第4話「りとるばいりとる」


 影山と友達になった翌日。バイクを置いた校内の駐輪場から校舎に向かって歩く。

 校庭の掲示板に掲載された新聞部の記事にぼやけた視界でも分かるほど人が群がっている。

 最近碌な記事を書いていなかったはずだが、少なからず愛読者が居るらしい。

 イヤホンをしていてどんな会話をしているのかは聞こえない。聞きたくもない。

 

 「良いニュースが記載された試しがないんだよな、あれ」


 誰にも聞こえない声で呟くと、後ろからポンと肩を叩かれた。

 イヤホンを外して後ろを振り返る。アタシの肩を叩いてくる奴なんてこの学校で一人しか居ない。


 「おっはよー」

 「おはよーさん」

 「今日はバイクで来たんだね。今度さ、心優の後ろに私乗せてよ」


 影山の物言いにムッとする。それだけは変えて貰おうと昨日から考えていた。


 「別に乗せるのは良いけど、それよりアタシを名前で呼ぶな」


 アタシは親から貰った名前が嫌いだ。何が『心優しい』だ馬鹿馬鹿しい。

 だから爺さん以外の親しい人たちには苗字に関連した何かで呼ばせている。『梵』の苗字は爺さんのもので、こっちに来た時に貰ったものだ。


 「ソヨギ……うーん、濁音が入るとなんかピンと来ないなぁ。じゃあ、これからはソヨって呼ぶよ!」

 

 苗字から一文字取って名前っぽいあだ名になった。

 大体はそこに行き着くから驚きはしない。音読みで『ボン』と呼んでいるおっちゃんが珍しい例になる。

 そんな名前の流れから隣を歩く影山がハッとする。


 「じゃあさ、私のことは名前で呼んでくれない?」

 「分かった。今度からタカシな」

 「いや誰!? 何処から出てきたのタカシ!」

 「アタシの好きなバンドのボーカル」

 「出所不明じゃないなら尚更なんで出てきたの!?」

 「冗談だよ。月乃って呼べば良いんだろ」

 

 ちょっとした戯れに月乃のバタバタした反応は予想通り。頬が緩む。

 

 「あっ、笑った」

 「アタシをなんだと思ってんだ」

 

 無機質なロボットだと言うのか。ちゃんと人間だ。そう、ちゃんと。

 ムキになって言い返された月乃は「違う違う」と笑いながら首を横に振る。軽そうな足取りは更に軽さを増したように見える。


 「初めて笑顔を見られたから嬉しくて」

 「なんだよそれ」


 スキップでもしそうな月乃の笑みに釣られて静かに笑う。

 度の合わない眼鏡を掛けていても月乃の反応が分かるのはありがたい。声に感情全部が乗っかっていて、表情の変化も派手だ。

 ここまで誠実に接してくる相手に眼鏡を掛けたままなのもどうかと思ったが、月乃が気にしないと言うのでそのまま。屋上やおっちゃんの店では外しているからそれで勘弁して貰うとしよう。

 と、昨日から想像していたことではあるが。


 「梵が影山ちゃんと歩いてるぜ……」「何かあったのか?」「金髪と銀髪……マリアージュっ!」


 月乃と話すとなるとイヤホンが外れる。そうすれば周りの声が聞こえる。


 「何見てんだぁ!」

 「「「す、すみませんんんん!」」」

 「えぇ!? ちょっ、何やってるの!?」

 「鬱陶しかったから。気持ち悪そうな奴も居たしな」

 

 積み上げてきたものと悪評のおかげでこうすれば大抵の学生は逃げる。

 

 「ソヨは友達増やそうとか思わない?」

 「まだ月乃だって一日すら経過してないんだけど」

 「私の友達紹介したくてさ。私と友達になったのに二人を知らないままなんてそんなの……ケーキ部分のないショートケーキだよ!」


 さも世界の危機のような言い方をする月乃。

 

 「それはもう苺じゃないか。逆に苺単体なら成立するだろ」

 「まあまあそう言わずに。ソヨもそうだし、二人にもソヨには会って欲しいと思ったからさ」

 

 話をどんどん押し進められ、アタシは唸る。

 今も言ってないのだから月乃はわざわざ煙草や屋上のことは言わないだろう。ただし、月乃の友達もそうとは限らない。

 知り合う人が増えれば漏れる可能性も上がる。

 流石に先生共にバレるのは面倒なんだよな。

 

 「それなら昼休みに屋上で。その代わり、絶対にそいつらが告げ口しないように言い聞かせとけ」

 「分かった! ちゃーんと二人には言っておくよ。じゃあまた後で!」

 

 予鈴が鳴り、月乃は手を振りながら走り去る。こっちを見ながら走っていた所為で知らない生徒とぶつかっている。

 前見て歩け……と言いたいけどアタシも視界ボヤかしてるから何も言えない。

 普段なら登校したら直ぐに屋上に行って煙草を吸い、ホームルームまでには一応戻っている流れがある。

 だけど、今日は月乃と話していてもう予鈴が鳴ってしまった。

 ホームルームの出席は諦めよう。



 その日の昼休み。屋上のもう一つ上、貯水タンクが置かれたスペースに座る。

 だらりと垂らした足を揺らし、煙を吐く。ここなら万が一誰かが屋上に来ても速攻でバレることはない。

 月乃にバレてからはこっちで吸うようにしている。

 屋上は学校内で唯一眼鏡を外して落ち着ける場所。誰も視線も声もない。

 下から聞こえてくる足音にアタシは垂らした足を引っ込める。

 入り口から金髪が入ってきたのを見て、煙草を灰皿に押し潰し、飛び降りた。

 

 「本当に連れて来たんだな」


 月乃は朝の宣言通り友達二人と一緒に屋上へやってきた。

 黒髪をハーフアップにした女はアタシに少しだけビクビクしている。噂を丸っ切り信じてないけど丸っ切り嘘だとも思ってない様子。

 妥当な反応だが、目の中に光を感じる。月乃が向けてくる目に似てる。

 月乃の奴、変なこと言ってないだろうな……?

 もう一人は黒髪キノコ頭で細身の……細身の……女か?

 性別の判別が付かない外見ではあるが、敵意は分かり易い。アタシと会ってからずっと睨んでいる。街中なら喧嘩だぞ舐めやがって。

 

 「紹介するね。こっちが會澤七海。私の幼馴染でアニメや漫画が大好きなんだ」

 「は、初めまして。うちの月乃が迷惑掛けちゃってるみたいで——」

 「それで大好物はBLの超最高級腐女子なんだー」

 「ちょちょちょい!? なんでそれいきなりバラすかなぁ!? それこそ知ってるの月乃とアヤだけなのに!」

 

 隠していた趣味を初対面の相手にノータイムで暴露される會澤。

 月乃は友達紹介しにきたんだよな……アタシは何を見せられてるんだ。

 會澤はポカポカと月乃を叩き、恐る恐るアタシを見る。呆れた目を向けていたら會澤の目から不安が消えた。


 「あれ……何も思わない?」

 「何やってんだよ、とは思ってる」

 「気持ち悪い奴とか思ったりしないの?」

 「思わないだろ。アタシは好き好んで読まねぇけど、人気なジャンルなのは知ってるし、好きな奴が居るのは当たり前じゃんか」

 「月乃。わたしが保証する。梵さんは良い人。悪い噂も全部嘘」


 會澤から恐怖が消え、済ました顔で月乃に言う。


 「だから言ったでしょ? 大丈夫だって」

 「噂は割と本当だぞ」


 自分でそうなるように行動してきたんだから信憑性は高いはずだ。

 そもそも屋上に居るんだから状況証拠的にも逃れられないだろうに。

 

 「好き好んで読まない……その口振りだと梵さん、漫画読むタイプ?」

 「一人で出来る趣味だし、まあまあ読む方だと思う」


 本土に居た頃は元友達の影響で少女漫画は良く読んでいた。

 あの頃は漫画の中の非日常感が好きで、今は普通の日常を感じられる青春系や強い自分を持っている古き良きヤンキー漫画が好きだ。

 漫画を読むと知ると會澤は嬉しそうにアタシの顔を覗き好んでくる。


 「わたしさ、——の——が好きなんだけど知ってる?」

 「あー、あれか。——の描く漫画良いよな。作品によっては好みが二分するタイプだけどアタシは好きだ。特に——」

 「「物事は偶然ではなく必然」」

 

 會澤と声が重なった。いや、重ねてきたのか。

 同作者の作品全てに充てがわれている設定で、死んだ人間が生き返らないと言うのも特徴だったりする。

 漫画の話で盛り上がるなんていつ振りだ? 超楽しいぞ!

 

 「いやぁ……中々古い作品だからねぇ……語れるの最高っ。梵様万歳」

 「月乃は読んでないのか」

 「月乃は専らラノベ系が好きだから。他を読まないことはないんだけど古いのはそんなにかな」

 「ふふふ、だからこそ会わせたんだよ」

   

 月乃が腰に手を当てて得意げに胸を張る。

 何が「だからこそ」だ。アタシの趣味も知らないでただの偶然だった癖に。

 

 「まあでも、ショートケーキは美味しいもんな」

 「でしょ?」

 「ショートケーキ?」


 盛り上がり、つい自然に煙草を咥えて火を付けてしまう。

 

 「あっ、月乃たち煙大丈夫か?」

 「私はバイトで喫煙者の人と過ごすことも多いから平気。正直言うと加熱式の匂いが苦手だから紙巻きは全然」

 「うわ……ビジュ最高の女子高生に煙草とか……激渋なんだけどぉ……」

 

 特に気にする必要はなさそうだ。と、思ったのに。


 「なんで……二人は普通に受け入れてるの?」

 「「え?」」


 ずっと話に混ざってこなかったキノコ頭が声を震わせながら言った。

 會澤のように怖がっているのではなく、怒りと驚きが入り混じった雰囲気を感じる。鋭い目付きで見てくるのでこっりも睨み返してやる。


 「えっと、こっちは野間綾人。体は男だけど中身は女の子なんだよ?」

 「ふーん、道理で。お前もお前で苦労してそうだな」

 「そんなことはどうでも良い。月乃も七海もこんなのと関わるのは辞めた方が良い。煙草も吸ってて屋上に侵入してるんだよ?」

 「でも、ソヨが屋上に居ても煙草吸ってても私たちに何も影響ないし」

 「だよね。わたしは語れるオタク友達が増えるならそれで良いや」


 折角良い雰囲気だったのにキノコ頭が台無しにしやがった。アタシが悪いことをしているのを理由に説得を試みるが、月乃と會澤は特に気にしない。

 この感じだと野間は正義感が強いタイプなのか。

 もしくはただ友達二人を守りたいだけか。

 けどまあ、友達が不良の噂が山程あって屋上侵入して煙草吸ってる奴を新しい友達です、と紹介してきたら野間の反応が普通だろうな。 


 「好きならともかく嫌いを共有しようとするの辞めとけよ」

 「うるさい。とにかく僕は見逃すなんてことしない!」

 「でもさ、屋上に入ったのはお前も一緒だぜ?」

 「——!」


 アタシにそう言われて怒った野間は顔を真っ赤にして屋上から出て行く。

 今にも告げ口しそうな勢いの足取りに慌てた會澤が追い掛ける。


 「月乃と約束忘れてないよね! アヤー!」


 大声出すなよ。お前らも怒られるぞ。 


 「今は何だ? 生クリームのないショートケーキか?」

 

 残された月乃が苦笑いする。


 「そんなとこかな……あちゃー、アヤは駄目だったか。ごめんね。アヤにもソヨにも嫌な思いさせちゃった」

 「アタシは別に。あいつ、月乃たちの心配してたんだからちゃんとフォローしてやった方が良いぞ」

 「うん。ちゃんとソヨが悪い人じゃないって説得する」

 「……やるって言うなら止めねぇけど。まあ頑張れ」


 アタシは別に良い人になりたい訳でも友達百人作りたい訳でもない。

 楽しいことや楽しく感じられることが増えればそれで良い。

 特別は要らない。

 普通の日常を集めていきたい。

 少しずつ、少しずつ。

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