第14話 そこじゃない

「このお部屋の……間取りは?」


「間取り、ですか? ああ、まずそれをお伝えしてませんでしたな。失礼。間取りは、1LDK。リビング7畳に、洋室が4畳です」


「……築年数は?」


「確か、45年ですよ。――ああ、業者さん。ベッドは窓際で組み立てをお願いします。クローゼットの開閉に当たらないようにね」


 この部屋の賃借人は俺なので、代わりに指示をする。


 業者は「かしこまりました」と、キビキビ動く。


 重い荷物を持って階段を何往復もしているのに、動きが鈍らないとは……。

 更にはベッドの組み立てもあっという間に終わらせて行く。

 なんて美しく、素晴らしい手際の良さだ。

 今のユニットバスに立つ川口さんじゃあないが、思わず見とれてしまう。


「……高級タワマン、コンシュルジュ付きのハイクラス住居。……え? 築45年の、おんぼろ3点ユニットバス一口コンロ物件?」


 ボソボソと呟いているが……。

 なんだ?


 いや、それより今は引っ越し業者の美しい仕事っぷりだ。

 元々1人暮らしの荷物など、たかがしれているのもあるが……。

 段ボールに梱包された荷物も、あっという間に運び終えた。


 素晴らしい、素晴らし過ぎる!

 さすが高額を請求するだけはある仕事っぷりだ。


 作業完了のサインを川口さんに求め、川口さんがゆっくりサインをする。

 ……思っていたより、汚い字を書くんだな。

 力なくよれていて、細いミミズがのたうち回っているようだ。


 そうして引っ越し業者は保護材を回収し、あっという間に撤収していった。


 部屋に残されたのは俺と川口さん。

 そして梱包されている荷物や細かい配置をしていない家具だ。


「さて、細かい調整をしましょうか。いよいよ偽装同棲生活のスタートです。持ち込んでくださったベッドは窓際に、ソファーとローテーブルが部屋の中央。となると、梱包されている物を収納するのは……空いている壁際ですかね」


「…………」


「いやぁ、何もないと広く感じた部屋ですが……。こうして荷物が搬入されると、狭くなるもんだ。通るのがやっとですな」


「……おかしい」


「…………川口さん?」


 おかしい?

 何がだ?

 ……いや、そうか。

 確かに、おかしかったな。


 順序が間違っていたか。

 俺としたことが。


「これが家のカギです。ないとは思いますが……。念の為、チェッキーという、締めると赤くなる装置も付けておきました。この防犯グッズが1980円しましたが、必要な投資です。はい、どうぞ。それでは、懸念されているだろうセキュリティについて、もう少し説明します」


「…………」


「まず、玄関から進んだキッチンの天井には、室内や施錠状態も見渡せるペットカメラを設置しました。これが3562円で、ランニングコストもかかりますが……。スマホで何時でも確認が出来ます。共同生活でどちらかが防犯上のミスをしていないか、確認する為には必要経費でしょう。凄いんですよ、高画質で上下114度、左右はなんと360度見渡せるんですから! 視野限界は人間以上だ!」


 説明しながら室内を進んで行く俺の後ろを、川口さんがついてくる。


「――い、痛いっ!」


 運び込まれたソファーに足をぶつけている。

 人が1人、横向きになって通れる幅しかないからな。


 壁紙を傷つけないよう、早く慣れてもらいたいもんだ。

 梱包された段ボールを荷解して整理すれば、もう少し幅に余裕も出るか?


「このクローゼットは、平等に半分にしましょう。私が右半分。川口さんが左半分です」


「……ちなみに、何着ぐらい収納出来るんですか?」


「10着が限度、ですかね。それを半分ずつなので、1人5着でしょうな」


「…………」


「まぁ肌着は収納ボックスへ入れれば良いですし、着ない季節の服は圧縮袋に入れておけば問題ない。スーツと部屋着を1着ずつに、普段着を吊してもお釣りが来るレベルですよ」


「……え?」


「さて、一番気にされているのがベランダでしょう。分かりますよ。防犯上、最も危険ですからな。ベランダは、私の居室である4畳の方へあります。こちらへどうぞ」


 身体を捻りながら扉を開き、部屋へと入って行く。


 貴重品は今後、常に持ち歩くつもりだ。

 医学書の在りかを知られるのは少し不安だが……。

 俺は彼女を信じると決めたのだ。


 折りたたみベッドと本棚の間を通り抜け、ベランダの戸を開く。


「ご覧ください。俺の作ったセキュリティは万全です」


 余りに充実した防犯体制に感動したのか、目を丸くして絶句している。

 そうだろう、そうだろう。


「有刺鉄線に、忍び返し。これが我が家の自慢の防犯具です。ああ、位置も時々変えていますので。安心してください」


 川口さんは口をパクパクとさせて驚愕している。

 ふっ……。

 俺の自慢のセキュリティだ。

 それぐらいの反応をしてもらわないと、困るってものだ。


「川口さんと偽装同棲するとなって、私も気合いを入れてお迎えの準備をしないといけないと思いましてね。新たに導入した防犯具、チェッキーにペットカメラ。この導入にかかる5632円とランニングコストを得る為に、スポットバイトを2回も入れてしまいましたよ。唯でさえ少ない休みを費やしてしまいましてね……。それで詳細な説明をやり取りする時間が作れず、すいませんでしたな」


「……どういう、ことですか?」


 心なしか、声も震えている?

 そうか、スポットバイトなんて、一般人は知らないか。


 医者の常識で話してしまったから、理解が出来なかったのか。

 しまったな。

 先日も、専門用語ばかりで半分も理解出来ていない。

 そう入院患者から指摘されたばかりだったのに……。


 川口さんと居ると、反省や学びが多いな。

 これが偽装とは言え、同棲すると言うことか。


「スポットバイトとは、医者が空いている時間や休日に単発でするバイトで――」


「――そこじゃない!」


 耳をつんざくような怒声が、室内に広がった。



―――――――――――

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