第9話「せんざいひょうめい」
新聞部の事件があった週の土曜日は急遽登校日になった。
取り調べと全校集会の影響で潰れた授業の振り替えだから仕方がない。どうせ授業は寝るだけだしな。
文句を言いたいのなら新聞部へでも行けば良い。
まあ、会長のあの演説を聞いた後に行ける奴は居ないだろうけど。
振替授業は午前中で終わり、アタシたちは生徒会室で昼食を食べている。
「唐揚げ重い……残り誰か食べてくれ」
「では私が。頂きます」
「じゃあ私も」
「お言葉に甘えて」
弁当をスッと自分から遠ざければ会長から順に月乃と會澤が余った唐揚げをひょいひょいと口に運ぶ。
三人とも満足したようで「美味しい」と口を揃えた。
おばちゃんのところの唐揚げ弁当だから味は絶品だ。
偶に弁当を作ってくれるんだけど如何せん量が多い。アタシを甲子園球児か何かと思っているのか。そんなに食べられない。
月乃たちのおかげで無理して食べることが減ったのは救いだ。
「そう言えば影山さんは今年の音楽祭どうするのですか?」
「今年こそ出る! この為だけにちょっとずつギター練習してきたからね!」
「はぁ……もう既にやばいめちゃ緊張する……人前でピアノ弾くの何年振りだろ」
「まだまだ先じゃん。それに歴が違うんだから。私に比べたら行ける行ける!」
音楽祭。アタシたちの高校が主催するイベントでそれなりに規模がデカい。
在校生に限らず島出身者の有志を集めて行われ、オーケストラのような楽器演奏を披露しても月乃たちのように弾き語りを披露しても良い。
所謂なんでもありのフェスだ。
夏休み直前の大イベントで毎度毎度かなり盛り上がっている。
「出るのか?」
「もっちろん! 私がギターボーカルでナナウミがピアノのアコースティックライブ。きっと楽しくなるよ!」
「その前に練習だからね? 歌は上手いけど弾き語りはまだまだ詰めないといけないし、わたしとも息合わせなきゃいけないし……」
「それは……練習頑張る!」
「先が思いやられる……」
勢いだけで乗り越えようとする月乃に會澤が頭を抱える。
練習する気があるなら良いじゃないか。練習せずに上手くなる奴は居ない。やることが分かってるなら大丈夫だろう。
「野間さんは一緒にやらないのですか?」
「アヤはステージに立ったら月乃のライブが聞けないからって」
「本当に影山さんが大好きなのですね野間さんは」
あいつ……筋金入り過ぎる。最早月乃の厄介ファンだ。
「ソヨさ、あの日からアヤの様子が変なんだけど何か知らない?」
野間の話題が出て、月乃がそんなことを聞いてきた。
あの日とは新聞部事件があった日で、アタシが野間にキレ散らかした時だろう。目の前で体育館から連れ出したから疑問がアタシに飛ぶのは分かる。
「さぁ、知らねぇ。あいつの問題だろ」
「だよねー。何か知らないけど謝られたし。もうしないって何の話だったんだろ」
分かり切っていたとは言っても野間からしたら最悪の対応だろう。
あいつはパッと見真面目な性格。侵した罪に自覚があるのに何の罰もなく許されるのは逆に辛いはずだ。
だから何をしたかは言わずに謝罪と決意表明だけしたのか。
「梵さんは出ないのですか? 音楽祭」
会長が人数分のお茶を淹れ、聞いてくる。
「はぁ? なんでアタシが」
「生徒会長なので音楽祭が盛り上がって欲しいだけですよ。特にロックは盛り上がるのに最適です」
お茶を口に運ぶ手が止まる。
「言ったことあったか?」
「いえ、前にスマホのロック画面が見えまして。良いですよね
バイクにもステッカー貼ってるから隠すつもりはなかった。
しかし、まさか会長が知ってるとは思わなかった。そこまで有名なバンドじゃないはずなのに。
「ならソヨも出ようよ! 家にギターあったよね!」
案の定、月乃が食い付いてきた。興奮気味に立ち上がる。
何故そこまでしてやらせたいんだ。アタシはお茶を飲み、抱えている問題を月乃に打ち返す。
「ベースもドラムも居ないのにどうすんだよ」
「そこは……頑張って集めて貰って」
「打ち込みでの同期演奏なんてどうでしょう?」
「どっちも却下。そもそもアタシに出る気がないんだよ」
打ち込みなら出来るが面倒臭い。メンバー集めなんか論外だ。
仮にここに居るメンツで出来るなら考えても良い。けどそれでも検討止まりだ。
それに今の会話で月乃たちが出来ないのは分かり切っている。
「そんじゃ、アタシはそろそろ出るぞ」
「予定でもあるの?」
「今日は一人で好きなことをしたい気分」
「そっかー、なら無理に遊びに誘う訳にもいかないなぁ」
「じゃあねー、梵さん」
立ち上がるアタシに會澤と月乃が手を振り、会長が目尻を下げる。
「気が変わったら何時でも言って下さいね」
「何時でもは困るだろ。運営的にも」
「最後になら幾らでも回せますから」
「ふざけんな。大トリなんかやらねーよ」
背を向けたまま手を振り、アタシは生徒会室を後にした。
脂っこいものを食べ過ぎたアタシは軽く幾つかの店を回ってから喫茶店に。
夏にはまだ早くてもソーダフロートが美味いことは変わらない。
ふぅ、と小さく息を吐く。本屋だったり、服屋だったり、バイクショップだったりと色んな店を回ったのにほぼ何も買わずに終わった。
買った物と言えばギターピック。
なんとなく楽器屋に行き、koMpasとのコラボピックだけ買ってスマホケースに挟んでいる。
貼っていたステッカーが剥がれてたから丁度良かった。
これでスマホの背中に彩りが戻る。
「音楽祭かぁ……」
誰にも聞こえない声で呟く。
ストローでくるくると氷を掻き混ぜると心地良い音が鳴った。
出てみたい気持ちは……なくはない。しかし、あれは人気者がやるから良いのであってアタシみたいなのが出てもお通夜ムードになってしまいそうだ。
そんなことを考えながら会計を済ました直後だった。
甲高い叫び声のような音に店員がビクッと体を跳ねさせる。
「……車のブレーキ音か?」
その後直ぐに吹け上がる音が聞こえた。嫌な予感がする。
「AED、今直ぐ準備してくれ」
店員にそれだけ伝えて素早く喫茶店から出ると既に野次馬大量発生。
全員が電話する素振りも見せない癖にスマホを手にしている。いや、構えている。
「ははっ……最高……」
この世の終わりみたいな光景に呆れるしかない。
すると被害者を取り囲んでるであろう野次馬サークルの中心から声が聞こえてきた。
「息をしてない! 誰か! 誰でも良いから119に電話とAED!」
「ん……この声」
聞き覚えのある声を聞き、野次馬の頭上を飛び越えて中心地に行く。
そこには意識を完全に失っている一人の女性と野間が居た。
「そ、梵!?」
「驚いてる場合かよ。心臓は動いてんのか?」
「動いてない」
「じゃあ今直ぐ心肺蘇生。やり方は分かるだろ。急げ」
野間は返事をするよりも行動を優先する。
これだけ居て誰も電話をしない間抜けしか居ないのかよ。そう心の中で吐き捨てながら救急の電話を掛ける。
肩で電話を支え、通話をした状態でリュックの中から運動着の半袖を引っ張る。
大した出血じゃないけどやらないよりは良い。
腕の怪我部分に巻き付け、力一杯グッと縛る。
「駄目だ。息が戻らない!」
「良いから続けろ。救急車が来るまでやれ」
「あのー! AEDを持って来たんですけどー!」
さっきの店員の声が聞こえてくる。が、野次馬の所為でこっちへ来れない。
「おいお前ら救助しないなら退け! 邪魔なんだよ!」
それでも野次馬たちは無視してスマホのカメラを向けるだけ。
ふざけやがって……ぶっ飛ばすぞ。
「投げろ!」
「え?」
「投げろ!」
「はいー!」
飛んできたAEDをキャッチ。ナイスピッチングだ喫茶店の店員。
「野間、やるぞ」
「これ下着はどうするのが正解なの?」
「外さなくても良いけど外すのが楽なら外しちまえ」
AEDの準備をしながら野間に指示する。
野間は急いでブラウスのボタンを外し始めるのだが。
「ちょっとちょっとあなたたち! こんな人目のあるところで何してるのよ! 駄目じゃない!」
「ちょっ!? 何するんですか!?」
何もしてなかったバッパが突然野間の腕を掴んできた。
「こんなカメラ向けられてる中で女性の服を脱がすつもりなの!?」
「今そんなこと言ってる場合じゃねぇんだよ。命掛かってんだよすっこんでろ迷惑バッパ」
「こんなの許されないわ!」
「あーもううるせぇな! 野間、AED頼んだ」
AEDを野間に預けて立ち上がり、野次馬の中に居る目が合った女共を無理やり引き摺り出す。
「お前ら野間たちを囲むように立って壁になれ。文句は全部終わった後にあのバッパに言え。野間、これで文句は言わせねぇ。進めろ」
「う、うん!」
「男に女の体をまさぐらせるって言うの!?」
「……っ!」
口しか動かさない癖に偉そうにしてんじゃねぇようっせぇな。
「失礼なこと言うなよ。そいつは女だ。これで文句ねぇだろ」
邪魔臭いバッパを黙らせたら残りの邪魔者をなんとかするとしよう。
アタシは野次馬の一人に近付く。
「なあ、ここに人集りがあると邪魔なんだ。どっか行け」
「はぁ? こんな現場に遭遇する機会なんて早々ないんだぞ! おい壁が邪魔で見えねーじゃんかよ!」
「……」
「あっ!? 俺のスマホ!」
そして取り上げたスマホをぶん投げた。
その瞬間、周りのカメラのレンズがこちらに向けられたのを感じる。
「良いのかよ。そんなことして。こんだけカメラがあるんだぜ?」
野次馬男が強気に言う。だが声は震えてる。腰も引けてる。
その野次馬男の鳩尾にそれなりの力で拳を打ち込んだ。情けない呻き声を出しながら膝を折る。
「邪魔はお前だ。さぁ! 次はどいつだ!」
「「「……」」」
「へぇ? 肝座ってんな?」
動こうとしない野次馬たちのスマホを片っ端から取り上げては投げ捨てる。
妖怪とも余裕で戦える特異体質の身体能力に反応出来るはずもない。時折怒り狂って襲い掛かってくる奴を返り討ちにしていたらサイレンが聞こえてきた。
救急隊員は迅速に救助者を救急車に運び込む。
その様子を野間と並んで眺める。
「……大丈夫かな」
「やれることはやったんだ。そんな見っともない顔すんな」
「そっか……そうだよね」
「あのすみません。電話をしたのはあなたですか?」
そこへ一人の隊員が近付いてきた。
「電話はアタシ。人命救助がこいつ」
「勇気ある行動感謝します。ところで何人か倒れてる人が居るのですが」
「酔っ払いの喧嘩みたいなもんです。気にしないであの女の人だけ病院連れてって下さい」
本気でやってないからあいつらはそのうち復活して帰るだろう。
きっと警察とかに言わずに撮影した動画をネットに上げて……って流れか。
上手い具合に切り取り、暴力を振るう銀髪女の動画。炎上待ったなし。今から怒られること考えると気が沈む。
怒られるだけで済むかこれ?
「あの、付き添っちゃ駄目ですか?」
「そうだね。家族でもないなら特に付き添いは要らないよ」
「そう……ですか」
「責任感が強いんだね。でもどんな結果でも君の責任じゃない」
「分かってます。それでも見届けたいと思っただけなんです」
「……常陸病院に搬送が決まったよ。これはただの独り言だけどね」
それを最後に救急車が走り出す。
野間はその救急車の後ろ姿を心配そうに眺め続ける。
ここからだと常陸病院までは遠い。少なくとも自転車で行くには辛い距離。歩きの野間なら尚更だろう。
「行くつもりか?」
「無意味だって言うの?」
「乗ってくかって言ってんの」
バイクの鍵を見せびらかすように取り出した。
野間は信じられないとでも言いたげな表情を見せたが、直ぐに開いた口を閉じる。
「決まりだ。行くぞ」
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