知っててもせんかった
おくとりょう
《せっくすできる相手の見分け方》
――10秒。10秒、相手を見つめる。相手がその10秒間ずっと目をそらさず見つめ返してくれるのなら、その人はあなたとセックスもしてもいいと考えるくらいの好意がある……。
『つまり、店員さんとヤれるってこと?』
『いやいや10秒くらい誰とでもできるだろ』
『10秒ってわりと長い』
『母ちゃんしか俺と目を合わせてくれないんだけど?!』
ネットの匿名掲示板で見かけた話。何の根拠も無いけれど、ちょっとありそうな気もしてしまう。
ついつい誰かに言いたくて、翌日親しい女友だちに話した。異性にする話題ではないと思ったけれど。
「ふぅーん」
彼女は何でもない風にいうと、僕を見つめて指折り数え始める。長いまつげの奥で光る瞳。淡い色が彼女らしくて、好きだと思った。だけど、だんだん震えるまぶた。僕も笑いが込み上げてきて、顔をそらして噴き出した。
散々笑ったあとに、「最近ムラムラするから、つい。な?」と言う彼女に、「ほな、また次のときに呼んでな」と僕は返した。
別に、そのあと何にもしてない。だけど、彼女とは今でもたまに遊ぶ。
それで何というわけでもなく、しばらく、この話を忘れていた。『セックスできる人の見分け方』なんて、覚えてなくても問題なかった。
だけど、ある日。なぜか突然思い出してしまった。
それは、バイトの研修中。細かい指示を受けてるときだった。上司は少し年上の若い女性。漫画の趣味が近かった。
『10秒見つめればセックスできる』
彼女の言葉を聴きながら、黒い色が綺麗だなってじっと見ていた。彼女の話にうなずきをするのは忘れていた。
黒い瞳はだんだん潤いを帯びて、白い肌がポッと染まった。赤面したと分かった瞬間、僕の頬も熱くなる。二人で同時に顔をそらした。
慌てて仕事に頭を切り替える。軽作業の業務のときで助かった。一緒に作業をしているうちに、ちょっとした雑談になる。さっきのことなんて何もなかったみたいな気がした。
だけど、「そのお店行ったことあります」と言ったときに「女の子となんやろ?」と笑われて、何と言えばいいのか分からなかった。
知っててもせんかった おくとりょう @n8osoeuta
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