『何も記録に残らない』
「ハハハ……ハッ、アハハハハハハハハッ……イヒヒヒヒヒヒッ……」
おかしくなった。
壊れてしまった。
追い詰められて錯乱した。
ザンドラシヤの、そんなふうにしか見えない様子に、人々が示す反応はさまざまだったが……一律、評価の下方修正ということだけは、共通していた。
「うわっ……」
「マジかよ……」
「流石に引く……」
「リレイツさん……」
「俺のダチがやられた都市伝説、アレもお前の仕業かよ! ……このクソ野郎! お前、もうおしまいだぞ!」
カメラは回っている。
配信は続いている。
客席からも無数の個人端末が、今この時の光景を野放図に捉え、そして、拡散していく。
「長、官……!」
秘書が激しくもがくも、厳重な拘束からは微塵も逃れられない。現行犯の蛮行を取り押さえる警備局員レイチェル・メノ・ミッセは、厳しく容赦ない、同時に、ひどく残念だという感情をわずかに滲ませた瞳で、今まさに人生設計が崩れんとしている融和長官を睨みつけている。
それらの感情、正も負も。
本人は、まったく胃に介していなかった。
「哀れだな、と思っているかい?」
ザンドラシヤは、彼だけを見ていた。
魔法の反動で消耗しながら、臨戦の意志を崩すことなく、己に向き合う相手を。
怪物を見るような雰囲気を向けてくる、円柱頭を。
「終わりだな、と思っているかい?」
シャフト・エーギリーはこう返した。
「はい。貴方の罪は、皆に記録されました。そして、間違いも訂正します。どんな記録が、あるとしても。これからの未来を決めるのは、常に今、現在の自分の決断と選択で——」
「そうか。では、示そう」
おもむろに、ザンドラシヤがスーツの襟元を掴み、思い切り——引き裂くように脱ぎ散らす。
自らを鎧う
自らを定義する
それらまとめて、廃棄する。
そうして、白日の元にさらされた。
無数の
そこにあったものを、どう言うか。
たとえば、カゴー・リトプシスはこのように表現する。
『グシャグシャに重なった骨の団子がくっついている』。
たとえば、ペンタ・パルナはこのように表記する。
『まっしろな心臓が、胸を突き破って出てきていると思いました』。
たとえば、レイチェル・メノ・ミッセはこのように報告する。
『その形状はD・R・F・F事件に於ける禁忌魔具第炉号に最も近い』。
たとえば、シャフト・えーぎりーはこのように言葉とする。
「…………羽衣人の、枝——『奇跡』と繋がるためのアンテナ……?」
「その身をもって知るといい」
ザンドラシヤの声が、瞬間、停止していた状況を再開させる。
彼は、
笑っている。
「自分たちの立脚点。世界を支える土台の、幻想でしかない儚さを。大丈夫、恐れることはないよ。これもまた——何も記録に残らない」
その瞬間、色々なものが一斉に動いた。
ただならぬ雰囲気を察したカゴーは、ペンタの腕を掴んで引き寄せ、ザンドラシヤからの盾になるよう身を挺した。
その意図を察したペンタは、「羽衣人を精錬人が庇うなんて、そっちこそあほんだらじゃないのか」と悪態をつくより前に、咄嗟に自分の羽衣を、彼を守るように盾とした。
レイチェルは刹那の逡巡を挟んだ後、銃口を外交大使本人へと向けた。
そんな全てに、意味が無かった。
ザンドラシヤはこう言った。
「【竜殻 励起】【この世 並べて 捏造なりや】」
■■■
その時に起こったことを、正確に観測した者はいない。
すべてが瞬間のことで、かつ、名状しがたい事象であった。
それでも、どうにかそれを、苦し紛れでも説明するならばこうだ。
ある地点を中心にして爆発的な拡散を行なったまるで真っ白な羽衣のような形状のエネルギーが竜殻全土いやその先までも境を超えて包み込んだ。
床にも壁にも天井にも遮られず、不可思議に、不条理に、あらゆるものを貫き——
その後にはただ、誰もが知る元通りの世界があるのみだった。
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