第49話「とりがーろっく」


 「そっか……そう言うことだったのね……」

 

 思わず体が震えてしまいそうな笑みを浮かべる夜刀神様。

 攻撃の手を止めた夜刀神様の近くでフウちゃんが下段の構えで様子を伺い、ソヨが私たちを庇うように立つ。荒くなった息を整えてる。

 

 「すっかり騙されたわ……この場所で待っているからてっきり学校を守りたいと思ってたのだけど、違うのね? 守りたいのはその子たちだけなのね?」

 

 ソヨは答えない。ただ息を整え、次の動き出しにだけ集中している。


 「だって学校に被害が出たのにこれっぽっちも目を向けることなくその子たちだけを心配している。つまり、守る為にこの場所を陣取ったのではなく、守らなくて良いからこの場所を選んだ。でしょう?」


 夜刀神様の推察は正しい。

 ソヨは学校がどうなっても良いと思ってる。だからこうやって私や綾人、お爺ちゃんで学校への被害を防いでいる。

 今の流れだけで見抜いちゃうんだ……ソヨのお母さんの地頭が良いのかな。


 「だったらどうした?」

 「新しい躾を思い付いたわよ? 学校を守る必要がないのなら、それが意味するのはスケープゴート。心優が守りたいのは島民ね?」


 パチン、と夜刀神様が指を鳴らせば今まで学校を狙っていた蛇人間たちが踵を返し、校庭から逃げるように走り出す。

 違う、逃げたんじゃない。狙いが変わったんだ。

 そこそこ馬鹿な私でも分かる。

 

 「衣笠、街の人員は?」

 「それなり。ただ敵が増えるなら人員も増やしたいわねぇ?」

 「なら綾人と会長は蛇人間共を追ってくれ」

 

 手持ち無沙汰になり、合流したホノちゃんにソヨが告げる。

 迅速な決断に異を唱えたのはフウちゃん。


 「あの数に二人じゃ少ないわぁ。少なくとも三人欲しいかしらぁ。それかお爺さんが居たら安心ねぇ?」

 「夜刀神から爺さんを離す選択肢はない」

 「そうよねぇ。雑兵を気にしなくて良くなるならねぇ」


 蛇人間全員の狙いが学校から外れるのであれば夜刀神様だけに集中出来る。

 あのソヨとフウちゃんの二人掛でも決定打に欠けている。ならお爺ちゃんが加勢したほうが良いと言うのは分かる。

 でも、こう対処を考えてる間にも蛇人間の大群は街へと……待った。

 少なくとも三人……?


 「なら私が行く。私が街を守——」

 「駄目だ」

 「なんで!」

 「月乃は学校を守れ。蛇人間が居なくなったからって学校の奴らが安全とは言えねぇんだぞ」


 ソヨが学校を守る気がないのは分かってる。冗談抜きでソヨは守らない。

 だからこそ私に守れ、と言ってるんだ。

 でも……けど……そうしたら街の方は本当に二人で大丈夫なの?

 ソヨと同じ力を譲渡されているけれど遠距離攻撃も範囲攻撃もない。敵の数に対して戦力が足りていない気がする。

 どうしようもないことがあるのは分かってる。

 分かってる。

 分かってる——けど分かりたくない。

 我儘を言おう。学校はソヨに守って貰う。夜刀神様もなんとかして貰う。

 それを頼もうとした瞬間、頭上から誰かが落ちてきた。


 「な、ナナウミ!?」

 「わたしが行くよ。これで三人!」

 「言ったな? 責任持てよ? 行って来い!」


 ソヨが震えるナナウミの背中をバチン、と叩いた。

 その音がゴングと鳴り、お爺ちゃんのお札から溢れた炎が夜刀神様を呑み込み、アヤたちがその横を通り抜けて街へと繰り出す。

 炎を物ともせずに飛び出してきた夜刀神様とソヨたちの第二ラウンド開始。

 ソヨが自慢のスピードでグラウンドを疾駆し、足技を中心に夜刀神様を攻めて攻めて攻めまくる。嵐のような怒涛の攻撃。

 その荒風を乗りこなしているのはフウちゃん。

 ソヨの邪魔をすることなく、お爺ちゃんの魔術に巻き込まれないように立ち回りながら的確に首や急所を狙う。

 まるで画面の向こう側のような異次元の景色。

 だけど、どれも有効打にはなってない。夜刀神様の勢いは変わらずにソヨたちを攻め立てる。 

 蛇人間が居なくなった私は手持ち無沙汰。

 加勢したい……私もソヨと肩を並べて戦いたい……!

 でも、私が加勢したところでどうにかなることでもない。ソヨにも手を出すなと言われちゃってる。

 眺めていることしか出来ないなんて……!

 ぎゅーっと拳を握り締め、戦況を眺めていたその時だ。


 「今……笑った?」


 夜刀神様の口角が上がったように見えた。

 嫌な予感が全身を駆け巡る。


 「フウちゃん! ソヨを守って!」

 「——」


 直様フウちゃんがソヨの前に立ち、夜刀神様の鋭い爪を薙刀で受け止めた。

 変化が訪れたのはその直後、ソヨと——私だった。

 ソヨの綺麗な白銀の髪が段々と黒に染まっていく。

 私の全身に溢れていた謎の力の感覚も何処か遠くへ消えていってしまう。校舎の窓ガラスを見れば白銀のメッシュもなくなっていた。

 

 「その力は元々こちらのものだ。返して貰うわよ!」

 「心優!」

 「ギンちゃん! 下がって!」


 特異体質がなくなったソヨを守る為にお爺ちゃんがフウちゃんと一緒に前へ。

 

 「邪魔だ老いぼれと小娘!」


 一瞬で二人がのされ、ソヨはまたもや砂を投げ、ギリギリで飛び退く。

 力がなくなってもそれなりに動けている。けれど、回避しか出来ない自分に苛立ち、ソヨは悔しそうな顔をしている。

 それに特異体質がなくなって、私の力もなくなったってことは……。

 ナナウミたちの力もなくなってるはずだ。

 皆んなが単騎で戦ってるのだとしたら、いきなり力がなくなったら?

 

 「どうしようどうしようどうしようどうしよう」


 声に出しても何も変わらない。

 皆んなのことも心配。心配だけど何処に居るのかも分からないし、私が駆け付けて何か出来るの?

 街で戦ってるのなら最悪鹿島神社の人たちが居るかも知れない。

 ……。

 ………。

 …………。


 「いや、違う」


 あの日、ソヨに言われたことを思い出す。

 私は目の前の困った人を助けたい。全員は無理だ。

 

 「私が今やるべきことは——ソヨを助けることだ!」


 夜刀神様の猛攻から逃げ続けるソヨに向かって走り出す。

 相手は神様。

 私は特別な力も何もないちっぽけな人間。

 

 ——出来るのか?


 ——どうやって?


 深層心理の私がそう問い掛ける。

 方法なんて分からない。

 でもあの人ならこう言う。


 「まずは出来るって言う。方法はそれからだ……!」


 走りながら戦う算段を組み立てる。

 生身でどうにか出来る相手じゃないのは分かり切ってる。

 視界に映るのはまだ意識が戻らないフウちゃんとお爺ちゃん。


 「あれだ! ソヨ!」


 フウちゃんの薙刀を手に取り、ソヨに。

 間一髪でソヨが夜刀神様の攻撃を防ぐ。


 「邪魔をするなぁああああ!」

 「月乃!」

 

 背中の蛇が一直線に伸びてくる。

 私はお爺ちゃんの傍に落ちていたお札を拾い、蛇に向けた。

 なんとなくで手にしたそのお札からは冷気が放たれ、蛇は硬直。

 今のは防いだけどまだまだまだまだ足りない。

 夜刀神様と張り合えるくらいの力は……!

 ハッとして上空を見上げる。


 「……烏」


 度々助けてくれた愛宕山の天狗様。

 その天狗様に向けて強く、願う。

 お願いします。私に戦う力を下さい。人が強大過ぎる力を持った時の恐ろしさは分かってます。

 目の前に広がる光景がまさにそれだ。

 今だけで良いんです。

 今、この場でソヨを助けられるんだったらこれから先、特別な力なんて要らない。

 特別じゃなくて良い。

 しかし、特に何が起きる訳でもない。


 「あぁもう! 緊急事態だって言うのに!」


 とにかく私は夜刀神様に向かっていく。

 もう怒った。下手に出るのなんかもう辞める!


 「夜刀神様と一緒に島を守ってきたんでしょ! 戦友にこれ以上罪を重ねさせて良いの!? 愛宕山から出られないなら私に力貸せこのどへぼやろう!」

 「邪魔をするなって言ってるでしょう! 凡人は引っ込んでなさい!」


 ソヨを突き飛ばした夜刀神様のヘイトが私へと向いた。

 大きく腕を引き絞る夜刀神様。本気で殴ってくる。

 どうにかして避けてやる。

 そう思った矢先——私の周りを風が取り囲み、夜刀神様を弾き飛ばした。


 「何が起きてるのよ!?」

 「月乃……お前……」


 頭には髪飾りのように烏天狗のお面。

 腰には筑波山でも使った刀。

 手には錫杖。

 目には見えないけど多分、背中に翼も生えてる。感覚的に。

 体の底から力が溢れてくる。

 ソヨから分譲された時以上だと思う。


 「勝負だ夜刀神様! 私はあなたを吹き飛ばす!」

 「舐めた口を聞くなあああああああああ!」


 最早今の人格がソヨのお母さんなのか夜刀神様なのか分からない。

 私は速攻で空に逃げ、ひらりひらりと蛇の口から放たれる光線を避けながら風の刃で雨を降らせる。

 その刃が蛇を斬り裂き、二人の蛇人間が出現。


 「馬鹿ね! 手数を増やしてるぞ!」

 「手数ならこっちも増やせるもんね!」


 私は分身を二体作り出し、それぞれ蛇人間に向かわせ——秒殺。

 幾ら強化されたと言ってもソヨたちが余裕で倒せるくらいの強さ。

 今の私が戦うなら余裕だよーだ!

 でも、分身は自動で動いてくれないんだ……死ぬほど頭疲れるから乱用は控えないといけない。

 空で戦うのは優位だけどやっぱりあんまり攻撃が通ってない。

 腹を括るしかない、か!

 錫杖を一旦手放し、刀を手に接近戦を挑む。


 「うりゃあああああああ!」

 「そんな動きで斬れるものか!」


 私の斬撃を夜刀神様は両腕で防御。更に反撃。

 どうやら腕の肘から先と足の膝から下は刃物を受けても大丈夫らしい。

 逆に考えれば防御をしないとまずいとも言える。

 だから勝てるチャンスは……まだある!

 そしてごめん。ナナウミ、アヤ、ホノちゃん……そっちには行けない。

 すると——声が聞こえた。


 『おらぁ! 妖怪なんかに負けるかよ! 舐めんな!』


 おじさんの声。


 『今まであの子たちに助けて貰ったんだ! 大人が頑張らなくてどうするんだ!』

 『下がってて! フライパン捌きを怪物に見せてあげるわ!』

 『一本足打法をお見舞いしてやる!』


 風に乗って運ばれてきたのは街の皆んなの声。

 ナナウミたちは無事だ。

 私は気合を入れ直し、また刀を振り抜いた。

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