第39話「ろーるうぃずいっと」


 十月になり、秋色に染まり始める森林の中に響く子供たちの声。


 「班長の高校生に必ず従うこと! 班長も困ったことがあれば直ぐ大人に相談すること! 分かったか!?」

 「「「はーい!」」」


 それは楽しい楽しいキャンプのスタートを告げるゴング。

 主催者で一番偉い人の長い諸注意が終われば蜘蛛の子を散らすように子供たちが弾け、予め決められた班で纏まる。

 本当は大人一人、高校生二人、中学生一人、小学生一人の班を組むんだけど参加人数の影響で私たちのところには中学生が居ないと言われていた。

 どんな小学生が来るのかと思っていたら。


 「あれっ!?」

 「あっ! 金のおねえちゃん!」


 なんと何かと縁があるマサアキくんだった。その後ろからはお母さん。


 「この度は宜しくお願いします」

 「いえいえ、こちらこそ。またマサアキくんに会えて嬉しいです」


 アヤと一緒に軽く頭を下げる。

 マサアキくんはキョロキョロと辺りを見回している。


 「銀のおねえちゃんは?」

 「お休みの時間なの。だからアヤが居るよ」

 「えっと、お祭りの時に一回会ってるんだけど覚えてるかな?」

 「……だれ?」


 当然の如く首を傾げられ、私とアヤで苦笑い。

 そうなるよね。あの時のアヤはナナウミの本気メイクと浴衣だったから、まさか目の間にいるクールなアヤが同一人物だとは思えないよね。

 そこでパッとお母さんの顔を見ると、目を大きく見開き、口を両手で覆っていた。


 「えっ……!? もしかしてあの時、一緒に探してくれた!? えっ!?」

 

 ありゃ、お母さんも気付いてなかった。

 

 「失礼なことを聞いても良いですか?」

 「はい、どうぞ」

 「女性の方と言うことで宜しいのでしょうか?」


 お母さんは恐る恐るアヤに訊ねる。


 「身体は男です。でも特にその辺に配慮しなくて大丈夫ですよ。月乃たち以外は男で通してますから」

 

 無駄な気遣いを背負わせたくないアヤはあっけらかんと打ち明ける。

 お母さんはその意図を察し、地雷を踏み抜くのを恐れていたような足取りがフッと軽くなる。流石大人だ。

 そんな会話を聞いていたマサアキくんは右に左に首を傾げる。

 

 「なんて呼べばいい?」

 「好きに呼んで良いよ? キャンプ楽しもう、マサ君」

 「うん! アヤトちゃん! よろしくね!」


 アヤの事情を理解してないのに「ちゃん呼び」を選んだ。子供って凄い。

 次はこちらを向き、参加者全員が身に付けているカタカタで下の名前だけが書かれた名札をジーッと見つめる。


 「ツキノちゃんって言うんだね」

 「そう言えば名前言ったことなかったっけ? ふふふ、そうだよ。マサアキくんと一緒で良い名前でしょ?」

 「うん! ツキちゃんかわいい! アヤトちゃんはかっこいい!」

 「ようし! じゃあマサ君、まずはテントを立てよう!」

 「うん! いっしょに取りに行こ!」


 各班に配布されるテントをマサアキくんとアヤが取りに行った。

 残されたマサアキくんのお母さん——ユカリさんが笑みを零す。


 「良かったです。皆さんが正章の班で」

 「楽しい思い出にして見せましょう! ふふふーん!」

 「そんなに気負わなくて良いんですよ。折角のキャンプ、ツキノさんたちも楽しんで下さい。そうするだけでマサアキにも良い思い出が残ると思いますので」

 「……そうですね!」


 この前ソヨとナナウミに言われたばっかりなのにまた欲張っちゃった。

 楽しい思い出にして見せる……なんて偉そうなことを……そうだそうだ! 私はソヨと違って普通なんだから普通に普通のことを楽しめば良いんだ!

 自分で考えていて脳内が普通で大混戦し始める。この思考終わり!

 

 「ツキちゃーん! テント持ってきたー!」

 

 今はキャンプのことだけ考えよう。

 私は袖を捲った。



 マサアキくんがやりたいと言ったテント設営。なのでアヤを直近のサポートに添え、指示が来れば私とユカリさんが動くスタイルで進めている。

 進行速度は牛歩。本当に危険な時や無理そうな作業以外マサアキくんに任せたのでそれなりに時間が掛かってる。でも、マサアキくんは自分でテントを立てる工程を凄く楽しんでいるみたいだ。

 明らかに間違ったやり方に口出ししそうなアヤがこちらを見てくる。

 だから私は唇に人差し指を当てておく。


 「うーん……じゃあこうかな? ツキちゃんそっち!」

 「はいはーい!」


 試行錯誤しながらポールを張り、テントの形が完成。後はペグを打ち込むだけ。

 その時、近くを通る別の班の小学生がマサアキくんを見て、鼻で笑った。


 「なんだよまだテント張ってんのかよ。おっそ!」

 「マサアキはノロマだなぁ」


 体の大きなガキ大将みたいな子とその子分みたいな子。

 カレーの材料を運びながら言うだけ言って、自分たちの班に戻ってしまう。

 

 「あいつら……!」

 「アヤ、待って。行っちゃ駄目」

 

 文句を言いに行こうとするアヤを掴んで止める。


 「……ツキちゃんたちでやっていいよ。ぼくがやるとおそくなっちゃうから」

 「マサ君……そんなことないよ」

 「あるじゃん! だってみんなカレー作りはじめてるもん!」

 

 ペグとハンマーを手から離しちゃったマサアキくんがアヤに怒った。

 遅いのは事実だからそんなことないって言う慰めは通じない。相手が子供なら尚更だと思う。子供は大人が思ってる以上に賢いもん。

 私はしゃがんでくしゃくしゃになったマサアキくんの顔を覗き込む。


 「テント組み立てるのまだ終わってないよ? 楽しくなかった?」

 「楽しくなくはない……」

 「じゃ、最後までやろうよ。だってマサアキくんは楽しいキャンプをしに来たんでしょ? なら遅くても良いじゃん! 競争してる訳じゃないんだし!」

 「……」


 私はペグとハンマーを拾い上げ、マサアキくんに差し出す。


 「難しいかもだけどやってみよ? 駄目ならアヤがやってくれるから」

 「この流れで僕!?」

 「一番運動神経が良いのは私だけど力があるのはアヤでしょ?」

 「特段鍛えてる訳じゃないから月乃とは誤差程度だと思うけど」

 

 そんな会話をしていたら両手から重量感がフッと消える。

 マサアキくんが快音を鳴らしてペグを打ち込み始める。

 その凛々しい姿を三人で眺めていたら——鈍い音がした。


 「いったぁああああ!?」

 「ユカリさん! 診てあげて下さい! アヤはペグ打ちバトンタッチ!」

 「任せて!」

 「マサアキ、指見せて!」


 ハプニングを交えながらもテントを完成させた私たち。次は夕食の準備だ。

 全部の班に予めカレーの材料は用意されている。カレーの材料だけは。

 配られている地図の範囲であれば自分たちで食材を探しても良いことになっている。野草なんかは知識がある大人に見せれば大丈夫らしい。

 周りの班はカレー作りにだけ集中してるみたいだ。

 なら私たちはご馳走を増やしちゃおう。


 「カレーはユカリさんたちに任せて良いですか?」

 「構いませんが……?」

 「私はマサアキくんと一緒に食材調達して来ます! 行こ!」

 「なになに!? 楽しいこと!?」 

 「うん! それに楽しもうと思えばなんでも楽しくなるよ!」


 そうしてマサアキくんを連れ出し、森の中を二人で歩く。

 

 「マサアキくんは何かスポーツやってたりする?」

 「野球やってる」

 「へぇー! 楽しいよね野球!」


 お父さんの影響で昔はナナウミとキャッチボールを良くやってた。今も野球中継はたまーに見たりする。

 

 「でもバッティングがうまくいかないんだ」

 「守備はー?」

 「コーチにはすごいって言われる」

 「じゃあ最高じゃん! 守備が上手い選手が居るって凄く良いことだと思う」

 

 山賊打線でもない限りは基本点取られたら負けちゃうもんね。

 バカスカバカスカ打ち込む野球も爽快感あるけど私は守備が固く、手堅い勝ち方をするチームが好きだったりする。


 「それじゃあもう守備の職人になっちゃおうかな!」

 「おお! 良いねぇ! っと、着いたよ」

 「……川?」

 「この川ね。虹鱒が居るんだって。塩焼きにしたら美味しいんだ」

 

 私も一回しか食べたことないから久々に食べたくなった。

 棒に刺して丸ごと塩焼き……想像するだけで涎が出て来そうになる。串焼きってだけでテンション上がる。

 

 「え……つりざおないよ? バケツしか」


 マサアキくんは私に言われて持ってきたバケツを不思議そうに見つめる。

 

 「守備、得意なんだよね? はいっ!」


 私は持ってきた袋からゴム製のサンダルを投げ渡す。

 戸惑うマサアキくんの前で靴下を脱ぎ、ズボンの裾を捲り、サンダルに履き替える。

 

 「もしかして……手づかみ?」

 「そゆこと! 私が追い込むからマサアキくんがゴロ処理」

 「常にイレギュラーするゴロ!?」

 「さあ! 頑張れ守備職人! 浅いから大丈夫だと思うけど足元には気を付けてね」

 

 まずは獲物を探さないと話にならないので川に足を入れる。

 もう秋になっているのもあり、かなり冷たい。


 「あ! みっけ! 守備職人早くー!」

 「まってまって! 今行くから!」


 その後、マサアキくんの掴み取りが上手過ぎてびっくりした。

 大した深さじゃないと言っても水の中。しかもサンダルで逃げる虹鱒の正面に入る動きが川の流れよりも清らかだった。

 これは……後でお父さんに見て貰おうかな。才能開花もあり得るかも。

 想像以上の速度で終わった虹鱒掴み取り。

 

 「しっおやき! しっおやき!」

 

 バケツを抱き抱えたマサアキくんが嬉しそうに歌っている。

 

 「しっおや——わぁ!?」

 「え!? どうしたの!?」


 突然の叫び声に足が止まる。

 隣では震えた腕で森のとある方向を指差すマサアキくん。

 

 「なんか……いた気がする」

 「……これ持って、私の後ろくっ付いてて」

 

 帷神社のお守りを渡し、ゆっくり指差した方向へ足を進める。

 木の影からひょこっと首を出し、奥を見渡してみる——けど、特に生き物らしき影もなく、足音も聞こえなかった。

 

 「だいじょうぶ?」

 「うん……取り敢えず生き物っぽい気配はない。山だから何が居てもおかしくない。少しだけ急いで戻ろっ!」

 「うん!」


 その日の夕食は私たちの班だけがカレーとは別に虹鱒の塩焼きを食べた。

 美味しかったし、見た目のインパクトもあって物凄く目立ってたからマサアキくんも嬉しそうだったのが本当に良かった。

 明日はカヤック体験と夜に天体観測。


 「たのしみだね!」


 マサアキくんの嬉しそうな声を子守唄に私の意識は眠気に呑まれていく。

 完全に落ちる寸前、隙間風がマサアキくんが見たと言う謎の生き物への不安を煽ったような気がした。

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