ロストハートの再燃
◇◇◇
人生は、生まれた時に決まっている。
少年は聡く、それを悟っていたので、とりわけ絶望することも、憤怒することもなかった。
ただ、滑らかなる納得を抱えていたのみだ。
——ああ、そうか。
——ぼくの一生は、これより死ぬまで、【最も叶えたかった願い】を諦めたものとなる。
齢五歳にて、自分の人生を消化試合と定めた子供は、故にこそ神童と呼ばれた。
生来数多の才に恵まれ、それを存分に育める環境に生まれついたのも無関係ではあるまいが、何より大きいのは心境だ。
皮肉な話だが。
無感の諦観が彼を万事に寛容にし、俯瞰の視野と尽き果てぬ余裕を与えた。
余分なる拘りのなさ、執着を持たぬフットワークの軽さが、次々と結果を残させた。
——どうでもいい。興味はない。何をしようと砂の味。
——他人の言うことを聞けば、自分で考えなくて済む。
培われた性能を、惜しみなく周囲に捧げる。それは言うなれば怠慢であり、彼の八方美人、聖人とまで持ち上げられた善人仕草はことごとく【手を抜くため、楽をするため、何もかもに意義を感じていないため】だったが、周囲にそれを見抜く者も、疑問を感じる者もいなかった。
ただ賞賛され、評価された。
名門の貴き血を正しく受け継ぎし、次代を担う紳士だと。
——いいんじゃないかな。別に、どうでも。
——こんな残骸、好きに使ってくれ。本物の僕は、あの時にもう死んでいる。
空洞。なれど、抜け殻の有用性は健在で。
情熱の無さとは裏腹に、彼は申し分なき将来の偉人として。
誰の目にも明らかな成功の道、周囲の羨む、本人が最も価値の感じない時間を歩み続ける。
十二年前。
成人の日、その儀の折に、或る使命を受け継ぐまでは。
それは秘され続けた一族の夢。歴史に埋もれた……否、隠蔽されていた真実。
銀帯戦争、開戦の理由。
最初、彼は大量の骨か、あるいは炭かと思った。
近しい。確かに、【跡】という意味では同じものだ。
全てを知る、彼に幼き頃より仕える侍女は、こう説明した。
『これこそは、竜の殻。二つの世界を分けていた壁の一部でございます』
歴史はこう伝える。本体から崩れた竜の殻は、全て跡形なく、塵となって消え去ったと。
それは、偽りだった。
『竜殻破片は、ここに。当家が密かに回収し、保管と研究を続けておりました』
そして侍従は、その価値を見せた。
竜殻は、膨大なエネルギーを秘める資源だった。それも……現代では不可能な、二つの種族がどれほど文明を進めようと再現出来ぬ、例外事象すらも起こせる奇跡へのきざはし。
『これを手にした者は、世界を手にしたも同然。故に、銀鉄も、欲帯も、竜の殻を求め争った。余りにも大きすぎる事実であるため、最重要機密として秘され。本当の理由を知る者は、銀鉄では革命で、欲帯でも、災害によって失われ』
つまり。
今。
この現代で。
竜殻という、世界変革の資格を、握っているのは。
『現当主は、先代、先々代と同じく、放棄……相続をお選びなさいました。これほどの力を、果たしてどのように使うべきか。その解、次代へ託すという選択は、新たなる当主候補が成人なさるまでございます。どうぞしばし、お考えください』
彼は、迷わなかった。
誰に望まれる前に、残骸へと踏み出す。長き戦いの元凶、世界を揺るがす力の源を——青年となった彼は、夢を見るように、夢を取り戻したように、少年のような瞳で見つめて言った。
——決めたよ。これは、私が使わせてもらう。
——偉大なる曽祖父曰く。『崩せぬ天など世には無し』。
物語が始まった。
長き道。困難な旅路。だが、足を止めることはない。その瞳は、本物の光で輝いている。
ついに、あの日の少年は——リレイツ・ウルオ・ザンドラシヤは。
消化試合でない人生を、叶えたい願いを諦めない日々を、生きているのだから。
生まれた時から決まっていて、彼が動かすのは絶対に無理だと悟った、過去の記録。
それは、融和都市ホロハニエという存在が成立してしまった、忌まわしき歴史のすべてである。
◇◇◇
そうして、彼は口にする。
一度は死に、葬りながら——再燃させた、人生の軸を。
「待っていろよ、【栄光の王冠】。今度こそ、僕が、君たちを——」
——賞賛される記録になどさせはしないと。
挫折を知らぬ少年のような熱意で、呟いた。
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