第16話 触手と初陣
パーティーを組んでいるからと云って、ボクらは四六時中、常に行動を共にしているわけではない。目的地に到着して、宿屋などの拠点に落ち着いたら翌日までは自由行動が基本となる。
黄昏時、ボクは外套を羽織り、こそこそと街を抜け出した。もちろん、仲間たちに見つからないように注意して。
外堀の橋を渡ろうとする時、街の門番に声をかけられた。「おい、君。こんな時間に出かけるのか?」と、警告および若干の警戒心を含んだ口調。これから陽が落ちようとする時間帯であるから、街に帰って来る者ばかりの流れに対し、ボク一人だけが逆らっている状態だった。余計なトラブルを起こすと勇者パーティーに迷惑がかかるという気負いと、なにか上手いこと云わなければいけない焦りから、ボクは反射的に答えていた。
「風が騒がしいな……。夕闇が、ボクを呼んでいる……」
たぶん、恰好良かったと思う。
はあ? みたいな顔をされたけれど、無視。
わずか一秒後に後悔することって、あるよね。ボクは矢のように歩き去った。
夜会に出席した時も、女勇者や女モンクが華麗な社交術を披露するのを他人事のように眺めつつ、気配を殺してカカシになっていたボクは、もしかすると口下手なのかも知れない。15歳から一応は接客業に従事していたものの、テンプレートな会話文だけでやりくりしていたので、対人技能はまったく磨かれなかった。「すごいですねー」「そうなんですねー」「気持ちいいですかー」「オプションいかがですかー」。お客さんの目当てはエロ触手なので、ボクという添え物には興味が無いのだ。こちらを向いていない相手には何を云っても、怒られることもなければ、喜ばれることもなかった。ボクはその状態に全力で甘えていたわけだけど、ラクをしていたツケがいよいよ回って来た感じ。
ピンチに機転が利くようになりたいものである。
足早に歩き続けること、しばらく。
……うーん、意外と、街から離れてもチラホラと人がいるので困る。
実のところ、ボクは目立つことを避けるため、わざわざ一人で出歩くには物騒な時間帯を選んで外出していた。
目論見が外れてしまい、街道沿いをいくら進んでも、人々が絶えない。そして、街とは反対方向にたった一人進み続けるボクはとても目立っていた。みんな、不思議そうな顔でジロジロと注目して来るのだ。大変困ってしまった。
仕方ない。
ボクはいよいよ諦めて、街道を無視し、デタラメにまっすぐ北に向かって歩き始めた。
幸いにして、ごく短い草ばかりの平原であり、道なき道も大した苦労にはならなかった。
今さらだけど、ボクが何をやっているかと云えば、魔物を探している。
訓練、あるいは、実験。それとも、試験かな?
何はともあれ、ボクは魔物と戦ってみようと考えていた。
集落や街道沿いにわざわざ近寄ってくる魔物は滅多にいない。それは知っていたので、最初から多少なりとも歩き回る覚悟はしていたけれど、予想以上に時間を喰ってしまった。シンプルに魔物と遭遇するだけならば、もっと街の近くでも可能性はあっただろう。
ただし、人目を避けようとするならば、それではダメだ。スキル『エロ触手』は大衆の面前で使うべきものではない。ボクにも一応、良識というものがあるのだ。
陽も落ちてしまい、念のために持参したランプが役立ち始めた頃、ボクはようやく魔物を発見した。
スライムが一匹。
小柄なボクの膝ぐらいまでの大きさ。つまり、小さい。
身も蓋もなく云ってしまえば、これ以上の雑魚はこの世に存在しないだろう。スライムの特性ぐらいは平和ボケのボクでも知っているので、なおさら危険は少ない。
ちょっとだけ説明しておくと、スライムは有機物でも無機物でも、周囲にあるものは何でもゆっくり溶かして吸収する。本当に、じわじわとゆっくりだ。スライムを肌に貼り付けたままぐっすり眠ると、老廃物を取ってくれるから美容に良いのだとか。
つまり、スライムにとって最大の攻撃手段である噛み付きですら、数日間そのまま放置するとさすがにカサカサ肌荒れするかも……程度のダメージしか与えて来ない。
これが脅威になるわけなかった。
実際、スライムが狩られるのは、農作物に被害を与えるというのが主な理由だ。
それと、唯一注意すべきはスライムの食生活。吸収したものの特性を帯びやすいスライムは、例えば、毒の沼地に住まうものであれば毒を持っている場合が多い。ビリビリするスライムやヌルヌルするスライムなど、バリエーションだけは無限に豊富なのである。
ここにいるのは、草原のスライム。
オーガニックなので、危険性よりも健康に良さそうな印象すら受ける。魔物なので人類種の敵ではあるのだけど、こちらに気付きつつもぷるぷるしているだけの人畜無害っぷり。
護身用に持って来た果物ナイフを構えるボクの方が、悪漢みたいである。
まあ、いいさ。
肩慣らしにはちょうど良い。
戦闘経験なんて一度もないボクがどこまでやれるのか、見極めるための相手としても力不足には違いない。なので、あくまでこれは階段の一歩目である。ボクが何段目まで登れるのか、知りたいのはそんな所である。
夜は始まったばかり。
こいつを片付けたら、すぐに次を探そう。
「おいで、ポチ」
ボクは、目の前の地面に闇溜まりを生み出した。
底なんて見通せない深き昏き闇から、三本の触手が突き出て来る。
さあ、人生で初めてのバトルスタート。
命令だ――エロ触手、まずは『たいあたり』!
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