第41話「つきのばくげきき」


 ペンタブの画面にスタイラスペンを走らせる。

 絵なんて美術の授業以外で描いたことないのに同人漫画の手伝いをしていた。

 その途中でスマホの通知が鳴り、慌ただしく画面を見る。が、それは月乃からの通知じゃなく、もうほぼやってないゲームの通知。

 

 「月乃からだった?」

 「いや、どうでもいい通知」

 「昨日の写真から音沙汰なしかぁ。月乃のことだから雰囲気を楽しむ為にスマホはリュックに突っ込みっぱなしなんだろうね」

 

 ペンを置き、珈琲を飲みながら會澤が言う。

 昨日送られてきた写真には少年と母親が写っていた。なんでも月乃たちの班だったらしく、不思議な縁があるものだと思った。

 四人揃って串に刺さった虹鱒の塩焼きを持ってたっけ……美味そうだったな。

 

 「そんなに心配?」

 「最近物騒なのもあるから」


 それにアタシがぶっ倒れてからのメンタルが心配だ。あの時言った言葉は本心だし、月乃も納得してくれた。けど、あれで罪悪感が消え去る性格じゃない。

 精神面の方が心配だからこそ何も起きてないのにキャンプ地に行くのも避けたい。

 罪悪感がある月乃には逆効果だ。


 「何かあれば月乃かアヤが連絡してくれるでしょ」

 「電話出来る余裕があれば良いんだけどな」


 そうやって會澤の冬コミ原稿を手伝っていたらスマホが鳴った。

 今回は通知音じゃなくて呼び出し音。

 ……瓶底宮司から?


 「もしもし?」

 『梵君、無事ですか?』

 「無事だけど? どうかしたのか?」


 瓶底宮司のただならぬ声色にアタシはスピーカーをオンにする。


 『お恥ずかしい話ではあるのですが……天津甕星の封印が解かれました』

 「は……?」

 「天津甕星って前に梵さんと月乃が話してくれた……? まずくない!?」

 「要石が引っこ抜かれたのか?」


 地中深くまで差し込まれている要石を引っこ抜ける奴が居るのか?

 いや、居るかどうかを疑っても仕方ない。抜けてる時点で居ることは確定している。考えるべきは誰がやったか、だ。

 

 『その日は風花さんが交戦し……敗れました』

 「はっ!? あいつは無事か!?」

 『はい、今は病院でザック君に診てもらっています。意識が戻り次第、襲撃者の話を聞くつもりです』


 衣笠が負けるほどの相手……と言うことはかなりのやり手だ。

 それこそアタシと同じくらいかそれ以上の可能性もある。


 『その影響か夜刀神の動きが活発になっているようです。ところで、あのキャンプイベントはどうなっていますか?』

 「今も継続中。月乃と綾人が参加してる」

 『何処の山でやっているか分かります?』

 

 月乃に誘われるがままに行こうとしてたので詳細を知らない。

 

 「あ、もしもし。宮司さんですか? 會澤です。月乃たち、筑波山でやってるみたいです」

 

 そこで會澤が要項を見ながら瓶底宮司に教える。

 筑波山。名前は聞いたことがある。常陸島でもそれなりに有名な山だったはずだ。


 『筑波山ですか!? それはいけません! あの山は大渕山と連なる山ですよ!』

 

 驚きのあまり声も出ず、會澤と顔を見合わせる。

 大渕山は夜刀神の歴史を調べ、爺さんに聞いた時に出てきた山。そう、夜刀神の本拠地である。

 まだ何かあると決まった訳じゃない。けど、警戒して損はない。

 そんなに危ない場所があるならイベントの監修しとけよ瓶底宮司!

 

 「どうすりゃいい?」 

 『正直こちらでもやることが山積みなので連絡を頼んでも宜しいですか? 運営してる偉い人に鹿島神社からの通達だと言えば理解してくれるはずです』

 「分かった」

 『くれぐれも無理だけはしないで下さいね?』

 「さぁ、約束はしかねるな」

 

 それだけ言い残して電話を切り、月乃に電話を掛ける。繋がらない。

 このまま何度も掛け直したところで時間の無駄だ。気付いたら電話を掛け直すようにとだけメッセージに残して立ち上がる。

 

 「神社に帰る。爺さんにも伝えとかないと」

 「何が出来るか分からないけど、わたしも一緒に行って良い?」

 「ああ、勿論」

 

 そして帷神社に行き、月乃から折り返しの電話が来てからも待つ。待ち続ける。

 あれから連絡が来ないと言うことは特に問題なく帰れているのだろうか。それとも妖怪の襲撃でそれどころじゃないのか。

 襲われてるなら助けに行きたい。

 でも、筑波山の麓までは行けても拠点が分からない。

 居間に流れ続ける沈黙を爺さんが破る。


 「天津甕星……か。まずいかもしれんの」

 「そんなに強いのか?」

 「封印したのが遥か昔じゃ。しかも神様の力で。現状の戦力でどうにか出来るかが未知数。幸いなのは本土から派遣されている人材が居ることじゃろうか」

 

 相手は武甕槌でも御しきれなかった悪神。それを人間だけで倒せるかどうか。

 瓶底宮司たち鹿島神社の戦闘員に加えて特殊部隊の奴ら。もしもの時はアタシと爺さんだって戦うつもりだ。

 ただし、それは敵が天津甕星だけの時に限られる。

 

 「ご先祖様は音沙汰なしなのか?」

 「ヤトノ祭りが終わってからは何も」


 こう言う時こそ出てこいよ能天気ご先祖……一番夜刀神に詳しいだろ。

 心の中でご先祖様に毒を吐いていたその時。 


 ——電話が鳴った。


 月乃からの電話に直ぐ通話開始。


 「もしもし? 月乃か?」

 「月乃! 大丈夫!?」

 『………っ』


 電話越しに聞こえてくるのは啜り泣く声。

 

 『アヤが……ユカリさんが……なんで私ってこんななんだろう……なんで私には特別な力がないんだろう……なんでなんでなんで!』


 一度は強くなった語気がだんだんと弱々しくなる。


 『なんで私は誰も助けられないんだろ……』

 「月乃、何処に居るんだ?」

 『今は……筑波中学校の体育館に皆んなで避難したところ……鹿島神社の人が何人か居るから帰るより安心だろうって』

 「分かった。今から行く」


 電話を切り、深く息を吐き出す。

 月乃のあの様子だと何かしらの被害があったらしい。

 綾人が無事かどうかが分からないのが辛い。

 一応瓶底宮司が筑波中学校を避難所にしておいてくれたらしい。散り散りに家に帰るよりは戦える奴が居る体育館の方が安全だろう。

 

 「爺さん」

 「分かっている。天津甕星で金本は忙しいだろう。避難所に割ける人員も限られているはずじゃ。その分は儂らで補うとしよう」

 「わたしは……」

 「家にキーボードあったりするか?」

 「え? あるけど? それがどうかしたの?」

 「出来ることをするだけさ。アタシはバイクで行くから爺さんは車で會澤も乗せてってくれ。積み込むのはアタシのギターセット一式と會澤のキーボードと、出来れば月乃のギターも」


 幼馴染の會澤なら月乃の家に行って借りるくらい出来るだろ。

 

 「待って待って、話が見えない」

 「楽しい気分をぶち壊された子供たちが居るはずだ。その不安と恐怖を少しでも和らげるくらいなら出来るかもしれない」

 「音楽で?」

 「一番分かり易いじゃん。文化祭のリベンジしようぜ」


 何を言ってるのか分からない洋楽だって好きになれるんだ。

 音楽以上に気分を上げられる娯楽をアタシは知らない。

 月乃があの様子じゃ体育館の中はかなり酷い雰囲気になっているに違いない。ただでさえ不安にまみれた状況で暗い雰囲気が続いたら精神が参ってしまう。

 残る懸念すべき点は……二つか。

 アタシはとある三人に電話を掛けてから筑波中学校へと向かった。

 

 

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