第23話「たねび」


 「それじゃあ! 音楽祭の成功を祝って! かんぱーい!」

 

 月乃の音頭に合わせてアタシたち五人の「乾杯!」が響く。

 アタシ、ソヨ、会長、會澤、綾人、太陽の六人でジョッキを打ち鳴らし、それぞれの飲み物をグイッと喉に流し込んだ。

 打ち上げの会場になったのはおっさんの店。

 おばちゃんの店は他の団体様に取られてしまった。ふざけやがって。


 「その点、ぶんぶんカレーは最高だな!」

 「おいボン! 誰の店が閑古鳥だって!? 貸切にしといたんだよ!」

 「分かってる分かってる!」


 料理を運んで来たおっさんとのやり取りで月乃たちが笑う。

 

 「本当に最後を素晴らしい形で締め括ってくれた皆さんには感謝します。本当にありがとうございました」

 「ホノちゃん畏まり過ぎー!」

 「新井ちゃんたち運営組の力あってこそだよ!」


 仰々しく頭を下げる会長に月乃と會澤がそんなことを言った。

 実際、会長が組んだスケジュールはほぼ完璧で、予期せぬトラブルや最後のアンコールも加味して締めの時間には余裕を作っていたらしい。

 アンコールが来たら一番盛り上がったグループにもう一回出て貰おうとしてたみたいだったけど、アタシが割り込んだことで月乃がそのまま続投になった。

 まっ、月乃とアタシ以上に盛り上げられる奴は居なかっただろうけど。


 「ってかさ! 梵さん、いつの間にあんな準備してたの?」

 「月乃たちがうちで練習してた時に暇だったから一応作っといた。ギターは有り合わせのだったけどな」


 最初は月乃たちのトラブルに対応する為だったからやるかどうかは不明だった。

 でも、トリと聞いた時にやるしかないと確信した。

 

 「いや本当にびっくりしたよー。アンコールで慌ててたらソヨがいきなりエレキギター構えてるんだもん」

 「アオハルシンプレックスはの盛り上がり方エグかったよねぇ」

 「間違いなくあのギターソロは月乃よりも目立ってた」

 「いやいや、綾人には敵わねーよ!」

 「お、思い出させないでよ!?」


 綾人は顔を真っ赤にしてジョッキのオレンジジュースを飲んで照れ隠し。顔の火照りは水分では冷えず、面白いくらいそのままだ。

 そうやって皆んなで話して笑い合う時間が楽しくて仕方ない。

 

 「おっさん、ジンジャーエールおかわり!」

 「ほらよ、そろそろ来ると思ったぜ」


 カウンターへ向かい、ジョッキを差し出したら同時に新しいジョッキが出てきた。

 アタシは休憩がてらカウンター席に座り、月乃たちを眺める。月乃と会長が笑い合い、太陽が目を輝かせて會澤、綾人と話を膨らませている。

 まさか二年に上がってこうも状況が変わるなんて。

 色んな意味で笑うしかない。


 「ボン、最近楽しいか?」

 「あぁ、最っ高に楽しい!」

 「そうか……良かったな」

 「緒方さん、カレー食べてみたいので少し貰っても良いですか?」


 カウンター席に座るアタシの隣に會澤がやってくる。おっさん自慢の小盛りカレーをスプーンで口に運ぶ。

 

 「右手……まだ痛いのか?」

 「うん、ちょっとね。折れてるって訳じゃないから大丈夫。それより月乃と一緒にライブしてくれてありがとう」

 「アタシこそ。ピアノの出番奪っちまった」

 「良いよ良いよ。結果は大成功だったし、アンコールの時めっちゃ楽しかった」

 

 そう言って貰えると救われる。

 良く考えると悪いのはロクデナシ共なんだからアタシが謝る必要ないなこれ。腹立ってきたぞ。


 「なんだか知らないけど月乃は家族とも仲直りしたみたいだし」

 「そんなことを太陽が言ってたな。今日一番の成果じゃないか?」

 「月乃の人柄もあると思う。けど梵さんの影響は大きいよ。ギターの練習もあのアンコールも梵さんじゃなかったら出来なかった」

 「褒めたってアタシの笑顔くらいしか出ねぇぞ」

 「友達や推しの笑顔に勝る幸せはないね!」

 「なら今日は最高の日になるな!」


 二人で笑顔の睨めっこ。會澤がカレーを食べ終えたタイミングでまた月乃たちが居る席へと移動する。月乃並みの主役扱いで出迎えられるのは慣れない空気だ。

 

 「ソヨちゃんの髪やっぱめっちゃ綺麗! 染めてないのスッゲー!」

 「そうだぞ。姉ちゃんと違って本物なんだぞ」

 「おーい! 誰が偽物か! 寧ろブリーチしてるんだから金髪こそが本物の色なんだよ分かってないなー!」

 「姉ちゃんの本物は黒じゃんか! 俺は知ってるぞー!」

 「わたしも黒い月乃知ってるなあー?」

 「待ってナナウミ! その言い方だと私が性格悪いみたいに聞こえる!」

 「髪色明るいよね!」

 「アヤまで私のことイジるー!」


 強調された「は」に全力で抗議する月乃。

 太陽が居るとイジられる方になるのか。面白い発見だ。


 「ソヨちゃんソヨちゃん! 俺、バイク乗ってみたい!」

 「後ろで良ければ帰る時、バイクで帰るか?」

 「良いの! やったぜー!」


 太陽が両手を上げて大はしゃぎ。アタシの髪を綺麗と言ったり、バイクに乗りたいと言ったり、姉弟とは似るもんだ。

 ただニケツすると言っただけでこんなに喜んでくれるとは。

 嬉しさのままに勢いでポケットの煙草に手を伸ばしてしまい、止まる。煙草の代わりにポテトを咥えると会長がポンと手を叩く。


 「そうです。バイクです。梵さん、何か良いバイクありませんか? 丁度欲しいと思ってたところなんですよ」

 「なんでアタシに聞くかな。おっさんに聞けよ。あ、でも、待てよ?」

 

 前に拾ってきたバイクのレストアが最近丁度終わったところだ。


 「アタシがレストアした旧車で良ければ格安で良いけど?」

 「格安で良いのですか?」

 「妥当な値段だよ。あんなポンコツに三桁も出してた頃がアホ臭い」


 既に旧車バブルは弾けて価格は地のどん底まで落ちた。その所為であちこちで前まで重宝されていた旧車が乗り捨てられている始末だ。

 結局、旧車が好きなんじゃなくて『価値のある旧車』に乗ってるのが良いと思う輩が多かったんだろう。そうじゃなきゃずっと乗ってきた愛車をポンと捨てられる筈がない。

 愛車をそんな風に捨てるなんて有り得ない。その点。


 「会長なら大事に乗ってくれるだろ?」

 「勿論です」

 「良いなぁバイク。私も乗りたいー」


 月乃がジョッキのジュースをストローで吸いながら嘆く。

 

 「免許取ったらアタシが乗ってるやつタダでやるよ」

 「えっ、良いの!?」

 「今、新しく買ったのをカスタムしてるんだ。完成したらどうしようか迷ってたんだよ。月乃が乗ってくれるなら安心出来る」

 「じゃあ夏休みはバイト減らして免許取ろっかなっ! あ、いや、遊びたいからバイト一個も入れなくて良いや」


 空気が抜けた風船のように嘆いていたのに直ぐに月乃の気分が膨らんだ。

 そっか、直ぐ夏休みに入るのか。

 去年の夏休みは当然の如く一人でアニメ見たり漫画読んだりギター弾いたりバイク乗ったりで精神状況はともかく楽しんでたと思う。

 帷神社が開催する島最大の祭りもあったけど、その時は部屋に居た気がする。

 アタシは綾人から順番に顔を見て、最後に月乃を見て笑みが溢れた。


 「今年の夏は楽しめそうだ!」

 

 アタシの言葉に月乃たちが笑い、笑顔に包まれる。


 「お祭りは絶対行こうね! ヤトノ祭り! 屋台も花火もある!」

 「確か梵さんの家の神社が取り仕切ってるお祭りだったよね。そう言えばあれって何の為のお祭りなの?」

 「知らねぇ」

 「「「えぇ!?」」」

 

 月乃と會澤と綾人が声を揃えて驚いた。


 「知ってる訳ないだろ。アタシは去年引っ越してきたばっかりだぞ。逆にずっと住んでる月乃たちがなんで知らないんだよ」

 「祭りって言ったら楽しいしかないよね?」

 「「だよねぇ」」

 「会長は知らないのか?」

 

 元ヤンとは言え、知ってそうな会長は無言で目を線にして微笑んでいる。

 うん、知らないなこれ。勉強漬けだっただろうし、仕方ない。


 「おっさんは……聞くまでもない!」

 「まあ知らねぇけどよ。でも確かにヤトノ祭りが何の為の祭りなのか気にしたことなかったな」

 「俺も知らねーや」

 

 帷神社の家系のアタシも範疇に入るかもしれないけど、これだけ島の人間が居て誰も常陸島最大の祭りの意味を知らないのか。


 「じゃあさ! 折角なら私たちでお祭りのこと調べてみようよ!」

 「あ、良いねそれ。祭りをもっと楽しめるようになるんじゃない?」


 月乃の提案に綾人が乗っかった。


 「じゃあ、アタシたちで調べて答え合わせは爺さんにして貰うとしようぜ」

 「それだ! 決まりね! ナナウミとアヤとホノちゃんは?」

 「私は遠慮しておきます」

 「メンバーは四人で決まり!」

 「俺にも後で教えてくれよ姉ちゃん!」

 「分かった分かった!」


 早くも夏休みの予定が決まり、おっさんが出してくれた料理も残り少し。

 大分飲み食いしちゃったな。明日は体動かすとするか。


 「そろそろ時間も時間だ。これ食べ終わったらお開きだな」


 空いた皿を片付けに来たおっさんに言われて時計を見る。

 もう八時を回ってる。アタシたちだけならまだまだ大丈夫な時間帯だけど今回は太陽が居る。十時までには家に帰したい。

 

 「俺、最後にソヨちゃんの歌聞いてみたい! 何か歌ってよ!」

 「何かと言われてもな」


 まさかの無茶振りが来た。

 相手が相手だから断るのも気が引ける。

 助け舟を求めて月乃を見る。するとうんうんと頷いてアコースティックギターを取り出した。

 

 「ギターならあるよ! 私も聞きたい!」

 「一曲だけだぞ?」


 アコギでのふんわりとした一度切り一曲切りのライブ。

 アタシがのんびりと弾き、のんびりと歌い、聞いてる月乃たちも無駄に盛り上がることなく静かに聞き入っている。

 大多数を盛り上がってるのも悪くない。

 でもアタシは月乃たちが楽しめているのならそれが一番嬉しいと思ってしまう。


 そうして弾き語った一曲は今日と言う特別で普通な一日に終わりを告げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る