第30話 エロ触手 VS 奴隷商人(2)
奴隷商人が震える手で、コップに水を入れていた。
水差しならば、部屋の中に控えるメイドが最初から用意していた。ボク自身でやっても良いのだけど、両手を拘束されたままである。だから、ボクは先ほど、ソファーの下に頭を突っ込んでガタガタ震える奴隷商人に対して、「水が欲しい」と素っ気なく頼んだ。
「ど、どうぞ」
奴隷商人はボクに近寄りたくないようで、テーブルの端っこにコップを置いた。
ちょっと面倒臭かったので、思わずにらんでしまう。
「ヒ、ヒィ!」
奴隷商人がブルブルと水を零しながら、コップを改めて近くまで持って来る。
……テーブルが、ビチャビチャ。
ボクが気にすることではないけれど、誰が拭くんだろうね。あれだけ威張っていた奴隷商人は、水差しに肘をぶつけて、さらに絨毯まで水浸しにしていた。オロオロするばかり。滑稽だけど、ちょっと悲しみに似た気持ちも感じてしまう。
不幸中の幸いで、コップを口に持って行くのは、両手に縄が巻かれた状態でも問題なかった。
ふう。
水を一口飲んだだけでも、だいぶ落ち着いた。
飢え、渇き、睡眠不足……コンディションの悪さは、思考を鈍らせる。ひとつだけでもイライラの原因が取り除かれたことで、雷の鳴り響く大嵐みたいな状態だったボクの頭の中は、しとしと雨が降るぐらいに落ち着いていた。晴れには遠いけれど、我慢できる。
冷静さを取り戻すと、つくづく思うことがある。
後悔する時は、いつも手遅れ。
「やり過ぎた」
機嫌が悪いからって、だれかれ構わず当たり散らす人間は最悪だ。これでも少し前まではサービス業の端くれだった身、見ず知らずの人間にもできるだけ真摯に接することが、この世の平穏や平和の土台だって信じている。みんな、できれば一度ぐらい、最悪のお客さんに対する接客を体験してみるべきだ。そうすれば、人類の優しさのレベルがきっと底上げされる。
ボクが感情任せに起こした行動は、最悪と呼ぶ程では無いだろう。
でも、褒められたものでもない。
ボクは周囲を眺めながら、なんとも憂鬱な気持ちを持て余していた。
「もう少し、抵抗らしい抵抗があるかと思ったけれどね」
応接室の四方八方から、延々と響き続けている嬌声。
用心棒の女が一人、冒険者パーティーの男女が三人、メイドが一人。全員等しく、エロ触手に拘束されて、宙吊りになっている。もちろん、エロ触手が身動きを封じるだけで満足するなんて事は無い。諸兄の想像通り、ヌルヌルのグチョングチョン。男女の区別なく、あちらもアへ顔、こちらもアへ顔、ヒィギュオオワァァンンだとか、ギョボグアアギィィィンンだとか、人間を超越した声が部屋中にあふれ返っている。まるで、何組かのデスメタルバンドがボクを取り囲んでライブをしているかのようだ。嫌すぎる。対バンの意味が違う。同時にやるもんじゃねえよ。
ちなみに、この中では用心棒の女が一番しぶとく抵抗していた。
所詮は、早いか遅いかの違いでしかなかったけれど。
用心棒の女は、近接の戦闘職のようで、室内でも身軽に動いていた。装備は、短刀の二刀流。迫り来る触手をギリギリで回避しつつ、高速の連続斬りを何度も叩き込んでいた。素人目にも、なかなかの手練れとわかる。人間相手ならば短刀でズタズタにした時点で決着だろうが、残念、相手がエロ触手では分が悪い。鋭い刃を受けても、触手はまったく斬られない。まるでゴムの塊みたいにポヨンポヨンと跳ね飛ばしてしまう。斬撃無効かな? そんな印象も受けるぐらいの無敵っぷり。
思い返せば、リッチの黒魔法『ネクロポーテンス』ですらダメージを与えられていなかった。
いくつかの物理耐性、属性耐性にたまたま特化しているだけの可能性もあるけれど……うん、違うね。たぶん理屈で考えるようなものでは無い。耐性が付いているからダメージ減少とか、加護があるから確率でダメージ無効とか、小賢しい理由付けを考えるなんてナンセンスだろう。
考えるな。
感じろ。
まあ、そんな感じ?
どうでも良いけれど、「感じろ」とボクが考えた所で、四方八方からアアーンとあえぎ声がぴったりのタイミングで響いて来るのは、嫌がらせですかね? 「感じろ」って、エッチな意味じゃねえよ。そんなことを考えているわけじゃないんだ。マジメにやっているんだよ、ボクは。
何はともあれ、用心棒の女だけでなく、冒険者パーティーの数人も攻撃と防御を試みていたものの、すべては徒労に終わっていた。やはり、エロ触手がダメージを受ける姿はまったく想像が付かない。燃やされても凍らされても、ドラゴンのブレスを喰らっても、「うわ、びっくり」ぐらいの顔でクネクネしているだけの気がする。
リッチに勝利した時点で、確信していたけれど――。
余裕を持ちながら観察してみたことで、理屈を超えて、これはそういうものと納得に至る。少なくとも、腕に覚えがある程度の人間では、エロ触手をどうにかするのは絶対に不可能だ。現状では、余裕すぎる。リッチ以上の強敵に遭遇しなければ、エロ触手の限界を知ることすらできそうに無かった。
それと、もうひとつ触れておこう。
「わ、私の娘にも、こんなひどいことをしたのかぁー! し、信じられん、うあー、か、神よっ! 地獄だ。こんなことができるのは地獄の悪魔だけだ。お、お助けください。どうか、お助けを……耐えられません。耐えられません。耐えられません。こんな光景は、頭がおかしくなる。どうか、どうか、お助けを……」
奴隷商人は、全員のプレイが開始されてから早々に限界が来たらしい。冒頭の通り、それから後はソファーの下に頭を突っ込んでしまった。悪夢を見た子供のように、これ以上は何も見たくないとガタガタ震え続けるばかり。
それに対し、実の所、ボクはちょっとだけホッとしていた。事前に警告した上で、それでもこの場に残った者たちであるから、用心棒や冒険者パーティーの女たちは敵である。エロ触手でアタックした後も、その認識は変わっていない。
とはいえ、女性たちの想像を絶する痴態を、赤の他人だろう奴隷商人のオッサンの目に触れさせるのは、さすがにいかがなものかと、ボクの善良な心は訴えかけていた。そこら辺が丸く収まってくれたので、めでたしめでたし。
ん、冒険者パーティーの中に男も残っていた?
そっちの視線は良いのかって?
問題ない。
奴隷商人と違い、そちらの男性はエロ触手に嬲られている真っ最中なのだから。女性たちのアンナトコロ、コンナトコロを目にすることは絶対に無い。断言できるね。
だって、ずっと白目を剥いたアへ顔を晒しているからね。
何も見えないよ、あれでは……。めでたし!
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