第23話 エロ触手 VS リッチ(5)
さっさと自決するか。
あがいて、苦しんでから死ぬか。
さて、ボクはどちらを選択するべきだろうか……。
黒魔法『ペイン』の二回目の効果が終了した時、涙も何もかも流し切って空っぽのボクが見たものは、三回目の魔法の準備を済ませたリッチの姿だった。ボクが痛みに転げ回っている内に放り出した果物ナイフを、先ほどとまったく同じように、骨だけの指先が示している。拾えという命令にすぐには反応できない。時間稼ぎをしているつもりはなくて、本当にピクリとも体が動いてくれなかった。ズタズタの心は痛みだけを発する体から逃げ出そうとしているかのようだ。ボクは自分自身を見失いつつあった。
ボクが従わなければ、リッチは『ペイン』以外のもっと恐ろしい黒魔法を使って来るかも知れない。
だから、拾わなくてはいけない。従わなければいけない。
ボクはガタガタと壊れたおもちゃのような動きで、必死に手を伸ばそうとした。
手を伸ばす。
手を伸ばす。
手を伸ばす。
この世の地獄のような場所で、ボクは手を伸ばしている。
なんのため?
これは、生きるためか?
いや、違う。ボクの死は確定している。たぶん、不幸にも今夜リッチと遭遇した時点で、ボクの命運は尽きている。後は、早いか遅いか。いつ死ぬか。その選択肢だけが、ボクに唯一残されたものだ。慈悲なんて微塵もなく、ただ残酷に、ただ無様に、自分から堕ちていく人間を眺めたいという黒い欲望のため、リッチは決断の瞬間をボクに迫っている。
ボクは堕ちていく。
そして、手を伸ばしていく。
手を……。
……。
……。
ボクは、
もう二度と、
この人生を手放さない。
「……ポ、チ」
最後の力を振り絞って、虚空の穴を目の前に開いた。
出て来た触手は、一本だけ。
おいで。
そして、ごめん。
さっさと自決するか。
あがいて、苦しんでから死ぬか。
ボクは、苦しんで、苦しんで、苦しんで……たとえ、その果てに待ち受ける夢や希望なんて一切無いとしてもだ。それでも、苦しんでやろうと思った。死なない。死ねない。自分の手で、人生を放り出すなんて、それだけはダメだ。自分から諦めるなんて選択肢だけは、絶対に選んでやらない。ああ、ざまあみろ。思い通りにならず、イライラしながら何処までも付き合えよリッチ。ボクは、あの夜、がんばると決めた。ボクは、勇者パーティーの仲間である。だから、裏切れない。もう二度と裏切ってやるものか、このどうしようもなくバカな自分自身を――。
十五歳で捨てた人生が。
いつの間にか、ボクの手の中に戻っていて。
ボクはもう一度、がんばると決めて。
だから。
もう二度と。
もう二度と。
もう二度と。
「ハズレの人生でも、さ……」
ボクは、最後に一本だけでもやって来てくれた触手に手を伸ばす。
「いっしょに、がんばって……そ、うしたら、い、いつか……」
リッチが三度目の黒魔法『ペイン』を発動させた。
まったくの同時、触手がボクの手に触れた。
黒魔法が、ボクの頭を直撃する。
触手が、ボクの指先から二の腕に絡んでいく。
そしてまた、絶望的な痛みが――。
……。
……。
……。
……あ?
……んっ。
……ん、ンッ!
なんか、気持ち良いんですけれど?
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