最終話「(こんぱす)」
「本当にありがとう! あの時は助かった!」
これで何人目だっけか。途中から数えるのが面倒で辞めてしまった。
あの大事件から数ヶ月経ち、桜の季節、卒業の季節。
アタシがこれっぽっちも関わったことのない先輩たちは月乃に群がり、口を揃えて感謝を叫んでいる。
桜の雨が降り注ぐ中、月乃の前に出来る卒業生の列。
「普通、逆だろ。なんで在校生側に列が出来てんだよ」
「英雄ですから」
隣で一緒に眺めていた会長がさらりと言ってのける。
英雄……か。
夜刀神を鎮めたあの日、戦闘場所を学校にしていた影響で避難していた奴ら全員がアタシたちの戦いを見ている。
途中から天狗の力で大暴れした月乃が英雄に見えても変じゃない。
だけど。
「それなら会長と綾人と會澤だってそうだろ」
「梵さんも、ですよ」
「アタシは普段の素行が悪いから仕方ないんだよ。別に感謝も求めてないし」
「それでも救ったことに変わりはありません。とは言え、下手人との関係性の影響は大きそうです」
夜刀神の依代になったのが日威愛良。アタシの母親だ。
それを学校の奴らが知ってからは母親の起こしたことなんだからお前が始末を付けるのは当たり前。そんな雰囲気が出た。
なんでアタシの責任みたいになってんだよふざけやがって。
「夜刀神が学校思いっきりぶっ壊すように立ち回れば良かったかもな」
「まあまあ。全員が全員そうではないでしょう。例えばこれとか」
会長が取り出したのは学園新聞。あの一件以降全く触れていなかった。
「救世主梵心優……なんだこの見出し」
夜刀神様の暴走から皆を救った立役者。
最前線で鹿島神社の衣笠風花さんと共に戦い、素早く指示を飛ばす等リーダーシップに富んだ活躍も魅せた。戦線に出ていた生徒会長たちも勿論、最終盤で大きな役割を担った影山月乃さんに注目が集中するのも頷ける。しかし、それで梵心優さんの活躍を蔑ろにして良い訳ではない。小学生の勇気さえも信じて戦い抜いた指揮官は間違いなく我々を救った英雄だった。
そんな風に書かれていた。
「勘弁してくれ。アタシは月乃たちを守りたかっただけだ」
「良いではないですか。見えざる手のようなものだと思いましょう」
「そんなもんか?」
新聞を会長に返す。
それにしてもあの新聞部がこんな記事を書くようになるとは人も変わるもんだ。
すると卒業生女子の数人がこちらに近付いてきた。
「あ、あの……あの時はありがとうございました!」
「「「ありがとうございました!」」」
突然、頭を下げられて苦笑いするしかない。
隣を見ても「ほらね」と顔で言ってるだけで会長は何もしてくれない。
「別に。お礼なんか要らねーよ。アタシの為にやっただけだから」
「お礼も私たちが言いたいから言いました! では!」
それだけ言って走り去ってしまった。
「まあでも悪い気分はしないな」
「でしょう?」
「ごめんごめん! すっごい一杯絡まれちゃった」
「絡まれたって言ってやるなよ」
そこへギターケースを背負った月乃がアタシたちのところへ駆け寄ってくる。
アタシも地面に置いていたギターケースを背負い、三人で学校を出る。
「ソヨはやっぱり銀髪が良いね」
「正直アタシもそう思う。もうこれがしっくりくる」
月乃に褒められたからって理由は言ってない。言わなくても良いだろう。
「また普通の日常が戻ってきたんだね」
「そうだな。アタシが怖がられて、月乃が慕われて、毎度の如く生徒会室でワイワイする。最高だよ。戦いに明け暮れる日々はもう懲り懲りだ」
「そうですか? 私は楽しかったですよ?」
「じゃあユーナに頼んで特殊部隊にでも入れよ」
生粋のヤンキー女め。
アタシが喧嘩をする時は反撃からだ。腹が立つことを日常的に起こされるなんて嫌だ。嫌過ぎる。ぶん殴っても許されるならまだ良いけど、そうじゃない時もある。
「私はソヨに賛成。でも天狗様の力の特別感は凄かった。また普通に戻っちゃったのはちょっと寂しいかも」
「良いじゃん。アタシの特別になれたんだから」
「ふへっ!?」
「あら? あらあらあら、そう言うことでしたか」
今まで會澤しか知らなかった関係を暴露された月乃が真っ赤な顔で慌てる。
会長は元々アタシの好意を知ってたからそこまで面白い反応は見られない。面白い反応なんて見たくもないけど。
これから練習だから月乃はそれまでに平静を取り戻してくれないと困るし。
「バイクのメンテ終わったらおっさん誘ってツーリング行こうぜ」
「良いですね。何処まで行きましょうか」
「えっ、私は!? 私も行きたいんだけど!」
「「……」」
「なんでそこで黙るのっ!」
「ではまた」
「じゃあな!」
「逃げんなー!」
会長と別れ、逃げ出すように走れば月乃が追い掛けてくる。
やっぱり月乃は揶揄い甲斐があって楽しい。会長が同じ思考で完璧な対応をしてくれるのも助かる。
いつもバイクで帰ってることを考えるとこうして歩きも悪くないな。
「と言うかバンド始めるならベースとドラム探さないとじゃない?」
「アタシは月乃にベースやって貰うはずだったんだけどな」
「ソヨがやってよ」
「嫌だね。そもそもメンバーの心配する前に月乃は練習しろ」
「分かってるよー!」
そんな会話をしながら歩いている途中、スマホを見ながら歩いていた人物に声を掛けられた。
銀髪と金髪コンビに良く話し掛けようと思ったな。
「あの、すみません。この場所に行きたいんですが……あれ?」
「ん……あっ?」
道を聞いてきた人はあの時、ライブのチケットを譲ってくれたあの人だった。
「あの時はありがとうございました。ライブ、楽しかったです」
「そうみたいだね。進むべき方角は見つけられたかな?」
「はい! バッチリ!」
「そっか。それは良かった」
アタシは月乃と出会った。
進むべき方角がこれからずっと一緒かどうかは分からない。
けど、これからのことはどうでも良い。
今、アタシは進みたい方向が分かっているんだ。分からなくなるまで、変えたいと思うまでは突き進むとしよう。
月乃と一緒に。
出来ることなら遥か先の未来までアタシの方位磁針であり続けて欲しい。
そう思った。
来波示 絵之空抱月 @tsukine5k
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