第26話 エロ触手 VS リッチ(8)
リッチが右腕を失って膝を着くのと、エロ触手のハイテンションモードが終了するのは、ほぼ同じタイミングだった。
ヌルヌルのグチャグチャのデロンデロンのボクは、宙吊りから解放されて、触手に優しく手を取られながら地面に降り立った。リッチの様子には注意を払いつつも、ひとまず外套だけ羽織っておく。今さら羞恥心も何も無いのだけど、全裸でも堂々と開き直ったままなのは違うだろうさ。諸兄も、こんな汚いものは見たくないと思う。
え、全裸にコートでも大差ないって?
どっちにしろ、露出狂? まあ、その通りですね。
仕方ないので、ボタンぐらい留めておく。別に、恰好を付けているわけじゃない。先ほどからずっと、尻を押さえながらのポーズになっている時点で、ここから何をどうやっても取り返しは付かないとわかっているんだ。ボクは今夜、大人の階段を上りました。階段なんだから、降りることもできれば良いのにね。
何も失っていないはずなのに、何かがぽっかりと欠けてしまった気分。激しくアンニュイ。何度目か、尻の感触を確かめてみる。まあ、清らかさとか、初々しさとか、目には見えないものが色々と消失したかも知れない。最初からそんなキャラクターじゃなかったと云われたら、それはそうですね。代わりに得たものは、汚れ役としてのポジションだろうか。それも、最初からそうだって? 死にたい。
髪をかき上げて、粘液をぬぐい捨てる。
美しい夜空を一目見て、ため息の後、口内の粘液も吐き捨てた。
リッチは動かないので、ちょっとだけ後ろを振り返ってみる。
気にする余裕も、気にする義理も無かったけれど、女冒険者はギリギリ生きていた。ボクを突き飛ばしてでも意地汚く生き残ろうとした彼女だけど、それゆえ逆に、スケルトンを差し向けられた。腐っても冒険者ということか、1体か、2体かぐらいは、迫り来るスケルトンを打ち倒したらしい。
そのまま包囲を抜けようとしたのだろうけれど、さすがに実力が足りなかったのか、現在は取り囲まれていた。剣を振り回し、盾で押し返し、必死に時間稼ぎをしているものの、風前の灯火という感じである。
ざまあ……という気持ちがまったく無いかと云えば、嘘になる。
彼女のせいで死にかけたのは事実である。
では、見殺しにするのか?
答えは、ノー。
この場合、女冒険者に対するボクの感情はどうでも良いのだ。好きか嫌いかで云えば、まあ、あんな目に合わされたのだから大嫌いだけど、ボクは、個人的感情だけで他人の生き死にを決めるなんて偉そうな人間には、なれそうにない。好きだから、生きてほしい。嫌いだから、死んでほしい。そんな風に考えられる自分を想像したら、なんだかゾッとする。
聖人君子を気取るつもりはない。
それこそ、そんなキャラクターじゃない。
ただし、ボクは勇者パーティーの一員である。
ざまあみろと他人を見殺しにして溜飲を下げるよりも、仲間たちに胸を張っていられる方が大事という、ただそれだけの話なのだ。
「だからと云って、本当に助けられるかは、わからないけれどね」
ボクは笑った。
実のところ、打算もある。
当初の目的であった「スキルを理解すること」。スライム程度の危険のない魔物たちで実験するつもりだったが、まさかのリッチを相手に結果を出してしまった。スキル『エロ触手』は戦える。それも、非常にびっくりだけど、めちゃくちゃ強いと思われる。ただし、そんな結果こそ出たものの、結論は出ていないのだ。
ボクの中に仮定は存在している。
だから、実験である。
女冒険者には、実験台になってもらおう。
「ポチ、もう一度だ」
多少の距離はあるものの、これぐらいであれば虚無の穴を開くことは可能というのも実証済み。窮地に陥っている女冒険者の足元に、闇溜まりを生み出した。3本の触手が飛び出して来る。
ボクの命令は、いつも通り。
スケルトンに「攻撃」ではない。
好きにやれ、自由にしろ、「エロいこと」でオーケー。
すると――。
エロ触手は真っ先に、スケルトンの群れを薙ぎ払った。
一撃で、戦闘終了。
それはまさに、「エロいことするのに邪魔だ」と云わんばかりだった。
× × × × ×
スキル名:エロ触手
スキルレベル:50
スキルポイント:368
スキルツリー:未解放
スキル効果:
あなたは「エロ触手」を召喚できる。
召喚された「エロ触手」は、あなたの選択する対象にエロいことができる。
× × × × ×
スキル『エロ触手』は、上記のスキル効果の通り、「エロいことができる」。
逆に「エロくないことはできない」というピーキー過ぎる性質がわかった時はぶっ倒れたけれど、エロ触手の秘めたポテンシャル自体は凄まじいものだった。思い返せば、実力の片鱗はこれまでも十分に示されていた。
例えば、人類最強の女勇者。あまりの快楽攻めに全身で暴れ出そうとする彼女を、エロ触手は簡単に押さえつけてしまう。女モンクも、そうである。片手でリンゴを砕くどころか、鋼の鎧兜を握り潰せる彼女(ゴリラも真っ青)。女モンクに全力で握り締められても、エロ触手は潰れないし、苦しみもしない。
エロいことに関しての絶対的なスペシャリスト。
ムフフな空間の中では、十全十美の天下無双。
もはや、答えは明らか。
スキル『エロ触手』を最大限に活用するためには、スキル効果の示す通り、「エロいことができる」ように使ってやれば良い。その目的の前に立ち塞がる障害があるならば、エロ触手は容赦しないのだ。「人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ」ならぬ、「エッチなシーンを読みに来ている人のためにバトル描写は一瞬で終わらせるぜ」みたいな。全然違うか。
何はともあれ、ここから始めよう。
ボクは実験を終えた。
ボクは確信を得た。
ボクは力を得て、嬉しさを得て、喜びを得て――。
力強く手を握りしめ、星に微笑み、一歩を踏み出すことに迷いなく――。
それゆえ、己の意思で戦闘を開始しよう。
「リッチ」
右腕を失い、戦意を喪失したかのように見えたリッチは、それでも抵抗の意思を見せて立ち上がっていた。弱々しい輝きながら、左手に魔力を集めている。それなのに、ボクが大きく一歩を踏み出す度に、じりじりと後退していくのはどうしてなのか? こっちに来いよ。
ボクの背後からは悲鳴が響いていた。
誰の悲鳴かと云えば、女冒険者。
だって、エロ触手に好きにやれって命令したので。
スケルトンを瞬殺したのは準備運動みたいなもので、本番が始まっている。
溶け残った蝋燭の火みたいに、頼りなく揺れているリッチの瞳。ハッキリと恐怖の色が見えているけれど、どうしてだろうか? なんだか誤解されているような気もするので、笑ってしまう。でも、ボクがクスクスと笑えば、リッチはさらに怯えたようになってしまった。
黒魔法『ペイン』でさんざん痛めつけられた際に、まるでサナギから孵った毒蛾のように、ちっぽけなイモムシから変態した。己のスキルで、身体をぐちゃぐちゃに嬲り始める様は、まさしく狂乱の一言に尽きるだろう。12本の触手がたった一人の人間に絡みつき、出来上がった淫靡な球体の中で、快楽の絶叫だけがこだまする様子は、この世の地獄か天国か。どろどろに蕩け、世界のすべてが眼中に無いかのような虚ろな眼のまま、ボクは先ほど、リッチの右腕を奪った。
そんな人間が、別の人間を盛大に犯しながら、笑い、近付いて来る。
リッチは、たぶん、本気で恐怖していた。
恐怖に突き動かされるように、黒魔法が放たれる。
「ポチ」
準備していた足元の穴から、エロ触手を召喚。
命令は、「エロいこと」。対象は、「ボク」。
黒魔法はボクに届くことなく、割り込んだ触手によって魔法抵抗(レジスト)の発生。魔法は破壊される。そして、邪魔する相手に容赦はなく、触手は勢いのままリッチの片足を砕き、それからゆっくりボクの乳首を攻め始める。
動けなくなったリッチは、さらなる恐怖のためか、黒魔法を連続して唱えた。
「ンッ……。ポ、ポチ」
次々と飛んでくる黒魔法に対し、数本の触手がまるで叩き落すように対応する。
そして同じように、触手はそれぞれリッチに一撃を喰らわせてボロボロの満身創痍にした後、ボクのもう片方の乳首や股の間なんかに殺到して来る。
「ン、アッ……だ、だめぇ……!」
確実にダメージを与えつつも、ボクの削られっぷりも相当である。
諸刃の剣でも、ここまでの自傷ダメージはないと思う。
限界が近い。うん、色々な意味で。
ボクは、なんとか気力を振り絞り、頭蓋骨と胸骨、片腕一本ぐらいしか残っていないリッチの所まで近づいた。たくさんのエロ触手に全身を嬲られながら、ハーハーと荒い息、惚けた瞳で、ほとんど動かなくなった骸骨の眼窩をのぞき込む。
燃えカスのような瞳が、もうやめてくれと泣いているようだった。
リッチの指先で、最後の魔法が束の間の輝きを見せたものの――。
エロ触手は小さな虫を払うように、「邪魔」と、骸骨の頭をあっさり叩き潰した。
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