアーをまわっていたときは比べ物にならないぐらい苛烈なスケジュールだったが、本当に身体が弱くなっているようだ。

 ショーが終わって私は控室のテーブルにぐったりとひれ伏した。

「お疲れさまでした。赤音さん、久しぶりのステージ良かったですよ」

 そう言って楽屋に入ってきたのはあどけない印象ながら甘いマスクの男の子だ。

「えっ、柊木ひいらぎ君、どうしたの?」

 柊木君は人気アイドルグループ、なにわキッズのメンバーだ。

「あっ、祐樹ゆうき君、来てくれたの。ありがとう」

「いえ、赤音さんがまたステージに立ってくれるって聞いて、うれしくて来ちゃいました」

 なにわキッズは人気グループなのでわざわざ干されたアイドルのところに挨拶に来る理由はない。

 しかし、柊木君のエマをうっとりと見惚れている様子を見てなるほどと感じてしまう。

 しばらく話して柊木君が楽屋を出ていくと私はエマに尋ねてみた。

「柊木君とどういう関係なの?」

「前に祐樹君が入浴中に背後から女の幽霊に襲われるドッキリ企画があってね」

 そのドッキリは私も見たことがあった。

 柊木君の驚きぶりが激しすぎて全裸のまま浴場を飛び出してレポーターだったエマに助けを求めて抱きついた放送事故一歩手前の事態になった。

 柊木君の慌てる様子が可愛くていまだにファンにとっての神ドッキリとなっているようだ。

「その時に私が慰めてあげて、それから仲良くなったの」

 なるほど、幽霊に襲われて助けを求めた先にいたのがエマだったなら、まさしく聖女に救われたような心持ちになったのかもしれない。

「ふふ、それでね。ずっと裸を私に見せつけちゃったから、本人もそれ以来気にしちゃってるみたい」

 エマはそんな風に解釈しているんだ。

「私は別に……そりゃ、初めて、男の子の裸を全部ばっちり見ちゃって、お父さんのも見たことなかったのに」

 ああ、もう、そんな恥じらいを見せられるとあたしもエマを聖女のように感じてしまう。

 けれど、柊木君、あなたの好意を寄せている相手は呪われた聖女で心霊案件を引き寄せてしまう体質よ。

 幽霊が苦手な君にはちょっと荷が重いわね。

 エマに思いを寄せる少年にちょっと心がざわつきそうだったが、エマも特に恋愛感情はもっていないようだしまだまだ余裕な感じで傍観できそうだ。


 さて、この後は接待麻雀に入る予定だ。

 小饂飩先輩からの依頼ではステージ後も私たちの大ファンがいるらしく、そのもてなしとして麻雀に入ってほしいとのことだった。

 接待と言っても勝ち負けがないとつまらないらしく、今回はレート有りでやるらしい。

 このクルーズは現在公海上なので賭け事も違法ではない。

 そのときエマのスマホに着信があった。

小饂飩こうどんさんからだよ」

「たぶん、麻雀の催促よ」

 一瞬違和感があった。

 麻雀の呼び出しなら私の方に連絡すればいいのになぜエマの方にかけてくるのだろう。

 エマは電話に出て小饂飩先輩としばらく話していたが、やがて何か嬉しそうな表情になった。

「硝子さん、麻雀はセットで一人ずつしか入れないみたい。だからちょっとゆっくりしてから来てよ。まずは私が相手してるから」

「え、ええ。じゃあお願い」

 そう言って先に行こうとするエマの様子に私は何か不審なものを感じてしまった。


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