4―37 真昼の決闘
マリウスとハティを包んだ炎が、ぐるぐるとマリウスの周りを回り出す。
渦は竜巻に変わり、三つ、五つ、八つと別れて、散会してマリウスに迫っていたケリー達を襲った。
「うおおっ?!」
20本の竜巻が、土砂を巻き上げながらケリー達の周囲を包む。
ケリーは剣を地面に突き立てて“魔法耐性”と“物理耐性”を全開にしながら、飛ばされない様に竜巻に耐えた。
「きゃあ!」
体重の軽いソフィーが風に巻き上げられて宙に浮く。
「くう!」
ソフィーを助けに行こうと手を伸ばすが、巻き上げられる土砂で、直ぐに姿が見えなくなった。
竜巻はエレノア達も襲った。アデルがエレノアの頭を地面に押さえつけて、盾をかぶせる。
「ぶふぁっ! ちょっと何すんのよ!」
「伏せてろ! 飛ばされるぞ!」
アデルが叫んで自分の拳を地面に叩きつけた。
地面に拳をめり込ませて体を低く伏せて、竜巻が通り過ぎるのを耐える。
ようやく風が収まって来た。
「なんだ今の魔法は! 特級殲滅魔法か!」
怒鳴るバーニーに、起き上がったエレノアがケリー達に駆け寄りながら叫んだ。
「違う! これ“トルネード”よ!」
「初級魔法じゃねえか! なんだこの威力は!」
ケリーはやっと晴れて来た視界の先に、マリウスがいないのに気づいた。
全力で“気配察知”を周囲に走らせる。
「上だ! 来るぞ!」
上空からハティが急降下して来るのが見えた。
ケリーが咄嗟にハティに向かって“剣閃”を放った瞬間、凄まじい衝撃がケリー達を圧し潰した。
「ぐえっ!」
バーニーが仰向けに地面に叩きつけられ、口から血を吐いた。
何とか衝撃に耐えたケリーが立ち上がる。
アデルもよろよろと立ち上がった。エレノアは失神している様だ。
ケリーがマリウスの姿を探して辺りを見回したが、今度は後方から衝撃が来た。
ケリーの頭の上をアデルの巨体が飛んでいく。
ケリーは受け身を取って転がりながら、駆け抜けていったハティとマリウスが、前方で止まって此方に向きを変えるのを見た。
ミスリルの大剣を構えたケリーは、マリウスに向けてユニークアーツ“千剣乱舞”を放った。
数百の理力の刃が、風に舞う様にマリウスとハティを襲う。
ケリーが最後に見たの、理力の刃がマリウスとハティの周りで全て砕け散る姿だった。
前方から見えない壁の衝撃がケリーを襲い、ケリーは意識を失った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
マリウスがハティに跨って西門に戻って来ると、クルト達騎士団の兵士達が代りに門の外にケリー達の回収に出て行った。
ソフィーは離れた木の枝にぶら下がっていた。
結果的に彼女は一番軽傷で済んだ様だ。
マリウスはエルマの前に来ると、ハティから降りた。
「あの人達は村のルールを破ったので、暫く牢屋に入って貰います」
騎士団の屯所の地下に、牢を作ってあった。『白い鴉』の5人が牢に入る第一号になった。
「ご迷惑をおかけして申し訳ございません、執政官様」
エルマがマリウスに詫びると、マリウスが笑って首を振った。
「いえ、問題在りません。ゴート村にようこそ、司祭様」
〇 〇 〇 〇 〇 〇
「成程、ゴート村の奇跡の水の所為でポーションが全く売れていないのですか。それはお困りでしょうね」
聖騎士エミールがエールハウゼン薬師ギルド支部長、エリアス・ベーカーの話に大袈裟な相槌を打った。
「はい、この半月ポーションの注文が全くなくなり、此の儘ではこのエールハウゼン支部は閉鎖に追い込まれてしまいます」
「ゴート村の奇跡の水と云うのは、それ程の効能があるのですか?」
傍らで話を聞くエルシャが、信じられないと云ったようにエリアスに尋ねた。
「噂では膝を砕かれて杖なしに歩けなかった患者が、奇跡の水の風呂に三日通ったら、杖なしで歩けるようになったそうです。それだけでなく、長年肺の病で医者も見放した患者が、奇跡の水を飲んですっかり元気になったとか、寝たきりだった老人が起き上がれるようになったとか、様々な噂がこの街で飛び交っております」
「それは凄い事ですね、しかし子爵様はその水を、ポーションとして販売しては居ないのでしょう」
「それが問題なのです。そのような効能のある水を無償で民に与えられては、誰も金を出してポーションを買おうとは致しません。噂は公爵領にも伝わり出し、既にゴート村を訪れる者がかなりいる様で、彼方でもポーションの売り上げが激減しているそうです。ベルツブルグの支部からも何とかできないかと苦情が入っている始末で御座います」
エリアスが縋るような眼でエルシャを見た。
クレスト教会と薬師ギルドは、長年関係が深い。病人の治癒を生業にする教会と、薬師ギルドは切っても切れぬ関係である。
クレスト協会は薬師ギルドに様々な便宜を図り、代わりにポーションを安価に提供して貰い、患者から多額の治療費を得る事で莫大な収益を上げていた。
更にこのライン=アルト王国の薬師ギルドのスポンサーは、王国の親クレスト教皇国派の盟主である西の公爵家、エールマイヤー公爵家であった。
エルシャ達も、薬師ギルドエールハウゼン支部の訴えを無下には出来ない。
「お立場は理解致しました。我々の方でも直ちに動いてみましょう。王都の枢機卿猊下に訴えて、アースバルト子爵殿のギルドの権利侵害について問題にして頂きましょう」
エミールの言葉にエルシャが首を傾げる。
「アースバルト子爵様が水を売って利益を得ていないのであれば、ギルドの権利侵害には当たらないのではありませんか?」
ポーションの製法と素材の独占、価格の決定は薬師ギルドに認められた権利であるが、価格の無いタダの水に、権利侵害が適用されるとは思えない。
「現にポーションが売れなくなっているのですから大義名分は幾らでも立つでしょう。要はゴート村に乗り込む為の口実が出来れば良いのですよ、司祭様も件の少年にお会いできるかもしれませんよ」
不敵に笑みを浮かべるエミールに、傍らで話を聞いていたルーカスも頷いた。
「上手くいけばエルマを始末する口実も出来るかもしれん。儂が枢機卿猊下に相談しに直接王都に参ろう」
エルシャは二人の聖騎士を、危ぶむように見ながらエリアスに尋ねた。
「それで薬師ギルドとしてはその水を如何したいのですか? 聞けばゴート村の執政官マリウス・アースバルト殿は其の水を、無償で村人の家全てで使えるようにし、更に移住者、特に職人の移住を求めておられるとか。薬師ギルドが望めば何時でも村に移住して、その水を使って製薬する事も出来るのではありませんか?」
「それでは意味がありません。我らギルドだけがその水を独占出来なければ、ギルドが利益を得る事は出来ないでしょう」
欲望を丸出しのエリアスの言葉に内心の不快感は全く表情には見せず、エルシャは嫣然とほほ笑んで言った。
「わかりました。それではその様に枢機卿猊下に私からも文を書いて添えましょう」
嘗て自分の故国は、こう言った俗物たちの欲望によって滅びていった。
マリウス・アースバルトが女神の加護を受けているのなら、この試練をどのように跳ね除ける事が出来るのか見てみたい。
重そう金貨の入った袋を、寄進と称してルーカスに渡すエリアスを冷めた目で見ながら、エルシャはそんな事を考えていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
エルマは三人の女官を連れて新しい屋敷に入って行った。マリウスも新しい屋敷に戻った。
午前中に畑を拡張していたので魔力は半分ほどしか残っていない。
ダックスが獣人たちの移民を連れて来た時の為に耕地を増やしていたのだ。
マリウスはステファンに貰った剣を取り出すと、鞘から抜いてみる。マリウスには少し長すぎる剣だが、思ったよりは軽かった。
マリウスは剣を構えると、ゆっくり剣に魔力を流してみた。意外と簡単に魔力が流れていく。
魔力をどんどん流し込んでみると。銀色の刀身が輝きだした。
これ以上は変わらないというところまで魔力を流すと、そのまま維持してみる。
5分程魔力を流し続けた処で、魔力を止めてみた。光が消えて元の銀色の刀身に戻った。
魔力を確認すると600程減っていた。かなり魔力を食う様だ。
今の魔力量では魔力を流しながら使えるのは30分位だった。マリウスは魔力量を増やすために、更にレベル上げが必要だと思った。
マリウスの“結界”は、基本的には空間系の魔法スキルの一種なのだが、“結界”そのものがマリウスと相手の魔力を遮断しているのと、“鑑定妨害”のアイテムの働きで、魔力の流れも術式も隠せるので、相手に発動も本質も覚らせない。
“トルネード”の術式も隠そうと思えば隠せるのだが、“結界”の正体を隠して相手を攪乱する目的と、魔力効果の差を見せつけるはったりになるので、此方は敢えて結界の外から発動し、術式を見せる事にした。
魔物との戦いの中で自然に身に付いたマリウスの戦い方だが、初見殺しでうまく嵌ったおかげで、『白い鴉』の五人を難なく圧倒出来た。
恐らく彼ら『白い鴉』の実力はかなりのものだったとマリウスは思った。
特にケリーのタフさと、最後に放ったアーツの威力は恐らくステファンと同等、彼女もユニークだと思われた。
ケリーと槍士の大剣と槍は、どちらも銀色に輝くミスリル製だった。
高価なミスリルの武器を装備している処を見ると、『白い鴉』の五人はかなり高ランクの冒険者と思われた。
Sランクの冒険者にもなると、指名依頼で領主の騎士団と共にレア魔物の討伐にも参加すると聞いた事がある。
やはりジェーン達が言っていたようにレア以上の魔物を倒すには、ミスリルの剣に魔力を流して戦うのが有効なのだろう。
マリウスはステファンから貰った剣を持って、ハティと東の森の奥に向かった。
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