第13話 リン
女モンクがお姫様であったという衝撃の事実に対し、コントじみたバカ騒ぎに興じた後、ボクらは憑き物が落ちたように沈黙した。
いつの間にか、階下からの騒ぎ声も聞こえなくなっていた。女勇者がきっと上手くやってくれたのだ。快楽堕ちが玉に瑕というか、砕け散っている感も否めないが、それ以外はパーフェクトな超人である。ここは任せて先に行け、という台詞を吐いても死亡フラグが立たず、なんだったら先回りしている。そんな女勇者が自分から場に残ったのだから、何も心配はいらなかった。
ボクの焦点は、やっぱり女モンクに向けられる。
「で?」
彼女は改めて、問い直す。たった一語、ただし腹の底から気迫の込もった声。怒気ではなくなっている。怒りの代わり、寂しさや悲しさがちょっと含まれているような気がして、ボクもまた同じような気持ちになる。
「わからない」
なにを怒っていたのか、わからない。ボクに謝るなと云うけれど、真意がつかめない。それはつまり、相手を理解できないということだ。ボクらは致命的にすれ違っているような気がして、とにかく気持ち悪い。
胸につかえるものを吐き出す気分で、ボクは素直に答える。
「いくら考えても、やっぱりダメ。ボクは自分が悪かったと思っている。迷惑をかけた、騒動を起こした、上手くやれなかった、期待に応えられなかった。色々とあるけれど、丸ごと引っくるめて、謝るのが普通じゃないかな? 本当に、わからないよ。ねえ、だから……」
ボクは女モンクに尋ねる。
「教えてほしい。なにを怒っているの?」
「……いいじゃない、それで」
女モンクは肩の力を抜いて、ホッとしたように笑った。
「あんた、さ」
「うん」
「あたしが、最初から王女だって明かさなかった理由はわかる?」
「……まあ、なんとなく」
「王女だってわざわざ喧伝しながら旅するのはリスクが高い。だから正体を明かすのに積極的じゃないってのはあるけれど……。でも、一番のポイントはそこじゃなくて、あたしはただ単に気を使われるのが嫌だった。これから仲間としてやっていこうって相手が、お姫様だからと遠慮したり、持ち上げたりして来るのは、絶対にイライラするからね。だから、とりあえず最初の内は秘密にしようって思った」
「最初の内か……さながら、試用期間みたいな? ここで正体を白状したということは、勇者パーティーの採用試験はようやく終わったのかな?」
ボクは茶化すように云ったつもりで、予想外に棘の含んだ言葉になってしまったのに自分自身で驚いた。
だが、女モンクは気にしていないようだった。
「あなた、わざとバカなこと云って、いつもみたいにあたしを怒らせたでしょう?」
女モンクは笑っている。
「気を使われるのが嫌だって、ちゃんとわかってくれているじゃない。今後もバカバカしくやっていけるような雰囲気に持って行こうとした。まあ、めちゃくちゃ腹は立ったけれど……あたしも、ギリギリ手は出なかったからオーケーよね? えー、だからまあ、なにが云いたいかって、そのね……ありがとう。あたしもちゃんと、あんたがそんなヤツだってわかっているからね」
「……。いや、どうだろうね……。ボク、そこまで考えてないかもよ? ただ真面目な空気に耐えられない、ふざけたヤツってだけかも」
グダグダとした言葉を返してみてから、ボクは本当に下手くそだと恥ずかしくなった。相手が認めてくれているのに、ここで自分を卑下するのは、まるで、もっと褒めてくれと頼んでいるようなもの。本当に恥ずかしくて、情けない。甘ったれかよ。
「あたしは、相手を理解するのにドラマチックなきっかけなんて必要ないと思っている。恋愛小説なんかで、ピンチを助けられたヒロインがそこで恋に落ちたりするけれど、そうじゃないだろうなって。相手を好きになれるか嫌いなままか、一日か二日でも顔を突き合わせていれば、なんとなく予想がつく。あんたが勇者パーティーに加わるのを一番嫌がったのはあたしだけど、いっしょに旅を始めたその日ぐらいには、ああ別に大丈夫だなって気持ちに変わった」
「……役立たずなのに?」
「そう思っているのは、あなただけだと思うけど? あなたのおかげで、旅の快適度はグッと上がったし。宮廷の料理人並みのご飯を作ってくれるなんて、そこまでのお世辞は云えないけどね。でも、あたし達がゴミを量産していた頃よりもはるかにマシ。荷物の整理とか、いざという時に不足しないように消耗品の買い出しとか。目立たないし、褒められるわけでもない細かいことも、コツコツやってくれている」
「仕事だからね。お金を貰っている以上は、もちろんちゃんとやるよ」
「あー、ほら、自分でわかってるじゃない! そうよ、あんたはちゃんとやっている。仲間として、何も問題ない」
女モンクは嬉しそうに両手を叩く。それから、すごく真面目な顔になった。
「あんたはもう仲間なの。わかった? だから、困った時は『助けて』って云えばいい。助けられたことに、『ごめん』なんて云わなくていい。いちいち気を使ってどうすんの? あたしが王女だって知って、わざとバカやれるぐらい、あたしのことわかっているんだったら、あんたのことも、あたしたちはちゃんとわかっているって思いなさいよ」
そう云われて、ボクは……。
……ダメだ。
すぐに、口を開けない。
ボクは独りぼっちだった。独りぼっちのまま、子供から大人になった。そして、いつか死ぬまで、そうなのだろうと諦めていた。
仲間。勇者パーティーは世界を救うために旅をしている。とても大きな目標に向けて、出自も境遇もバラバラなのに協力し合うボクらは、仕事上の関係みたいなものと認識していた。少なくとも、パーティーに加わる段階では。
仕事と呼ぶには、真面目な時よりも、バカやっている時の方が多い気がする。エッチな悪戯して、殴られて、ご機嫌取って、笑い合って。ビジネスライクな関係なんて云ったら、まったく嘘になるだろう。仲間。その言葉に対する印象は、今では友人か、あるいは女モンクのように――。
息を、大きく吐く。
悩みなんて欠片もなかった子供時代を思い出す。そこから、未来は徐々に先細るばかりだった。ボクは普通の子供で、その普通であることを自覚すればするほど、未来は光り輝くものでは無くなり、ちっぽけに見えた。
十五歳の神託の日を迎えて、ボクはこのスキルを獲得した。そして、ただの普通の未来すら失った。友達と家族と、故郷の暮らし、平穏、安心……あきれるぐらい色々と失い、失ったそれらに手を伸ばしても、もはや二度と手が届かないだろう場所まで堕ちて行った。
人生は壊れてしまい、壊れた人生を捨てた。
夢を見ない。
希望を持たない。
なぜならば、それは虚しく、それは叶わないということを子供時代に学んだから。どん底で生きるのは苦しく、惨めだった。だけど、不思議な安心感もあった。夢も希望も持たなくていい、そのための努力も必要ない、未来に待ち受けるものが何も無いから、とにかく今だけを見ていればいい。刹那的で、短絡的で、明日死んでも別にいいやと思いながら、たぶん死が目の前に迫ったら絶望するだろう。このまま眠って、そのまま目覚めなければ、それが一番良いのにと思いながら、朝、故郷で暮らしていた子供の頃の自分を夢に見たことで、今さら、泣く。
あのね、お前さあ……、そんなに先でもない未来で、勇者パーティーに誘われて、魔王を倒すための旅に出るよ。
そんな風に告げられたら、ボクはどんな顔をしただろうか。
いや。
ボクは今、どんな顔をしているだろうか?
息を吸った。そして、話し始める。
「勇者も、モンクも……今日は別行動だけど、アーチャーや賢者だって、みんなのことを素直に凄いと思っている。魔物と戦っている姿を見ていると、ああ、ボクとは違う人間なんだって、いつも思い知らされる。今日は魔物との戦いではなかったけれど、やっぱり同じように思ってしまった。だから、まあ、ボクは情けなくて、ダメなヤツだって思ったし……助けを求めて、そんな姿を見られるのは嫌だなって……」
ボクがぽつぽつ話している途中で、女モンクは両手を大きく広げた。
「うん?」
「いいから、ほら。来なさいよ」
「え、急にデレが来た?」
「違うわよ。この場面で、あんたに惚れる要素がどこにあんの?」
ボクが躊躇して行かなかったら、向こうからやってきた。これが、漢らしさの違いってヤツかな? 力強く抱きしめられた。
「ほら、安心するでしょう? 心が弱っている時は、甘えればいいの。あたしの胸ぐらい貸してあげるから」
「……つつましい胸を貸していただけるとは感謝」
げんこつを落とされた。抱きしめられている体勢なので、逃げようが無し。ふざけるのはやめよう。生死に関わる。
「だいたい、初めての夜会で上手くやれるなんて思わないでよ。上級階級の人間だって、みんな子供の頃から厳しくマナーを躾けられて、何度も参加して、失敗して恥かいて、それでなんとか大人らしく振る舞っているんだから。あたしは仮にも王女で、そこら辺は誰よりも厳しく学んできた自負もあるけれど……。勇者なんて、スキルを手に入れていきなり立場が激変したから、相当に苦労したのよ。なんとか恰好が付くようになるまで、泣き言ばかりで大変だったんだから」
「勇者の泣き言……それは、あまり想像できないな……」
普段のイメージから反射的にそう云ったものの、ボクは彼女に初めて出会った時のことを思い出した。弱音も本音も、実はたくさん抱え込んでいるということ。それらを一時的に忘れるため、ボクが必要ということも。
「あんたも大変だったら、『助けて』と云えば助けるから。仲間なんだから。勝手に遠慮したり、諦めたりなんてバカをやってたら、次は本気で殴ってやるからね」
女モンクのマジ殴り=死。
どうやら、ボクに選択肢は無いらしい。
勇者パーティーの一員になると決めた瞬間から、本当はそう在るべきだったのかも知れないけれど。ボクはバカなので、覚悟も何も足りていなかった。仲間になるということは、互いの人生がもう簡単にはほどけないぐらい絡み合うものらしい(それこそ、触手みたいに!)。
ハズレスキルで人生終了した。
終了したはずの人生が勇者たちに引っ張られて、もはやボクだけのものではない状態で復活している。そんなことに今さら気づかされるボクは、やっぱりバカと呼ぶしかないだろう。
「あのさ、リン」
名前を呼び、情けなくも恐る恐るといった調子で、ボクの方からも、抱きしめるために手を伸ばした。右手で彼女の背中に触れて、左手で彼女の腰に触れて、胸元にずっと埋めていた顔を上げると、真正面から見合うことになる。
「ありがとう」
ボクの精一杯の一言に対して、女モンクは一杯の笑顔で返した。「どういたしまして」と、さらに力強くギュッとされた。普通に痛くて、折れそうだ。なんとか耐えるけれど。
耐えて、耐えて、耐えて……。
さて……。
女モンクは抱きしめる力をゆるめた。
互いの顔は正面のままで、見合ったままで。
……。
「……ねえ、チューとかダメよ?」
「な、なに云ってんの。するわけないでしょう」
「う、うん。そ、そうなんだけど、ふざけて事故を起こしそうというか、雰囲気的にもね。初めてをここで済ませるとか絶対に嫌だから、念のためよ、念のため」
ファーストキスを気にする乙女なお年頃。
ちょっと疑問なんだけど、触手を口の中に突っ込まれるのは、あれはキスとしてはノーカウント? まあ、このタイミングで議論するのはやめておこう。自殺行為な気がするので。
「えー、あー、その……」
さすがに、これ以上の間が持たない。女モンクと触れ合っているのは、正直、白状すると、かなり心地良い。油断するといけないルートに入りそうなので、なんとか己を律する。抱きしめたままの手でコチョコチョいらんことしてみた。
すると、膝蹴りが飛んできた。
死。
あ、寸止めだった。
「殺されるかと思った」
「殺そうかと思ったわ」
気が合うね、ボクら。
まあ、仲間なので息が合って当然だろうさ。
「さあ、帰るわよ。勇者が待ちくたびれている」
「アーチャーと賢者も心配しているだろうなぁ……」
ボクは今、どんな顔をしているだろうかと想像したら、きっと良い顔をしているだろう。改めて、己に問い直す。覚悟はオーケー? もちろん、オーケーである。
ボクは、勇者パーティーの一員。スキル『エロ触手』を持った遊び人。仲間たちに比べると役立たずではあるけれど、やれることはやっていこう。やれることを増やすためには、仲間たちの手も借りよう。遠慮していたら、女モンクに殴り殺されて終わってしまう。
人生は、まだまだこれからである。がんばろう。
◆ ◆ ◆
END
【第2章 仲間になりたそうにあちらを】
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【間章】
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