レイチェルVSレキーナ
木立の間を抜けた風が、葉を揺らして騒がせる。
にこにこと笑むベルスーチャと対照的に、レイチェルはため息をついて、
「誤解を招く言い方だ。別に私は、レキーナ本人ではない——あの人の心の一部を、遺されただけだよ」
それは、ホロハニエに於ける、公に認められた施術だ。
羽衣を用いての記憶の転写、共有。銀鉄の文明では考えられなかった、しかし羽衣人の間では長く普通に行われていた、日常の交流。
今日のホロハニエでは、両者同意の上、犯罪捜査や……意志を伝える用途で用いられる。
「彼に関する事項は、非常に繊細かつ緻密な共有が必要だったからな。情報に誤解や不足を起こさないため、彼を迎える責務に関する部分を写してもらった。それだけだ。確かに、この件に関してのみを言えば、私はレイチェル・メノ・ミッセであり、祖母本人であると言えなくはなかろうし、彼と接している時、ふと思考に、祖母の感触が混ざることもなくはないが——」
「どちら?」
「は?」
「彼をより愛しているのは、どちら? レイチェル? それとも、レキーナ?」
——返答は、ない。
少女が、言葉に詰まった。
「彼に対しての部分のみ写された。それはつまり創立の母としての立場や義務、その他諸々の制約や束縛から、純粋な“想い”だけが自由になった、というふうに言えますわよね。ふふ——さぞやびっくりなされたんじゃありませんの? おばあちゃまが秘めていた心に」
レイチェルは、ゆっくりと、顔を逸らす。
唇をぎゅっと結び直し、そこから一切情報が漏れないように……だが、そんな努力も虚しく、小刻みに震えている。力が入り過ぎて、目の端がぷるぷるしている。
「おばあちゃまの想いの強さが衝撃的すぎて、そっちの正攻法では勝てる気がしないから……レキーナをなぞると負けた気になるから、それ以外でアプローチしようと試みた」
「…………う、う」
「まぁまぁ、盛りに盛りましたわねえ。デキるエリート公務員かつ、プライベートではお茶目で軽ーい女の子。カッコ良く頼り甲斐があるし、可愛いくて甘やかしてもくれる、尽くしもてなし欲張りセット……形振り構わずキャラ作りまくった恋愛両面作戦、いかほどに?」
「はぐぅぅぅぅぅぅぅ……!」
限界が来た。
レイチェルは悲痛な鳴き声をあげ、テーブル上に崩れ落ちる。
「ど、どどどうせ、結果は知ってるだろう!」
「ええ、はい。オタカラさんとの雑談で。ちなみにわたくし聞きました、『あのかた、レイチェルさんがお好きなのですか?』と」
「はぁ!? ちょおぉっ!?」
「答えはこうです。『そんなの、畏れ多すぎてそういうの考えたこともない』」
「そうッッッッ! そ・れ・なーッ! いっつもそうなのよ、あいつッ!」
それはレイチェルか、レキーナか。あるいはその両方の文句か。
抑えてきた鬱憤が爆裂、白銀の少女がテーブルに両手付き、猛然と捲し立てる。
「こっちがわざと隙を見せて、守り寄りの攻めしてんのに、毎度子供をあしらう年長みたいにしのぎやがってー! 今回の事件みたいなことがあるなら、もう悠長に構えてらんない! 久々にやってやろうか、ミッセ名物、相手の度肝を抜くとびっきりの強硬策……!」
思い詰めた瞳に浮かぶ鉄の意志。呟かれる百の魔法具を用いた百のプラン、それがついに実行の引き金を引かれる前に、ベルスーチャが言った。
「さっきの台詞ですけど。彼、その後にこう続けていました」
「……え?」
——下手な事して、傷つけたり、嫌われるのが一番怖い。だからなるべく、意識しすぎないようにしているんだと思う。……成長した君みたいな子が、とびきりタイプだって。いつかレキーナに話したら、きっと、得意げな顔で大笑いされるんだろうなあ——
「——とのことで。貴女たちの努力、実は結構、有効の模様でしてよ?」
それを聞いたレキーナは、喜びも露わに「っしゃあ!」と飛び上がり……とかはせず。
「い、いや……そんな、え、シャフト……わ、私のこと、そんな目で……あわわわわ……」
これこそ狙いであったはずなのに、顔を赤らめ、ひたすらもがもが、どもっていた。
「ど。どどど、どうすればいいの、こういう時!? 押す!? 引く!? 焦らす!? 何が一番、正解した例が多い!?」
「さて。それは、参考を求めてもしようがないかと。何せ、貴方がたのような関係の恋なんて、どんな記憶にもございませんから」
『だからこそ面白い』とベルスーチャは笑う。
「そうそう。貴女、精々自分がレキーナ本人を含むことは、おバレになれませんように。あの方の、【栄光の王冠】隊長への尊敬は崇拝レベルで深すぎて、正体が知れれば、決して恋愛対象になんて降りられなくなりますからね」
忠告を聞いたレイチェルは、慌てて立ち上がり、居ても立っても居られないように走り出す。どうやら、迷いに迷って考えた挙句、とにかく動く、と選んだらしい。
その後ろ姿を見送りながら、羽衣太守は笑った。
「紡いでくださいな。貴女たちにしか出来ない、貴女たちだから出来る、美しくて面白い——いついつまでも残していく価値のある、この世界の紋様を」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます