第7話「あいほーぷあいしんく」
朝、目が覚めると隣で寝ていたはずの月乃は居なかった。
綺麗に畳まれた巫女服がちょこんと置かれていた。
爺さんの話では朝早くにお礼だけ言って自宅に帰ったらしい。制服と荷物がないと学校行けないもんな。
だったらアタシを起こせば乗せてってやったのに。
バイクの上でそんなことを考える。
まあ、朝は元気そうだったっぽいから良いか。
昨日は家に帰る流れで柄にもなく悲しそうな顔をするから雨のこともあって家に呼んでしまった。
布団のこともそうだし、まあまあ大胆なことしてるなアタシ!
とにかく哲学的な話題になったとは言え、月乃の声は弾んでた。月乃が楽しんでくれたのなら昨日の行動もやって良かったと思える。
ただ次はもうちょっと普通の話で盛り上がりたい。
「少しだけ優しく……か」
バイクの上で呟く声は排気音に掻き消されて誰にも届かない。
アタシは月乃のように誰彼構わず助けようとはならない。だからせめて友達が困っていたら助けたいと思った。
駐輪場にバイクを停めてから校舎へ歩く。
晴れてるから今日は屋上で一服出来る。いつも通り眼鏡をしてイヤホンを耳に被せようとするけど手が止まる。
学生の喧騒は普通のことでそれが嫌でイヤホンを付けている。
しかし、今日は緊張感の漂う物騒がしさ。嫌な予感を裏付けるように携帯が鳴る。
會澤からのメッセージ。
『月乃が大変! 掲示板に記事が!』
急いで掲示板へ向かえば取り囲むように人だかりが出来ている。掲示板の前、人だかりの中心には月乃と會澤と二人の女子生徒が見えた。
「皆さん見て下さいこの写真を! なんと十時を回った夜の繁華街で大人の男性と楽しそうに歩いています! 深夜の繁華街……大人、怪しいですねぇ?」
「これが巷で噂のパパ活? 援交ってやつー!?」
眼鏡を外して、記事を見る。
掲示板に大きく貼られた記事には夜の繁華街を大人と歩く月乃の写真。
見出しには『学校一の心優しき美少女の裏の顔!?』と書かれている。
「駄目じゃないですか。そんなことしちゃ」
「違う! 私は援交なんてしてない!」
「こんなフェイクニュース作るなんて……! このアホ新聞部!」
「必死になっちゃって。それって本当にやってた焦りからじゃないのー?」
月乃が必死に否定し、會澤が援護射撃しても新聞部は聞く耳を持たない。
嘘がばら撒かれたらそりゃ必死に否定するだろ。
しかし、こうなってしまうと人々は記事を信じる。周りでも月乃を貶めるような発言がポツリポツリと出るようになっていく。
「俺に優しくしてくれたのもヤリモクかよ」「なんか印象変わるわ」「オタクに優しくてもやっぱギャルはギャルなんだぁあああ! でもちょっと興奮する」
そんな男たちの声。
「やっぱりね。私もそうじゃないかと思ってた」「彼女持ち狙ってる雰囲気あったもんね」「野間君もきっと騙されてるのよ」
女たちの声は嫉妬に満ち溢れてるものが多い。
野間。そう言えばあいつは何やってんだ?
パッと辺りを見回してみると野間の姿が見えた。會澤がこの状況でも月乃と一緒に矢面に立ってるのに動こうとしない。
舌打ちが出る。イライラする。
ビッチだのなんだのと悪口を浴びせる奴らの顔を見ながら掲示板に進む。人混みを掻き分けて口論をする月乃たちのど真ん中に立って記事の前に。
「ソヨ……」
「梵さん」
写真の男は昨日定食屋で見た奴だ。ってことはこの写真は昨日撮られたもの。
そして、背景の店は営業中の電飾を光らせている。
「おやおや、梵さんもこの記事に興味が——ああああああ!?」
新聞部二人の絶叫が最高に気持ち良い。
アタシはその記事を乱雑に掴み、半分に破った。残った上半分も掲示板から引き剥がして写真を見る。やっぱりそうか。
「ちょちょちょちょ! 何をするんですか新聞部の記事に!?」
「アタシの友達を貶めるデマ記事を破っただけだ。文句あるか?」
「デマ記事とは酷い言いようしてくれるじゃん。これは援交する悪人を成敗する為の正義の記事なんだけどー?」
「「「そうだそうだ!」」」
「うっせぇ! テメェらに取り締まる権利なんかねぇだろうが!」
アタシが叫ぶと勢い付いていた周りの声もピタリと止む。
「そもそもこの写真と文字だけで何が分かんだよ。裁判の時、弁護士と検事を立てて必死に証拠集めて議論する理由が分かるか? 冤罪だったら取り返しが付かなくなるからだろ」
「嘘か本当かも確かめもしない癖に月乃に酷いことばっかり……!」
「そりゃ悪人の集まりだな。こいつらの理論なら成敗しちまっても良いのか?」
アタシなら全員が束になって襲って来たって返り討ちに出来る。
スッキリするからやっても良いけど、アタシは會澤と顔を見合わせた。きっと月乃はそれを望まない。
「だったら証拠を出してみろよ!」
「そうです! 証拠! この記事がデマだと言う証拠を出して下さい!」
「出せるものならねー」
一人の声で新聞部二人が勢いを取り戻す。
あの男……顔覚えたからなぁ?
それにしても証拠を出せと来たか。なんでそんな自信満々で居られるのか。新聞部の癖に情報収集が下手くそ過ぎる。
「そもそもこの写真は十時以降に撮られた写真じゃねぇ」
「えっ? そうなの?」
「月乃から昨日のこと聞いてないのか?」
「月乃を庇うのに必死でさ……取り敢えず援交はしてないと思って」
「この写真だぞ。会社側が深夜帯に働かせる訳ないだろ」
「あ、そっか!」
會澤が点と点を線で結んでくれた。
何処からどう見てもバイトの時を狙って撮られた写真だ。月乃が普段から深夜徘徊してるかは別としてもバイト中の写真なら有り得ない。
しかし、この様子だと月乃は自分のバイトを公言してない。
ま、別にそこまで個人情報を晒さなくても証拠はある。
「ここに写ってるのは『学生食堂』って店で。客のメインターゲットは小学生から高校生までの学生。そのコンセプトもあって閉店時間は八時だ」
写真の『学生食堂』はまだ営業中の提灯が光っている。
この時点で十時に回った写真の発言が嘘だと分かる。
もうこれで新聞部の信用はガタ落ちのはずなんだけどあれだけ言ってしまった手前、新聞部も周りも引くに引けなくなっている。
謝れば済む話なのに、馬鹿か。
「ま、まあ! 流石に盛ったのは有りますけど!」
「無駄に悪い情報を盛ってんじゃねぇよ」
「ですが、この後に何が起きたのか分かる証拠はあるんですか?」
「まぁ、時間的にもヤることと言ったら一つじゃないー?」
こいつら、ホテル前の写真も持ってない癖によくあれだけ威張れるな。
シュレディンガーの猫を新聞でやる馬鹿が何処に居るんだよ……腹が立つ。
「これは昨日撮った写真か?」
「そうですとも!」
はっきりと言い返せる質問をしたら胸を張って答えてくれた。
「じゃあやっぱりこれはデマだ。だって昨日の夜、月乃はアタシの家に居たんだから。それこそ朝、目が覚めるまで。仲良くお泊まりパーティしてたぜ」
「……はえ?」
「まぁ、裏取りしたけりゃ帷神社に電話しな。つー訳で、デマ記事書いて情報収集も杜撰な新聞部のフェイクニュースでした」
爺さんに聞けば全部裏付けが取れる。
アタシの自信満々な態度と新聞部の絶望したような反応に観客共が静まり返った。
地獄と化した状況で月乃を罵倒していた一人が新聞部を睨んだ。
「おい。何処見てんだよ。お前が目を向けるべきは月乃だろ」
そいつが発言するよりも先にアタシが邪魔をする。
「お前らが自分は悪くないと思うんなら謝罪なんてしなくて良い」
強制された謝罪なんて意味がない。
「ただ、アタシの友達をこんな風に傷付けたら次からは容赦しねぇぞ」
責任を全て新聞部に押し付けようとした奴らを睨んで釘を刺しておく。
そして月乃はアタシの背中から体を出して新聞部の二人に向き合った。
「私、折角なら皆んなが楽しくなれるような記事が良いな。去年の記事凄く好きだったよ。そうじゃなくても良いけど嘘は良くないと思う」
「許しちゃうのが月乃らしいよね」
「アタシなら一発ぶん殴ってる」
「梵さん、一発で済む?」
「威力があるからな。一発で十分さ」
「そゆことね……」
引き攣った笑いを零す會澤と月乃を見ていると、収拾の付かない周りの人集りからポニーテールの女が顔を出す。
「これは何の騒ぎでしょうか?」
そいつは学校でアタシや月乃よりも有名人。
アタシと同じクラスで生徒会長の
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