第56話 鏡の前で(2)
鏡に映るボクは、まるで幼い少年のようだった。
砂漠の太陽に焼かれても白い肌、凹凸が少なくて未成熟に見える体躯。さすがに子供には間違われないけれど、アルコールの入ったグラスを手にしても全然似合わない。それこそ、背伸びして悪ぶっているボウヤみたいに思われるだろうね。二十歳を越えたのに、ボクはまだ大人には見えない。
神託の日。
十五歳で、道を踏み外した。
改めて振り返るならば、青春ド真ん中のふわふわやわいハートに、クリティカルヒットの精神的ダメージ(スキル『エロ触手』というサプライズプレゼント)を受けたことが良くなかった。
あるいは、欲望の街に足を踏み入れてから、スキル『エロ触手』で帝王として上り詰めるまでの間、泥水を啜りながら、ドブネズミと喰うものを奪い合うような日々を送ったことも、ボクの身体に大きなダメージを残しただろう。
端的に云えば、鬱気味の栄養失調である。
そりゃあ、成長もストップするさ。
十五歳から、まったく背が伸びなくなったわけだ。
ちなみに、欲望の街で働き始めた頃、後ろ盾となる組織のボス(当時はまだ、下っ端)にアドバイスされたのは、「お前じゃあ、王道のイケメン路線は無理だ。爽やかなスポーツマンなんてタイプはさらに絶望的――。そうだな、せめて、中性的な美少年……いや、中性的な少年っぽく演じてみろ。まだ少しは需要あるだろ」なんて無茶なもの。
それに対して、当時のボク。
あっ? ああん?
美少年をわざわざ、ただの少年って云い直したか、この野郎! ボクが背負うには、美の一文字は重すぎるだと? できらぁ! そこまで云うならば、なってやるさ。こんなボクだって、中性的な美少年って奴になぁ!
……おぅ。回想シーンに赤面するボク。
あれが、若さ。
まあ、仕方ない。大体がそんな風に啖呵を切ってしまったことで、現在の生ゴミみたいなボクが在るわけだ。こんな風に思い返してみると、ボスにうまい具合に掌の上でコロコロされていたことがよくわかるね。ため息。
ボクが勤務していた店舗は、女性に限定してサービスを提供していた。当然、本来ならばスタッフはイケメンが好まれる。
ボクは、特例。
サービスを提供するのは、ボク自身ではなく、エロ触手なのだから。前にも云ったことがあるかも知れないが、帝王なんて呼ばれつつ、ボクはエロ触手の添え物に過ぎなかった。
まあ、添え物は添え物だろうと、見栄えが良いに越したことはない。ハンバーグ弁当を頼んだ時、期待するのはハンバーグの美味しさだけ。付け合わせのマッシュポテトがイマイチでも気にされないが、意外にそれも美味しかったら、ちょっと嬉しい。
ボクが小綺麗にしておけば、エロ触手が目的のお客さんたちも、そうで無いよりは気分が良いはずだ。所詮はその程度の話であったものの、ボクが売上をガンガン上げ始めてしまったため、場末の安っぽい店は、ドンドンと超高級店に成り上がり――。そして、超高級店であるならば、その程度のことも煮詰めなければいけない。VIP相手には、どこまで細かい気配りをしても足りないってことで。
自分で自分の首を絞めるような展開だけど、ボクはめげずに演じ続けてきた。
中性的な少年……。
いや。
美少年を!
……くっ! 自分で云っておいて無理がある。屈辱だ、殺せっ!
どうでも良いけれど、女勇者に云って欲しい台詞だと思いました。似合いそう。なんとなく。
閑話休題。
何はともあれ。
ボクが己の外見描写を控えていた理由のひとつは、ただ単純にコンプレックスの問題である。随分と前には、女勇者と女モンクよりも背が低いから恥ずかしいと書いたけれど、あれは心底の本音である。
細く、薄く、小さく。
うーん、なんて、ちっぽけなボク。
主人公とは魅力的でなければいけない。それは義務であり、必然でもある。色々と足りていないボクは、だからこそ、自分自身の描写は映す価値ナシとして省略するのだ。
書かれないことには、無限の可能性が含まれる。
冗談みたいな真理である。
……。
念のため、繰り返しておこう。
書かれないことには、無限の可能性が含まれる。
……え、なぜ繰り返したって? うーん、わざわざ二回告げる理由なんて、説明するまでもないと思っていた。大事なことだから。それ以外の意味なんてない。
何を書き残し、何を書かずに想像に委ねるかは、ボクの選択であり、まるで神様みたいに人の運命を操るようなもの。外見描写という本来ならば第1話でやっておくべきものをここまでズルズル引っ張ったのは、まあ、詰まるところ、ボクの気分が乗らなかったという、くだらない理由が一番目にあるわけで、本来はこんなに深々と言及するのもおかしいだろう。
二番目の理由。
……。
……あー。
まあ、そっちは、今は無視しよう。
まだ、早い。
それでは、なぜ今さら?
今さら、ボクについて触れているのか。
もう一度、鏡に写ったボク自身を見つめる。肩を動かして、ちょっと背中側を見られないかと、がんばってみる。んー、んー、か、体がカタい……剣の訓練だけでなく、ストレッチも日課にしなければいけないと反省しました。
チラッ、と。
さあ、見えただろうか?
ボクの背中。
肩甲骨のあたり。
細く、小さく、薄く。
されど。
確かにそこにある、黒い羽。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます