第4章 女船長と楽しい奴隷船の旅
第28話 海
海が、キレイだなぁ……。
ボクは呆然と立ちつくしていた。
ここは、大陸の外洋、穏やかなる南緑海。
航海は、とても順調な様子である。西方に向けて、メインマストは帆をいっぱいに風を受けている。シマシマの囚人服でTPOにバッチリ合わせた着こなしのボクもまた、船旅が始まって以来、延々と後悔を続けていた。
え……?
いきなりの場面転換だって?
前話(第27話)の早朝、街に帰還するシーンから、いきなり海の真ん中に飛び出している。ぶっとびカードでも使ったみたいに。間違えて、何話か読み飛ばしたかと思った?
大丈夫です、合っています。
さて。
ボクはいったい、何をやっているのでしょうか?
話せば、長くなるのだけど……。
はあ……(ため息)。
とりあえず今は、甲板掃除をさせられている。
「おい、こらぁ! サボってんじゃねえぞ、クソガキ!」
「は、はい! サーセン、やってますやってます」
ぼんやり黄昏ていたら怒鳴られた。
ボクは慌てて、モップを力強く動かす。
こんな扱いは理不尽と思うけれど、ここで抵抗するのは無駄である。大人しく従っておく振りをするしかない。あー、掃除って楽しいなぁ! ボクは心の中で自分に云い聞かせてみる。んー、虚しい!
奴隷って、大変。
命令に逆らえない。
ここが海の上であることは最初に述べた。
もうちょっと詳しく云えば、奴隷船である。
シマシマの囚人服に加えて、ボクの首には、ご丁寧にも奴隷の枷までハメられていた。
ほんの最近まで、大歓楽街の帝王と呼ばれていた身である。まさか、今さら、こんな恰好をすることになるなんてね……。ん? ああ、違うよ。超高級店できらびやかな恰好をしていたことを思い出して、落差を嘆いているわけではない。単なる皮肉、自分自身に対しての。
夜のエッチな店では、お客さんの要望で変わった衣装に着替えることも多くて、奴隷の真似事(コスプレ)ってかなり人気があるのだ。
参考までに、不動の一番人気は、極東魔法学園の制服である。
まあ、ボクを指名するお客さんはエロ触手だけが目当てなので、そのようなオプションを希望されることは一度もなかった。
なので、今さらねぇ……と、しみじみ。
これはコスプレではなく、正真正銘のガチなのが笑えるけれど。……いや、笑えないか。笑っている場合でも無いだろう。
性産業従事者。
勇者パーティーの一員。
奴隷。
うーん、めちゃくちゃな急勾配が続く人生である。アップダウンだけで吐きそう。せめて、この先、未来に続く道が崖になっていないことを祈るばかりだ。これ以下って、なかなか思い付かないレベルだけどね。大嵐でこの船が難破して、無人島で何年も独りぼっちとか? うん、展開予測はやめておこう。フラグが立ちそうだ。
難破はやめて欲しいけれど、航海が順調なのも決して歓迎できない。
果たして、ボクはどこに売られてしまうのか? 奴隷の身では、この先どうなるかなんて想像もできないのだから。
「みんな、元気かな。ボクのこと覚えているかな?」
勇者パーティーの仲間たちを思い出すと、ちょっと涙が出そうになる。だから、なるべく今は、過去を振り返らないようにしている。
とはいえ、回想シーンは必須だろう。
何が起きたか、ボクには物語る義務がある。
まあ、笑いながら聞いてほしい。
リッチ戦を終えた後、勘違いから冒険者たちに拘束されて、街に連れ戻されて、それから何がどうして、ボクが奴隷になっているのか――。
冒険者ギルド。
それは、大陸中に支部を持った大規模な民間組織である。
主な活動内容は、一般大衆から依頼を受けてのクエストである。庭の草むしりから魔法の家庭教師、魔物の討伐に至るまで、依頼内容は難度も報酬額もバラバラである。
一方で、ギルドに所属する冒険者たちの方も、閑散期だけ農村から出稼ぎに来ているという平凡な若者から、数多くのダンジョンを踏破して来たプロフェッショナルのイケオジまで、その実力はピンキリだったりする。
どちらも上下に幅があることで、なんだかんだ需要と供給のバランスが取れているらしい。
さて、一般のクエストに比べれば珍しいものの、冒険者が公的な依頼を受けて動く場合もある。
例えば、冒険者は戦闘向きのスキルを持つ者が多いため、都市の防衛機能の補助的な役割を請け負ったりする。正式な騎士団では手が回らない小規模な魔物の討伐であったり、市内の治安維持であったり、冒険者ギルドの社会的立場を上げる意味でも、彼らは積極的に公的な依頼を請け負う。
何が云いたいかといえば、ボクを捕らえた冒険者パーティーについて、である。
彼らは、リッチに全滅させられた別のパーティーの捜索・救助にやって来た。それはクエストと云うよりも、ギルド自体の互助機能か、あるいは都市の治安維持の一環と考えた方がしっくり来る。
ボクはそう考えたからこそ、最初、安心していた。
公的な依頼に基づくものならば、ちゃんとした法の下で調べを受けることができる。すぐに無実が証明されるだろうと思っていた。
ああ、完全なる勘違い。
冒険者たちは、個人からの依頼によるクエストを受注していた。依頼主は、かなり手広い商売をやっている奴隷商人であり、なんと女冒険者の父親だった。
大体の経緯はわかりやすいものである。
冒険者として自由に生きていくことを夢見た一人娘が家出してしまった。贅沢な暮らしに慣れた、わがまま娘。無理やり連れ戻しても再び反発されるだけだろう。都市内で冒険者ごっこをやっているぐらいは可愛いものと、しばらく放っておくことにした。
奴隷商人としてのツテや財力で陰ながらバックアップしていた所、ある日、クエストからなかなか帰還しないので、慌てて他の冒険者パーティーを雇って探索・救出に向かわせたという感じ。
で、賢明なる諸兄はこれまたお察しかも知れない。
これがまた、まったく話の通じないオッサンでございまして……。
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