第1話「First Case」 ②

稲沢たちは総合会議室から出てきた。会議室としては異様に広く、1000人以上居る公安省職員全員を収容する事ができた。


元の部屋に戻ろうとしていると、例の如く沖田が不気味な笑みを浮かべながら近づいてきた。さっき皮肉を言われたのが相当悔しかったのだろう。


「さっき人事書見てたら、どうやら君は一課の三係長なんだってね。実は私も一課なんだよ。いやー、どんな風の吹き回しだろう」


「また沖田さんの下で働けて光栄です。それでは」


「おいおい、そんなに嫌がらなくてもいいだろう?そう言えば上崎かみざき君は刑事局じゃなく、調査局に配属されたそうだよ。まあ彼は張り込みに誰よりも優秀だったから」


公安省には内部部局として刑事局、調査局、矯正局が置かれている。調査局は街頭カメラなどを通しての監視や、インターネットでの捜査等を行う。一方刑事局は思想犯を直接逮捕し、を行う矯正局に引き渡す任務を負う。


「私に用がないのでしたら、これで失礼致します」


「ちょっと世間話しただけじゃないか。」


沖田は軽く咳払いした後、真剣な面持ちで稲沢に向かい直した。


「本題に入る前に課長室へ来てくれ。三係の初任務に関してだ」


「分かりました」


稲沢は部下たちに先に戻る様に指示した後、沖田を追って走っていった。課長室は予想通りと言うべきか、殺風景で監獄の様な有様だった。


沖田は深々と椅子に座り込み、溜息を吐きながら稲沢に顔を向けた。


「始まって早々で悪いが、君たちに任務がある。それもかなり急を要する事案だ」


そう言って沖田は一枚の写真をデスクの上で滑らせた。


「そいつが今回の思想犯ホシだ。名前は實藤満さねとうみつる。大手自動車メーカーに勤める整備士だ。どうやらそいつが何らかの手を使って爆弾を入手し、共産党本部へ仕掛けるつもりらしい。奴は午後休を使っていて、本日中に犯行を行うものと調査局は見ている」


「いつ凶行に及ぶか分かりませんし、時間的猶予はありませんね」


「だから急を要する。君達には實藤の家がある南品川に急行し、奴を逮捕して連行してもらう」


「令状はどうするのでしょうか」


「令状?公安省刑事局による逮捕は法律で認められている。令状など要らん。さっさと奴を拘束し、矯正局に引き渡すこと。以上、職務にかかれ」


「分かりました。失礼します」


稲沢はお辞儀の敬礼をし、課長室を後にした。それにしても開始早々爆弾犯とはついてない。三係の連中も嫌な顔をするに違いない。


稲沢は苦虫を嚙み潰したような顔で三係の部屋に戻った。

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