第2話「そらあおいまま」
「なんと私、王子様に助けて貰っちゃいました〜」
昼休みに私はナナウミとアヤと一緒に机をくっ付けてお昼ご飯。
「朝言ってた話だよね。暴漢に絡まれたところを颯爽と現れた王子が助けてくれる……夢のシチュだよぉ……男同士なら尚良し」
「でもそれ、聞く限りでは月乃も邪魔の範疇だったけど。それに王子って、女子でしょあの人」
ナナウミが神シチュに悶え、アヤが重箱の隅を突いてくる。
助かったのは事実だから良いの。
こうして私たちは昼休みになると決まって三人で集まり、お昼を食べる。
二人は友達で特にナナウミ——
アヤ——
「私、仲良くなりたい。だから会いに行こうと思うんだー!」
「出た。特別愛好家の月乃さんだ」
慣れているナナウミがいつも通りの反応をする。
そう、私は『特別』が大好きだ。生まれた時から何をやっても普通か普通以下。
特化した才能はなく、だからと言って努力もせず、やることと言えば金髪にしてみたり、困ってる人を助けたりするくらい。
だから周りの人が持つ特別はキラキラ輝いて見える。
それを見るのが凄く好きだ。ナナウミには変だと言われた。失礼な。
「会う!? あの
「そんなに驚くこと? だって話してみたいじゃん。特異体質だよ特異体質! 特別の権化だよ!」
「だって梵と言えば入学当初から悪い噂が絶えない奴だよ? 暴力なんて日常茶飯事で怪しい大人と関わりがあるとか。学校でも誰かと居る姿を見たことないし」
心優は高校入学と同時に本土から私たちの住む常陸島に引っ越してきたらしい。
あの美しい銀髪は妖怪や人成らざる者たちを退ける力を持っている特異体質の影響で、入学式の日も金髪の私より一際目立っていたのを覚えてる。
他にも誰とも馴れ合わず、喧嘩や悪いものに手を出している噂は有名だった。
きっとアヤは私を心配して言ってくれてるのだろう。でも。
「噂は噂。会ってみないと分からないと思わない?」
「この前、バイトで危険なことに巻き込まれた癖に。少しは月乃も警戒心ってものを覚えた方が良いと思うけど」
「警戒と言われましても……あれはランダムイベントみたいなものだし」
「そんなバイト辞めてしまえ」
「いやいやいや、何のバイトしてても変わらないよ!? 発生率は高いかもだけど!」
「諦めなよ、アヤ。遅かれ早かれ……わたしの感覚だと大分遅いけど梵さんには会いに行ってたよ。だって月乃だもん」
自販機で買ってきた紙パックのジュースを飲みながらナナウミが言う。
流石ナナウミは分かってる。正直入学した時から話したいとは思ってたけど、きっかけがなかった。
結果論とは言え、折角助けて貰ったのでこれを利用しない手はない。
新しい楽しみにワクワクする私をアヤは心配するような表情で見つめてくる。
「何かあったら直ぐ僕に電話して。きっと助けるから」
「うーん……何もないと思うけどなぁ……でもありがと! じゃあ行ってくる!」
「「今から!?」」
だってまだ昼休みは残ってる。やるなら即行動が私のセオリー。
半分くらい残ったメロンパンを口に挟んだまま教室を出る。
パンも咥えてるし、少女漫画のように心優の教室に向かう途中、曲がり角でバッタリ——なんてことはなく普通に辿り着いちゃった。
口の中に入ったパンを飲み込んでからチラッと中を覗く。
絶対に目立つはずの銀髪は見えない。教室には居ないみたい。
誰かに聞いてみようと私が教室に入ると、教室中の視線が一気に向けられる。
頻繁に出入りしているクラスじゃないと大体こうなるんだよね。金髪なのも影響してるんだろうなぁ。
取り敢えず私は一番近くに居た男の子に聞いてみる。
「ねぇねぇ、心優が何処に行ったのか知ってる?」
机に顎を乗せるようにしゃがんで目線を合わせる。
男の子は少しだけ照れた素振りを見せ、辿々しく答えてくれる。
「そ、梵さんは昼になるといつも居なくなるので……」
「分かんないかー。突然ごめんね。ありがと!」
勢いを付けてピョンと立ち上がる。
なんとなく想像はしてたけどやっぱり教室には居ないみたいだ。
それから人気の少なそうなところを軽く回ってみたけれど見つからない。誰に聞いても知らないと返ってくる。実に不思議だ。
これだけ探しても見つからないとなると……あそこかな?
頭の中にとある場所が浮かぶ。
「その前に……喉乾いた」
紙パックジュースの自販機でミックスジュースを買う。二つ。
一つを飲みながら周りの目を盗んで階段をコソコソ上がる。そこは生徒だけじゃなく先生たちですら行かない立ち入り禁止の場所。
鍵が掛かっているはずの屋上への扉。ドアノブを捻るとあっさりと回っちゃった。
そして開けた扉の向こう。青い空の下に立っているのは雪のような銀髪を揺らして紫煙をくゆらせる心優。
「え……宗教画? 天使?」
「煙草を咥える天使が居て堪るか」
あっ、心の声が漏れてた。普通にツッコまれてしまった。
一度見られているからなのか慌てることなく余裕のある態度で煙を吐き出す。
「あん時の金髪か。告げ口なら勝手にしろよ。バレた時点でアタシの落ち度だ」
「え? しないよ告げ口なんて。私は心優と仲良くなりたくて来たんだから!」
「は? だってお前……あの影山月乃だろ?」
「そうだよ?」
私も私で金髪なのでなんだかんだ有名らしい。あの、と言われるくらいには。
でも心優に知って貰えてるなんて嬉しいなぁ。
「優しい優しい正義の味方って噂だぞ。それなら未成年喫煙は止めるか告げ口するかが定石なんじゃないのか?」
「だって困ってないじゃん」
「……何言ってんだ?」
唖然とした心優の持つ煙草の灰が風に揺られて落ちる。
「私にとって正義は困ってる人を助けること! 心優が煙草辞められなくて困ってるならどうにかするけどそうは見えないし、好きで吸ってるなら良いかなって」
「良くはないだろ……アタシとしちゃありがてぇけどさ」
「取り締まる権利は私にないからねー。そんなことより、はいこれ」
私は買ってきたミックスジュースを心優に差し出す。
心優は訝しげに眉を顰めながらも仕方なくと言った様子で受け取ってくれた。
「この前助けてくれたお礼。ありがと」
「お前も邪魔の一員だった。助けた覚えはない」
「それでも私には漫画の王子様みたいに見えたよ。綺麗なその髪も含めてすごーく格好良いなって」
蹴り一発で自分より大きい男の人を沈めるのは本当に格好良かった。
心優は何故か少しだけ面食らい、紙パックにストローを差し込む。煙草のなくなった口にストローを運び込み、小さく喉を鳴らしてから口を開く。
「特異体質だぞ」
「だから仲良くなりたいと思ったの。私は影山月乃。友達になろ?」
「アタシなんかと一緒に居たら誤解される」
「誤解ならさせとけば良いよー! だって間違ってるのはそっちだもんっ! だから、ねっ?」
並外れた美しい銀髪も、誰も寄せ付けないクールな雰囲気も、時折見せる寂しさに満ちた目も、何なら全てに特別感を見出せる。
こんなに友達になろうと必死になるのは初めてだ。
だからこそ是非友達になりたい。仲良くなりたい。
自分でも馬鹿なんじゃないかと思えるくらい必死に攻めた結果。
「ここで騒がれると面倒なんだよ。もうアタシに関わらないでくれ」
心優は屋上の出入り口へ歩き始め、背中を向けてそう言った。
座り込んでいた私は慌てて立ち上がる。引き止めようとしたが、言葉を発する前に心優の足が止まる。まさか思いが通じた?
「ジュースは……ごちそうさん。じゃあな」
それだけ言い残して、私は屋上に取り残される。
言葉に出さない思いは通じなかったみたい。思ってたよりもあっさりと断られちゃって、私の心に雲が浮かび始める。
でも、空は青い。
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