第15話

『昨日は電話できなくてごめんなさい

 少しだけど久しぶりに話せて嬉しかった』

 通勤電車の中でLINEを打つ。

 私の自由時間はとても少ない。仕事についたら、休憩時間くらいしか自由な時間がない上に、数回だけ、仕事中に病院から電話がかかってきたこともあった。まともに彼と話そうと思ったら、朝くらいしか時間がない。

 満員電車の中で電話をかけられない代わりに、LINEでメッセージを送る。朝のやり取り、しかも文章でなら、明日になっても残ってる可能性が高いと思ったから。

 しばらくすると、彼から返信がきた。

『電話、ずっと待ってたんだけど』

 怒ってるのかと思ったら

『何かあった? 大丈夫?』

 と、すぐに気遣ってくれるメッセージがきた。

 母の容態が急変したとは言えなくて

『疲れて寝ちゃった

 ごめんなさい』と返した。

『なら仕方がないね』

 そのままLINEが終わってしまうかと思ったら、今度は犬の写真が送られてきた。

『実家の犬』

 実家で犬を飼っているとは聞いていたけど、写真が送られてきたのは初めてだ。

『結構な老犬でね。すぐ疲れるのか寝てばっかり』

 柴犬らしいその犬は、薄汚れた毛布の上で眠っていた。

『君と一緒だね』

 メッセージの後に笑顔の顔文字。

『犬と一緒にしないでよ』

 メッセージと一緒に『プンスカ』と、怒り顔の猫のスタンプを送ると『ごめんね』と、伏せをした柴犬のスタンプが返ってきた。思わず「ふふっ」と笑い声が漏れ、慌てて口を押さえる。電車の中で1人で笑っているなんて恥ずかしい。

 でも、こんな風に自然に笑ったのなんて、久しぶりだ。最近は、作り笑いばかりうかべていたから。

 周りの人に変な目で見られるかもと思いつつ、1人でにやにや笑いながら、駅に着くまでLINEを続けた。



 翌朝も、彼にLINEを送った。特別用事があったわけじゃない。母の急変を告げられて以降の出来事が全て改変されてしまうのなら、その前に彼との安らかな時間を確保したかっただけだ。

 彼とのLINEは、私の心を慰めてくれたけれど、同時に寂しさも募っていった。もっと彼に会いたい。もっと彼と話したい。

 母の死に慣れた心に、別の感情が募っていった。

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