ダムドアイドル  ~追放アイドルはお化けとエロしか仕事がない~

ラグト

【Episode1】死者は堕ちたアイドルをストーキングする

【0】追放されたトップアイドル

「それにしても天下のトップアイドル天野硝子がグループを追放なんてね」


 芸能事務所の応接室に通されるなり、私は体が折れそうなほど深々と社長に頭を下げた。

 黒いスーツに身を包んだ女性社長の声は低く下げられた私の頭をそのまま踏みつけそうなほどイラついていた。


「天野さんやめて。天野さんは悪くないよ」

 私はつい先日スキャンダルが発覚して、所属していたアイドルグループ『ブルーファンタジア47』を追放された。


「エンジェルグラスと呼ばれた占いがまさかの詐欺とかお笑いよね」

「社長違うの。天野さんの未来が視えるっていう触れ込みは私の時と同じで何か売りを欲しがった運営から無理やりつけられたの」

 それはジャンケンでグループのセンターを決めるイベントで私が優勝したのがきっかけだった。

 運営は私に未来を視る力「未来視」ができるという触れ込みで私を宣伝してしまった。

 幸いにもその未来視のアピールは大当たりでバラエティ番組やファン交流イベントで私の占いは大いにもてはやされた。

 テレビ番組では私が有名人を占うコーナーが作られ、握手会のイベントにいたっては私の何気ないアドバイスに涙を出して感激するファンもいた。

 程なくしてその未来視は天野硝子という私の名前からなぞらえて『エンジェルグラス』と呼ばれるようになった。

 元々私に関しては黒髪の和風美少女アイドルで売ろうとしていたので、西洋文化のエンジェルと結び付けられることに違和感はあった。

 けれどもこういうのは言葉の響きやフレーズが良ければ細かいことは気にせず受け入れられるものなので、すぐに私自身もエンジェルグラスの愛称を自然と使うようになった。


「それが握手会で暴漢に大けがを負わされることでスキャンダルに……」

「なんで天野さんが悪いの。天野さんは暴漢に襲われた被害者だよ」

 いつの時代にも頭のおかしいファンはいる。

 ある握手会で本当に未来を視る力があるのか試したかったという男が巧妙に隠し持っていた警棒で私に襲いかかったのだ。

 その男は格闘技の経験があったようで、警備員もなぎ倒し取り押さえられるまで私を何度も何度も警棒で殴打した。

 私は頭と腕の骨にひびが入る大けがを負わされてしまった。

 その犯人は会場で取り押さえられるまでの間、私が自分に降りかかる災難さえ視ることもできない詐欺アイドルとファンに向かって騒ぎ立てた。

 マスコミは話題になるからか一部その犯人の主張に乗ってしまった。

 また運営サイドも警備体制不備の追求をそらすために私が率先して未来が視えると吹聴していたとマスコミにリークしたのだった。

 週刊誌やワイドショーでは私が占う相手の情報や背景を事前に調べていたことが連日報道された。

 世の中は運営側の思惑通りファンをだましていた私の方が悪いという空気になっていった。


「それで身ぐるみはがされてグループ追放なんて自業自得じゃない」

 その後レギュラー番組を降板になったばかりか、すでに契約していたCMにも億を超える違約金が発生した。

 私は番組出演料や本の印税など払えるものはすべて事務所に取り上げられてしまった。

 事務所側からの請求は温情として私がこの春から通い始めていた大学の学費が払えるぐらいには抑えてくれたらしい。

 週刊誌の記事でこれからは学業を優先してまっとうな人生を送ってほしいと事務所が答えていたのにはさすがに苦笑してしまった。

 しかし、ネット上にはもう18歳なんだからもっと遠慮なくむしりとって風俗で働かせろよという下品なコメントも溢れたので、それに比べれば全然マシともいえる。

 実際、アダルトビデオの出演依頼まで来ていたのだ。

 未来の視えるアイドル対レイプ暴行魔とかいう企画書を見た時はなるほど私のバージンが暴行魔にめちゃくちゃに散らされるというのは少しブレイクするかもと思った。

 そしてなにより私のトラウマを全く顧みない非情さにあらためて頭が盛大にブレイクしている業界だと感じた。

 本当にハイエナが私の肉の残りかすを食べ、内臓を食らいつくすだけでは飽き足らず、骨までしゃぶろうとされた。


 とはいえ、騒動としては本来これで終わりだったのだが……。

 私の追放に異議を唱えるメンバーがいたのだ。

 今私が謝罪に赴いている芸能事務所に所属しているメンバー、赤音あかねエマだ。

 私と同じ18歳だが、ブルーファンタジア47には私にあこがれてオーディションを受けたと公言しているので、私の後輩的立場のメンバーになる。

 彼女はイギリス人のクォーターで「アカネ」という珍しい響きの苗字とその滑らかな栗色の髪の毛が印象的な可憐な容姿をしている。

 エマの愛らしく清楚な雰囲気に彼女はファンから聖女という愛称で呼ばれていた。

 その彼女が運営のやり方に激怒し、グループを追放された私を追いかける形で脱退を宣言してしまったのだ。

 本来こんな一方的な申し出は運営や事務所側で取り下げるように調整されるものだが、エマの宣言は騒動の火に油を注いでしまった。

 ワイドショーはエマと運営側の対立を煽り、連日面白可笑しく放送した。

 あまりの報道の過熱ぶりに事務所側も穏便に火消しができなくなり、エマも頑として抗議をやめなかったので脱退が覆ることはなかった。


「……エマの移籍金も全く回収できてないのに」

 ブルーファンタジア47ではメンバーが事務所を移って活動することがよくある。

 エマはまだグループに入って日が浅かったので、ドラマの主演やCMの出演などの目立った実績はない。

 エマについてはこれから人気が出てくることを見込み、この事務所が先行投資で手に入れたのだろう。

 しかし、エマがグループを脱退してしまえば期待していた収入は難しくなるどころか運営に楯突いた異分子を業界は起用しづらい。

 実際、彼女は一時ワイドショーや週刊誌で注目されたことに反比例して、芸能界からはどんどん干されて行った。

「わ、わたし、がんばってお仕事するから、ちゃんと稼いで見せるよ」

 あいかわらず不機嫌な顔のまま社長はエマの決意を聞くと彼女の方を向いてあやしげに笑った。

「そう、じゃあさっそくあの得意先からまたお仕事の依頼が来てるわよ」

 社長の声は淡々としていたが、その目は冷たい。

「えっ、あ、あそこはわたしちょっと……」

 強気に意気込んでいたのに「あの得意先」という言葉が出た途端エマの表情が曇る。

 見た目は大人しそうだが脱退の決断を曲げなかったことからもエマの意志は基本強い。

 そのエマの気持ちが揺らぐほど不快感のある仕事先なのだろうか。

「……すいません。あの得意先というのはなんでしょうか。まさかいかがわしい営業を彼女に?」

「あなたには関係のないことでしょう。どのみち部外者のあなたにうちの顧客のことは教えないわよ」

 強気に自分を奮い立たせていたエマが次の瞬間尻込みしてしまうような仕事……そんな環境に彼女を追い込んでしまった自分が本当に情けなく感じた。

 

 自分が追放されて終わりだと思っていたのに……。

 

 自分のせいでグループを脱退したこの可愛い後輩をどんな手を使ってでも売れさせたい。


 けれども、すべてを失った私にいったい何ができるのだろうか……。


 未来の視えなくなってしまったこのエンジェルグラスに……。

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