第21話「ひかりのなかへ」
自分から眼鏡を外して学校の奴らの顔を見るのはこれが初めてだ。
普段は眼鏡越しでも分かるくらい怖がったような目で見ている奴ら。今はこれから何が起きるのか、と期待と歓喜に満ち溢れている。
ピアノをやったからか、それとも今まさにギターを手にしているからか。
何にせよ、こんな大勢の人たちから暖かい視線を浴びるのは何年振りだろう。
仮に今日みたいな特別な日だけだったとしても怖がられるよりは何倍も良い。
今日だけは誰かに裏切られる辛さも何もかも忘れてやるよ!
「さぁお前らぁ! まだまだまだまだ行けんだろ! 曲なんか知らなくたって構わねぇ! その熱とノリで盛り上がれ!」
カウント音を聞き、ギターを鳴らす。イントロだけで会場が沸く。
バンドを題材にしたアニメのオープニングで、アニメ好きだけじゃなく世界的にも大ヒットした曲だ。知らない奴の方が少ないし、これなら大多数が盛り上がれる。
アタシもギターだけに集中せず、月乃とアイコンタクト。マイクを代わりばんこで使うデュエット。
時折、頬がくっ付くくらいの距離で同時に歌声を吹き込めば愉快な悲鳴。
さぁ! 一曲目ラストスパート!
アタシはマイクの更に前、ステージギリギリまで前に出る。
観客の視線を一点に集め——ギターソロ。
人の目の怖さはもう十分味わった。でも、この期待の目なら怖くない。
完璧以上にソロを弾き終え、残り全部を月乃に預ける。
そして最後のコーラスパートをアタシ——だけじゃなく、観客のほぼ全員がシンガロング。アウトロが終われば耳がぶっ壊れるくらいの大喝采が巻き起こった。
楽し過ぎて上がった口角が全く戻らない。
これだけ盛り上がってればここから先のkoMpas二連続でも行ける!
曲が有名じゃなくて、ノリ方も分からないかもしれない。
なら分かりやすい例を呼べば良い。
「會澤ー! 行くぞー!」
「よし来た任せろーい! 皆んなステップ踏んで行こー!」
左手でマイクを持った會澤が飛び入り参加。
「綾人もだ! 月乃! 引っ張り上げろ!」
「アヤ! 行くよー!」
「ぼ、僕も!?」
ステージ下の観客席に居た綾人を月乃が引っ張り上げ、イントロスタート。
月乃と綾人が自由自在に踊り狂い、クラップ。そこからアタシはギターを弾きながら會澤とツーステップ。
観客の皆んなもそれに合わせて自由気ままに踊る。ひとたび歌が始まれば縦ノリに変わる示し合わせたような統一感。さいっこう。
「サビはワイパー! 月乃やわたしたちに合わせて振れー!」
振りが付くことで混沌とした盛り上がりが一つの大きな熱に変わっていく。
全身でリズムを取りながらギターを掻き鳴らす。観客の最高に輝く表情に照らされ、アタシの笑顔のボリュームもどんどん上がる。
これがあの時、koMpasのメンバーがステージ側から見てた景色。輝くスポットライトの中から輝く観客を目の当たりにする。
演者側になると言うのも観客側とはまた違う満足感に溢れていた。
凄く、最高に、楽しい! それしかない!
何よりあんなに緊張で青ざめていた月乃が高揚感に頬を朱色にして、笑顔で歌って楽しんでいる。
それが更にアタシの気分を華やかせる。
「スマホなんか構えてんじゃねぇ! 目の前の景色焼き付けろお前らぁ!」
「太陽! 一緒に踊ろー!」
終いには間奏の途中に弟をステージに上げる月乃。
なんでもアリのお祭り騒ぎと化したアタシたちのアンコールはその日、会場を最も盛り上げ、最高の幕引きで音楽祭を終えることが出来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます