第24話 エロ触手 VS リッチ(6)
身体が動く。
問題なく、動く。
ボクはゆっくり立ち上がると、足元に転がっている果物ナイフを、はるか遠くに蹴り飛ばした。ほとんど無意識に行動しながら、ボクはどうして普通に動けるのかと、不思議な気持ちで首を傾げる。
黒魔法『ペイン』は確かに、ボクの額を直撃した。
しかし、一回目、二回目の時のような想像を絶する痛みは発生しなかった。どうやら、魔法が打ち消されている。もちろん、抵抗系統の青魔法なんかをボクが使えるはずもなく、何かをやったとすればエロ触手だろう。
リッチは静止していた。
明らかに、戸惑った反応である。
黒魔法『ペイン』が急に効果を失ったのだから、当然だろう。
そう、断じて――。
断じて、違うのだ。
エロ触手にピンポイントな乳首攻めを受けながら、時折、ビクッと身体を震わせつつ、それでもキリっと毅然な表情を保つことに努め、堂々と仁王立ちするボクにドン引きしているわけではない。
夜道で全裸コートのおっさんに出会った時みたいに、ショックのあまり動けなくなっているわけではないはずだ。そう願いたい。頼みます、本当……。骸骨なので、その感情は揺らめく瞳の奥からしか読み取れない。めっちゃ、揺らめいている。ドン引きの空気を、それだけで醸し出しているのは異常だよ。まあ、この場合、異常なのはボクの方なんだけどさぁ……。
さて、リッチすら後ずさって行くこの状況(だから、引くな。戻って来い!)。
黒魔法『ペイン』を無効化したらしいエロ触手は一本、ボクに巻き付いたままでハッスルしている。
果たして、何が起きたのか。何が起きているのか……。
……。
……うん。
よくわからない。
なんだ、この状況?
誰か、頭の良い人は解説してください。
スキル『エロ触手』は、ボクのスキルなのだから、性能・性質をちゃんと把握しておけと叱られれば、まったくもってその通りと謝罪するしかない。云い訳させてもらうならば、「スキルを理解すること」「スキルを育成すること」は、ちゃんと今後の重要課題として意識している。というか、そのための試験・訓練を目的とした単独行動でこんな目に合っているのだから、本末転倒かも知れない。
まあ、いいさ。
理屈はわからなくても、結果が先に来てくれた。
リッチも警戒して(ドン引きして)、ボクへの追撃を控えているのは好機だろう。攻勢に転じるならば、今しかない。さらなる結果を求めて、無我夢中で足掻くしかないのだ。
ボクは大きく息を吸い込んだ。
「ポチ!」
足元の小さな虚空の穴を、力いっぱいに広げていく。
たった一本では可哀想だろう? 独りぼっちは寂しい。ボクはそれを思い知った。だから、来い。いくらでも。望むまま、欲望のまま。深き、昏き、深淵の底から、7本、8本、9本……合計で12本の触手が勢いよく飛び出して来た。
最高記録である。
さて、こんなにたくさん呼び出してどうするのか?
うーん、どうしよう?
ごめん、後先は考えていない。とにかく、黒魔法『ペイン』を無効化した瞬間と同じように振る舞ってみるしかないだろう。だから、ボクはさらに叫んでいた。「来い!」と、高らかに。
果たして、12本のエロ触手は「わーい」と喜びながら絡みついて来た。……おお、初手からものすごい後悔が押し寄せる。なにやってんだ、ボク。
12本のエロ触手が、ボクの身体をズルズルと這い回る。
「こ、こら。もうちょっと、落ち着いて……」
いくら𠮟り付けても、エロ触手はノリノリである。「お任せください、お任せください」とテンション爆上げ、このまま朝までフルスロットルだぜ、レッツパーティーみたいな。
あー、もう。
ドサクサにまぎれて告白しておくと、エロ触手はご存じのとおり経験豊富な百戦錬磨のツワモノであるけれど、ボク自身は訓練も済んでない新兵である。
大歓楽街の帝王なんて肩書を持っていると、まっとうな恋人なんて作れるはずも無いからね。まあ、仕方ない。仕方ないということにして欲しい。寂しい夜も多かったけれど、己の身体を慰めるためにエロ触手っていうのは、それだけは譲れない一線として避けて来た。エロ触手にドハマリしたお客さんたちの末路はさんざん見て来たので、自分から泥沼に踏み込むつもりは無いのだ。
そのため、ボクがエロ触手と濃厚接触するのは、これが初めて。
撫でるぐらいのスキンシップは日常的なものだけど、無茶苦茶な数のエロ触手が全身に絡み付き、それぞれの鎌首が人体各部の急所を一切途切れることなく攻め立ててくるなんて、初めてには刺激が強すぎる。もし、こんな一人遊びにハマったら、人生終了だろうね。
ボクは息を乱しながら、何度目か、エロ触手を𠮟りつける。
「な、懐くな……。よ、喜ぶな……」
飼い主にじゃれつく大型犬のごとき。
ここら辺で、余談なのだけど。
ボクは、ボクである。
禅問答みたいなセリフになってしまったけれど、一人称の話である。ボクという一人称を使用している利点を、今こそ発揮するべきではないだろうか? わけのわからないことを云っていると思われそうだけど、まあ、聞いてほしい。ここから先、お互いの尊厳に関わって来る話なのだから。
諸兄にも、心ときめくボクっ娘の一人や二人いるのではないかと思うのだ。
具体的によそ様のキャラクター名を挙げるとアレなので、ボクから例示するのはやめておくけれど、どうか誰でも良いので頭の中に思い浮かべて欲しい。
思い浮かべたら、この先の「ボク」はそちらのイメージでお願いします。
やっぱり、わけがわからない?
いや、だってねぇ……。
ボクとエロ触手のイチャイチャ――ではなく、ヌチャヌチャはもはや避けられないものだ。エロ触手はフィーバータイムで、ボクの命令が耳に入らない様子(そもそも、耳なんて無いけれど)。やめられない、止まらない。たぶん、水平線の彼方まで連れて行かれる。ボクは現時点で、ほとんど覚悟を決めている。
例えば、以前の夜会では、エロ触手と汚いオッサンの濃厚接触が寸前で食い止められた。だから良かったものの、濃厚接触の濃密描写が繰り広げられていた可能性は十分にあったわけだ。今一度、それを問いたい。見たいですか、と。
同じである。
ボクとエロ触手のこれからを、見たいですか?
見たい。
そう仰られる諸兄には、ボクとしては複雑な気持ちを抱くしかないのだけど、たぶん、ここではない世界(なんとなく、薔薇とか咲き乱れている世界)に望みの景色が見つかるのではないか。
とにかく。
ボクのおぞましい痴態を直視するよりも、せっかくの一人称を活かし、好きな「ボクっ娘」のイメージ映像でも描いた方がハッピーだと思う。
だから、お願いしますね。
……マジで、頼むよ。
……。
覚悟は、OK?
では、前置き終了。
拘束からの宙吊り状態になっているボク。
「おわぁ……。ああ……、うっ、ぐぅ……」
無抵抗の状態にしてしまうのは、エロ触手としては安定の初手である。宙吊りのボクは、まったく身動きが取れない。12本分の粘液で、髪の毛から手足の先まで、湯舟にどっぷり浸かった後のように濡れている。衣服はほとんど脱がされて、パンツ一丁、それすらも鎌首のひとつにグイグイと引っ張られており、風前の灯火。
パンツが遂に、ズルリと降ろされる。
エロ触手が、お邪魔しますサーセン。
お、あっ……ん、んん……。
……アッ!
……。
う、うん。は、話を続けよう。
くれぐれも……。
互いの尊厳のために……。
イメージ映像で、お願いしますね。
ボクはつい先ほどまで、リッチと命を賭けながら相対していたはずなのに、このようなバカらしい……うあっ! アッ! ダ、ダメだって、そっちはダメ! アッアッ……そっちは違うって! ……う、あ、こ、このようなバカらしい状況に陥っていることに、憤りをあああぁあぁー! い、ぐ、ああ、ああああぁあぁ! す、すとっぷ、とめて、と、とめてー。ち、乳首、あっ! ど、どっち、も、そんな、か、回転……っ、くう、い、いぃぃっ! ……あ、ああ、ス、スキルの効果を、り、理解して、どうにかこの状況を生き残るぅぅぅぅああああっ! ダメ! ダメって云ってるっ! そ、そっちの穴……っ! あ、入っ……アッグッ、ぎゃ、ぎぃ! ちょ、ちょ、ほんとに、お、怒るよっ! だ、だから、ダ、ダメェェエエー!
……。
……。
閑話休題。
本当はもっと叫び続けていたボクだけど、これ以上は世界崩壊(BAN)が怖いので自重しよう。
何はともあれ、あれだけ命を賭して向かい合っていたはずのリッチをガン無視したまま、ボクはひたすら己のスキルに翻弄されていた。ある種の暴走状態だったのかも知れない。
秘められた能力が解放されたり、覚醒したりで、力が暴走するのは恰好良い勝利フラグかも知れないけれど、これがそうであるならばボクは死にたい。エロ触手を大量に呼び出したあげくに、自分がヌルヌル絶頂地獄に落とされるのはバカじゃないだろうか? 「ク〇リンのことかーっ!」と叫びながら、こんな状態に陥るヤツがいたら、間違いなく主人公失格だ。
さて。
ところが、である。
奇天烈な一連の行動は、結果として正解だった。
ボクとエロ触手が固有結界を形成している間、リッチは何もして来なかったわけではない。
最初はもちろん、これ以上なくドン引きしながら成り行きを見守っていたようだけど、その内、いったい目の前で何を見せられているのかと、リッチは大いなる憤りを覚えたらしい。そりゃそうだ。黒魔法『ペイン』で苦痛を与えていた獲物が、いきなりエロ触手を呼び出したかと思えば、盛大にアンアンやり出したのだから。……いや、改めてリッチ側の視点で考えてみると、狂気の沙汰である。
リッチはやがて、新たに数体のスケルトンを生み出すと、ボクに対して攻撃命令を下した。
ボクはエロ触手に攻められっぱなしで、敵が来ていることにも気付かなかった。
普通ならば、終わり。
スケルトンに襲われて、死ぬ。
だが、そうはならなかった。
怒涛の快楽に吹っ飛び続ける意識の片隅で、ボクはかろうじて目撃していた。
ゆっくり近寄ってきたスケルトンの群れが、それぞれの手にある錆びた武器を振り上げようとした瞬間、稲妻のごとく、触手が――。そして、凄まじい炸裂音。
鞭のような一撃。
一閃で、終わり。
攻撃できないはずのエロ触手による攻撃だった。さんざん試した通り、普通ならばダメージは【0】であるはずなのに、スケルトンの群れはわずか一撃で粉々に――否、欠片も残らないほどの塵となって消滅してしまった。
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