第8話 意見の合う人?

「ああ、これはご丁寧にどうも。名刺、頂戴します。俺は東林大学病院とうりんだいがくびょういんで医者をしています、南昭平みなみしょうへいと言う者です」


 スーツに入れていた名刺入れから、俺も自分の名刺を差し出す。

 受け取った川口さんの目が、驚愕に見開かれた。


「え、お医者様だったのですか? 凄いですね!」


「何も凄くないですよ。所詮は、人の不幸がなければ飯を喰えない仕事ですから」


「ご謙遜けんそんを。お医者様になられるのは大変でしょうに……」


「どんな世界でもそうかと思いますが、ピンキリですよ。貴女こそ、ウェディングプランナー、ですか? 俺には縁のない仕事なもので、知的好奇心が湧くのですが……やはり、色々と大変なのでは?」


「そうですね。大変なことがないと言えば、嘘になります。ですが、やはりお客様の大切なウェディングを契約からプランニング、各所との調整を繰り返し……。本番、幸せな姿を拝見させて頂くと、これ程やり甲斐のある仕事はないと思えます」


「ほう、つまり貴女は人の幸福で飯を喰っている、という訳ですな」


「そして貴方は、人の不幸でご飯を……と言うと、余りに失礼ですよね。失礼致しました」


 申し訳がなさそうに川口雪華かわぐちせつかさんは頭を下げる。

 だが、俺は気にしていない。


 好きな物について語れば、口も軽くなるものだ。

 川口雪華さんは仕事のことで、ついつい饒舌じょうぜつになっていたんだろう。


 そもそも、だ。

 不幸や幸せで飯を喰っていると言い出したのは俺だ。


「いえ、構いませんよ。それは事実ですから。貴女は自分の仕事へ精力的に励み、誇りを持っているんですね」


「勿論です。この仕事に就いて良かったと想っていますし、これからも多くの人を最高の笑顔にしたいと思っています」


「実に素晴らしい価値観ですな。俺はその姿勢を、心から応援していますよ」


「ありがとうございます。仕事が第一の私からすると、何よりも嬉しいお言葉です」


「そうですか、それは良かった。貴女も今は恋愛どころではない、という所ですか?」


「ええ。過去に男性から手酷くフラれてしまったトラウマもありますし……。今は仕事が恋人、ですね」


「仕事が恋人! 成る程……。それは、本当に素晴らしい言葉だ。いや、掛け値なしにそう思いますね」


「ありがとうございます。……それにしても、高身長でお顔だって整っていて、素敵ですね」


「ああ、それはどうも。ありがとうございます」


「ふふっ、言われ慣れていらっしゃる反応ですね?」


「いえ、特に興味がないだけですよ」


「え、そうなのですか? そのルックスでいて、お医者様ですのに……。失礼ですが、良い方はいらっしゃらないのですか?」


「ああ、俺は恋愛に興味がないんです。貴女と同じで、仕事が第一です。恋だの、結婚だのに現を抜かす時間も気持ちもないんですよ」


「そうなのですね! 私と同じお気持ちの方と、この街コン会場でお会い出来るなんて……。思ってもおりませんでした」


「ははっ、そうですね。俺たちは同じように、恋愛などへうつつを抜かす間もない同志といった所ですか」


「その通りです。今は多様性が認められるべき社会。それなのに、皆して結婚や交際をしないのは変人のように扱って来ます」


「俺も同じですよ。同調しなければ生きがたい日本社会に、嫌気が差しますね」


「本当ですよ。いくらウェディングプランナーという職業と言えど、恋愛しないという選択肢を選ぶことも認めて欲しいものです」


「俺は……。明るい話題が少ない病院だからこそ、でしょうかね」


「ああ、そうかもしれませんね。私には想像しか出来ない世界ですが、やはり人の恋愛話は娯楽なのでしょう」


 本当に意見が合う人だ。

 人の結婚式をプランニングするような仕事で、俺とは全く違う生き方なはずなのに。


「俺たちは互いに仕事第一で生きながらも、対極の世界に生きているんですね」


「ふふっ、そうですね。このような場でもなければ、お互いを知ることもなかったでしょう」


「違いない」


「……あれ? ということはもしかして……。私の同僚とも、基本的には接することがない人?」


「ああ、俺もそうですが……。住む世界の明るさが違いますからね。暗い世界で生きる我々のことなんて、余程の病気にならなければ関わることもないでしょう」


「……」


「ん? どうかしましたか?」


 何やら、俺のことを見定めるかのようにジッと見つめている。

 病院という暗い世界とは関わりがないという言葉が、気にかかったのか?



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